第3話 その人は思ったより強力な魔法使いだった
後ろに現れた新手。
詠唱に入った檜村さんは気づいていない。白い紙が檜村さんの周りを舞っている。
「なにをしている!敵が来ているぞ」
立ち止まった僕を見て檜村さんが詠唱を中断した。周りを取り巻いていた紙が溶けるように消える。
「後ろです!」
「なんだって?」
「一刀!
刀を振る。
檜村さんとゴブリンの間にうなりを上げる風が竜巻のようにそそり立った。
鈍い赤に輝く建物と異界の岩肌が混ざったような壁が風に削られる。
僕の刀の技は風をあやつること。
これは威力はそうでもないけど、壁のように使えるから進路妨害にはかなり便利だ。ゴブリンの何体かが風の巻き込まれて空中に舞い上がって、地面に落ちた。
地面にたたきつけられた果物のようにゴブリンがつぶれる。巻き込まれかかった奴も足を止めた。
「後ろから?いつの間に?」
振り返るとゴブリンの群れが間近まで迫ってきていた。
振り返りざまに刀を振り抜く。ゴブリンの首が飛んだ。
後ろから飛び出してきたゴブリンが奇声を上げて棍棒を振り下ろしてくる。とっさに刀で払いのけるけど。ガンと横から頭を叩かれるような衝撃があった。
崩れそうになった足を支える。回り込んできたゴブリンがもう一度棍棒を振り上げるのが見えた。
「負けるか!」
声を出して弱気を振り払う。
不利な時こそ下がらず、声を出せ。刀を振れ、だ。
棍棒が振り下ろされるより速く、刀を薙ぎ払う。棍棒を持った手が宙に舞った。ゴブリンが悲鳴のような声を上げてよろめいた。
一歩下がって距離を取ると同時に、炎の柱が群れの真ん中に立ちあがった。火に巻かれたゴブリンが転げ回る。嫌なにおいが立ち込めた。檜村さんの魔法か。
「大丈夫かい?」
普段だと殴られたときはもっと痛いんだけど、防御の術式とやらのおかげか、さほどダメージは無い。
頭を振って意識をクリアにする。
「ボスは俺が止めます。後ろをまず片付けてください」
「分かった」
「あと、出来れば俺の近くに居て下さい。離れるとフォローしにくい」
「すまない」
檜村さんが舌打ちしてまた詠唱を始める。
トロールが通りに止まっていた車と岩が混ざり合ったような塊を取り上げた。投げてくる。
無造作に手を振って投じられた赤い塊がまっすぐに飛んできた。刀を上段に構えて呼吸を整える。
「一刀!
刀に風が纏いつく。
技を叫ぶのもこれまた中二病っぽいんだけど。頭のなかでイメージを固定するのには案外役に立つ。
使おうと思っていた技が思ったように使えずに二度ほど危ない目にあってから、必ず言うようになった。照れくさいとか恥ずかしいとかより命の方が大事だ。
飛んできた車に上段から刀を振り下ろす。
VRゲームのオブジェクトを切った時のように、何の抵抗もなく車が真っ二つに分かれた。
左右に分かれた車が轟音を立てて、店とも洞窟ともつかなくなった赤い壁にぶつかる。
もう一台飛んできたのも同じように切り落とす。
周りにものがなくなったトロールが怒りの声を上げた。周りにいたゴブリンをデカイ手でつかみ上げて、そのままモノのように投げつけてくる
飛んでくるのがゴブリンなら、風を使うまでもない。
漫画のように手をばたつかせながら飛んでくるゴブリン、こっちに向かってくるのは叩き切る。外れたのは勝手に地面にぶつかって動かなくなった。
完全に投げるものがなくなったトロールが地団太を踏むように足を踏み鳴らす。そのまま雄たけびをあげて突っ込んできた。
巨体の足踏みが地震のように地面を震わせる。片手の鉄板のような大剣を振り上げた。
僕の身長より長い刀身。あれを正面から受け止めるのは厳しい。
薪風で足を止めれるか。
「下がり給え、片岡君」
刀を構え直そうとした時、後ろから声が聞こえた。振り向くと、檜村さんの周りをまわる白い紙に火が付くように燃え上がる。
赤い炎が円を描いて回った。
「【天空にて燃ゆる火が地に下りることあらば、世界は
檜村さんがトロールを指さす。
赤い光が膨らんで目を突き刺した。思わず目をつぶる。
一瞬の間の後にサウナに入った時のような熱風が吹き付けてきた。服越しにも伝わる肌を刺す熱。頬を焙るような焼けるような感触がしてとっさに顔をおおう。
「……終わったぞ、片岡君」
熱風が過ぎ去った後、目を開けると。目の前には上半身がきれいになくなったトロールの下半身があった。
★
竹下通りを覆っていた赤い光がゆらめくように消えていった。
普段通りのカフェにカラフルな看板のショップ、狭い石畳の見慣れた街並みに戻った……と言いたいところなんだけど。
