第4話 校門の前で待ち伏せするのは止めてほしい

 時計は11時23分。そろそろ寝ようとしていたとき、スマホが独特の呼び出し音を鳴らした。

 ダンジョンアプリの警告ではない、もちろん。


 3日前に会った檜村さんに別れ際にインストールさせられた、アップデイツなるチャットアプリだ。

 日本ではなじみが無いけど、海外ではよく使われているらしい。

 なぜこれを指定したのか。本人曰く、派手派手しいスタンプがなくてシンプルで軽いのがいい、らしい。


『やあ、片岡君。元気かい?』

「はい元気ですよ。評価点を譲ってくれてありがとうございます」


 昨日アプリの功績評価に入った数字は予想より大きかった。

 檜村さんの取り分はかなり少なかったのではなかろうか


『君の手柄だ。気にする必要はないさ。ところで一つ教えてほしいんだが』

「なんでしょう?」


『君の学校には魔討士はいるのかい?』

「ええ、居ますよ。そんなに数は多くないですけど」


 魔討士には年齢制限が無い。未成年は登録に親の許可が必要ではあるけど。

 むちゃくちゃだ、という批判は勿論あったけど。ダンジョンがどこに現れるか読めないということ、そして魔討士の素養をもつ人が少ないこともあり、やむを得ないということで未成年でも登録が可能になっている。


『そうか、君は彼らとパーティを組んでいるのかい』

「いえ。何度か連携はしたことはありますけど」


 パーティを組むというのは魔討士でよく使われる言葉で、要は固定的に組んでいる仲間はいるかっていうくらいの意味だ。

 大学生くらいになるとパーティを組んでいる人は多いようだけど、高校生だと同じ学校に魔討士がいるとかでないとなかなか固定メンバーは見つからない。


 それに仮に居ても部活だの課題だのでそれぞれの都合があるから固定メンバーまでならないことは多い。高校生も案外忙しいのだ。

 うちの学校には放課後退魔倶楽部なるサークルがあって4人の魔討士が加入しているけど、あんまり活動はしていないっぽい。


『そうか。変なことを聞いたな。済まないね』

「いえ、いいですよ、このくらい」


 しかしどういう意図の質問だったのか分からない。

 仲間でも募るつもりなんだろうか



「おお、片岡。見たぜ。凄いな」


 授業が終わった放課後、ダンジョンアプリが表示されたスマホの画面を見せながら隣の席に座っていた友達が声を掛けてきた。

 ダンジョンアプリには討伐した時の討伐者の名前が流れることになっている。

 これはダンジョン討伐者を讃えるため、ということになっている。どうやら僕のことが今告知されたらしい。

 これは一応拒否もできるけど、僕は流れるようにしている。恥ずかしい感もあるんだけど、やっぱり褒められると高揚感もあるのだ。


「がっつり稼いだんだろ、奢ってくれよ」

「いや、むしろ俺の祝勝会をしてくれるべきじゃないか。ダンジョン討伐の英雄のために」


「いやいや、俺は金ないしよ」

「つーか、お前は稼げるだろ」


 そう言い返すと、僕に声を掛けてきた三田ケ谷みたかや宗助がやなこったといわんばかりに肩をすくめた。

 ひょろりとした長身にちょっと長く伸ばした髪と眠たそうな目元がなんというかぼんやりした雰囲気を醸し出している。

 ネクタイを緩く締めた着崩した制服におどけたような喋り方も相まって、だらしないというかやる気なさげな印象があるけど、性格は割と生真面目な奴だ。


 こいつも魔討士の資格持ちだ。西洋剣を使う僕と同じ近接型、乙類9位。

 一応資格はとったけど本人に今一つやる気がないのと、風で斬撃を飛ばせる僕とは違って完全な近接タイプで能力の使い勝手がよろしくないため、あまり活動はしていない

 ただ近接戦に限れば僕よりもおそらく上。乙類9位はやる気がないからであって、ランク詐欺もいい所だと思う。


「片岡先輩、見ましたよ!」


 張りのある声が聞こえた。声の方を向く。ずかずかとクラスに入ってきたのは、1年生藤村浅黄あさぎだ。

 ちょっと太めの体形をきちっと着こなしたブレザーで包んでいる。短く整えてた少し薄い色の黒髪は時々校則違反とかで怒られているらしいけど、魔討士だから見逃されているらしい。


 人のよさそうな顔には人懐っこい笑顔が浮かんでいる。ただ、にこやかな雰囲気に似合わずかなり押しが強い。  

 普通は上級生のクラスに入ってくるのはちょっと抵抗感があったりしそうだけど、そんなのを感じさせない。

 放課後退魔倶楽部の1年生部長だ。3年が受験で引退して、2年を差し置いて部長になったんだけど、この物怖じしない性格がその理由なんだろうな、と思う。 


 ランクは丁類9位。防壁や身体能力強化の魔法を使う、支援タイプのかなり珍しい魔討士だ。

 ただ、単独での攻撃力は皆無。放課後退魔倶楽部のメンバーはなんでも丙類が多くて前衛がいないらしい。


「フリーは止めましょう。是非我が倶楽部に。一人より二人、二人より四人ですよ。単独行動は危険です!」


 藤村が力強く言って、三田ケ谷の方を向く。


「ちょうどいい、三田ケ谷先輩も一緒にいかがですか?」

「いや、俺は遠慮しておく」


「そんなこといわず。僕等は魔法使い寄りですからね。三田ケ谷先輩が前で止めてくれれば、僕等がかならず援護します」 

「そういうのじゃねーんだよ。そんなことより片岡」


 まあ、この辺のやり取りもいつものことだ。

 それはそれとして実際昨日の討伐で功績点が入ったから懐も温かい。

 