投げつけられた車の残骸が転がっていたり、ぶつかったところが少し壊れていたりする。
ダンジョン化した場所での戦いは多少現実にも影響を与える。
車の持ち主やお店の方には運が悪かったとあきらめてもらうしかないな。補償は出るはずだけど。
ゴブリンの死体があったところやトロールの下半身があったところには鈍い銀色に光る球が落ちていた。
ライフコアと呼ばれる、モンスターのいわばドロップアイテム。エネルギーの結晶体らしい。
ダンジョン出現から3年。いまや完全なクリーンな電源として活用技術が確立している。
魔討士に支払われる報酬や便宜もこれが原資らしいけど、僕はよくしらない。
「どうしましょうか?」
戦闘が終わったらファンファーレが鳴って経験値が入っておしまい、というのなら楽なんだけど、現実はもう少し面倒くさい。
戦闘のログは残るけど、ライフコアを役所に持って行って討伐評価をしてもらわないといけないのだ。確か最寄りの窓口は渋谷だっただろうか
この手続きが意外に煩雑で、その辺の事務処理を専門的に請け負う会社もあるくらいだ。
「討伐評価のことかね?」
「あと、報告の件です」
ダンジョンの討伐すると、評価点と功績点が支給される。
この点数は普通は参加者で折半になる。功績点はお金に換えられるので人数で頭割りが義務付けらえている。これは金で魔討士同士が揉めないための措置らしい。
一方、評価点は魔討士のランクに関わってくる。こっちの配分は任意だから、今回の戦いで活躍したとみんなが認めた人がたくさんもらうこともある。
でもそんな風に話が通るのは珍しいし、揉めることが多いから折半が殆どだ。
活躍した時は不公平を感じなくもないけど、自分が役に立たなくても貰えることもあるわけで、概ねみんな納得している。
「討伐評価点だが、この討伐の功労者は明らかに君だ。評価は君が多く受け取るべきだろう」
拍子抜けするほどあっさりと檜村さんが言った。
僕一人でトロールを倒せたかは何とも言えないから、折版でも構わない気がするけど。
「気に入らないかね?」
「いえ。そういうことなら……ありがとうございます」
確かに檜村さんの詠唱の時間を稼いだのは僕だけど、ダンジョンマスターを倒した人が最高評価とみなされることが多い。だから折半を主張してもいいと思うんだけど。
自分から言い出すなんてかなり珍しい人だなーと思う。でも貰えるなら拒否する理由は無い。
「事務処理は私がしておくがいいかね?」
「ええ、お願いします。僕の登録番号は乙2534です」
この後、倒したモンスターのライフコアを役所に持って行って討伐評価点を配賦してもらうことになる。
色々と書類を書いたりしなければいけないので正直言うと面倒だ。やってくれるならそのほうがいい。
誤魔化されないために普通は全員で行くんだけど、この人は何となくそういうことはしなさそうな気がする。
戦闘に参加した魔討士の登録番号があれば手続きは一人でもできる。一応アプリの戦闘ログに記録は残るんだけど、登録番号は教えたほうがいい。
檜村さんがスマホを操作して頷いた。
「確認したよ……ところで君のその刀は風を操れるのかい?」
「ええ」
乙種は武器の届く範囲にしか力が及ばないけど、僕の刀は風を操作して竜巻を作ったり、斬撃を飛ばしたりできる。
ただ、本職魔法使いの火力には及ばない。
登録の時、甲種と乙種で結構係官の人が議論したらしいけど、甲種ほどの遠近両対応ではない、ということで乙種になった。
僕自身は色々と使いでがいい能力なので気に入っている。それに少しでも遠くに攻撃を飛ばせるってのはとても便利なのだ。
師範にも修行して使いこなすように言われている。
「なるほど。それは乙としては珍しいな」
「かもしれないですね」
「なるほど。不躾な質問に答えてくれてありがとう。討伐点はあとで確認してくれ」
そう言って檜村さんが竹下通りの出口に向けて歩き出す。
通りの入り口には野次馬が人垣を作ってこっちを見ていた。檜村さんに対して大きな拍手が起きて、何人かの人達が檜村さんを取り囲んだ。
カメラで撮る人や話しかける人。檜村さんがちょっと煩わしそうに首を振る。
「ああ、そうだ」
ショップの店員さんが通りの戻ってきて店の中を確認したり、壊れた店の前でがっくりしてたりする。
この後どうしようかと考えた時、檜村さんが振り返った。
「連絡先を教えてもらえないかな、片岡君」
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