「まあ、マクドナルドくらいなら……」

「おい、片岡」


 言いかけた時、不意に教室の外から名前が呼ばれた。


「どうした?」

「校門のところにスゲェ美人がいるぞ。お前を呼んでほしいんだってよ」



 出てみると、いたのは檜村さんだった。

 この間のワンピース姿とは違う、白いシャツに黒いベストとスリムなパンツ。オシャレなストライプのネクタイを締めている。

 今日はセミロングの髪をアップにしている。眼鏡をかけてないこともあって、前回の魔法使いのような知的な雰囲気とはちがって、なんというか凛々しい大人って感じだ。

 ……って見とれてる場合じゃない。

 

「やあ、片岡君」

「ああ、どうも……」


「近くに来たんでね、お茶でも一緒に行かないかと思ったんだよ。もう授業も終わりだろう?付き合ってもらえるかな?」

「ええ………まあそれは」


 お茶に行くこと自体は構わないんだけど。

 なんというか校門の前と言うシチュエーションがしんどすぎる。周りを見回すと、僕等を遠巻きにした生徒たちが好奇の目を向けてなにやらひそひそ話をしている。


「ではいこうか」


 僕の思っていることを察しているのかいないのか分からないけど。

 檜村さんがさっさと歩き始める。さすがについていかないのもあまりに感じ悪いし、なし崩しで連れていかれることになった



「で、どういうつもりですか?」

「どうもこうもないさ。折角の縁だ、お茶に誘うくらい構わないだろう?」


 僕の正面に座っている檜村さんが言う。

 連れていかれたのは学校から二駅離れたところにあるアメリカ風のカフェだった。ダイナーというらしい。

 赤と白を強調した店内には大きめの窓から太陽の光が差し込んできていて明るい。 

 壁にはカラフルなタペストリーやポスターが貼ってあって賑やかな感じだ。


「そうじゃなくてですね。それならアップデイツで声をかけてくれるなりすればいいでしょう」


 普通に呼んでくれれば普通にどこかで合流することもできただろうに。あんな派手な誘い方をする必要は絶対にないと思う。

 明日どういう風に皆が僕を見るのか、それを考えるだけで頭が痛い。


「こういうシチュエーションに憧れないかね?昔は想い人を校門でまっていたというぞ」

「いつの時代の話をしているんですか」


 今そんな待ち伏せをする必要はないだろう。携帯電話が無い時代なら兎も角。


「私が待っているのは不満かね。少し傷つくな」

「いや、そういうわけでは」


 ちょっと顔を曇らせて檜村さんが俯く。慌ててフォローを入れたら、冷静な顔に少し笑みが浮かんだ。

 改めて見ると綺麗な人だなとは思う。


「私は君と会えてうれしいよ。信頼できる乙類とめぐりあうことは我々丙にとっては死活問題だからね」

「お待たせしました」


 そんなことを言っているうちに、頼んだものが運ばれてきた。

 僕のはアボガド入りのハンバーガーのセット。大きめのパンに店のロゴが焼き入れられていて、パンの端から緑色のアボガドがはみ出していた。周りには細く揚げたフライドポテトが敷き詰められている。

 檜村さんはミルクレープ。白とクリーム色の層がきれいに重ねれられたケーキの周りにはイチゴやベリーが散らされている。


「まあ食べようじゃないか。今日は年長者の私のおごりだ」


 そう言って、檜村さんがフォークでミルクレープをさっくり切り分ける。

 お勧めされただけあってハンバーガーは確かに美味しかった。



「片岡、昨日あの後はどうしたんだ?」


 次の日、校門のところで声を掛けてきたのは三田ケ谷だった。

 

「晩御飯を食べただけだけど」

「へぇ、ほう。そうなんだ」


 いつも通りの眠たげな顔じゃなくて、面白そうに笑いながら三田ケ谷がぽんと肩を叩く。


「まあそういうことにしておいてやるよ」

「そういうことってどういうことだ」


「あんな美人と知り合えるなら、俺も真面目にやろうかな」


 三田ケ谷がもう一度僕の肩をポンと叩いて玄関口に歩いて行った。

 

「先輩、昨日はすみませんでした」


 話が終わるのをまっていたかのように声を掛けてきたのは藤村だった。


「何が?」


「あんな綺麗な人ともうパーティを組んでいたんですね!」

「……いや、そういうわけでは」


 というか、あまり大きい声で言うな


「余計なことを言って本当にすみませんでした!」


 藤村がそう言って頭を下げて玄関口に掛けていった。

 昨日ことを見ている人も結構いるんだろう。気が付くと、なにやら周りで僕の方をみてひそひそと話している。

 校門で立っている先生が苦々し気に僕を見ていた。魔討士じゃなければ生徒指導室行きだったかもしれない。


 ……あの人がどういう意図をもって昨日ここに来たのかは分からないけど。

 やってくれたな。



 昼にアップデイツで問いただしてみたけど。

 そんなことは考えてもいないよ、済まないことをしたね、というなんともつかみどころがない答えが返ってきた。

 どうも檜村さんの話し方は真意が分かりにくい、というかはぐらかされている感じだな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る