第2話 現れたのは魔法使い。
「やあ、君も魔討士かな?」
振り向いたところに居たのは一人の女性だった。
僕より少し低いくらいの170センチ位の長身。左右に分けられた肩より少し長いくらい位の黒髪が白い顔と綺麗にコントラストを描いている。
物静かな感じの整った顔立ち。黒いふちの眼鏡が文学少女っぽい印象を漂わせているけど、僕よりはどう見ても年上っぽい。
ほっそりした体をゆったりした青いデニムっぽいロングワンピースに包んでいる。
幾何学模様の刺繍と首元の組み紐の房がなんか魔法使いのローブのような雰囲気を醸し出していた。
「初めまして。私は
「ああ……どうも。僕……いや、俺は片岡
畏まった口調の挨拶だな。
「片岡君か。高校生かな?」
「はい、都立荻久保中央、2年生です」
「ランクは?」
「ランクは乙類の7位」
魔討士には実績に応じてランクがある。
甲乙丙丁は種類を示し、その中の1から9位までのランク付け。
類は能力の種類を示す。甲は万能型、乙は僕のような武器を使って戦う近距離型、丙は魔法や式を使う遠距離型、丁はそれ以外って感じだ。
雑なグループ分けとか言われているけど、なんとなくこのままになっている。
「なるほど。私は都立法経大学、2年。丙の4位だ。得物は刀かい?」
檜村さんが僕を見ながら言う。4位はなかなかスゴイ。
あえて言ったってことは、指揮を執るのは自分だというアピールだろう。
魔討士には、ランクの高い方が指揮を執る、ランクが同じなら年上が指揮を執る、という不文律があるからいいんだけど。マウント取りみたいに言われるとちょっとカチンとは来る
ただ、4位は7位にとってはかなり上だ。
「はい」
「私の能力は魔法系でね。前衛をお願いしたいがいいかな?」
「もちろんです」
「そして、どうする?援軍を待つかい?」
ダンジョン発生の警報はこの一帯の魔討士のスマホアプリの全てに配信されたはずだ。
今は僕等しかいないようだけど、いずれは周辺から駆けつけてくるだろう
「いえ、僕等でやりましょう」
ダンジョンの討伐をすれば、討伐実績によって国から功績点や評価点が与えられる。
功績点はお金に換えることも出来るし、評価点はランクに関わる。
それと、討伐実績は学校の成績や、僕は良く知らないけど会社での評価とかにも影響するらしい。
ガンガンランク上げに勤しんでいる、なんてことはないけど。でもやる以上はランクを気にしてないわけじゃない。
討伐功績点や評価点は原則的には討伐参加者で山分けになる。だから人数が少ない方がポイントは高く取れる。
「では我々でやろう」
ゴブリンが金切声のような奇声を発しながらこっちに駆けてくる。
10体ほどだ。その奥にもさらに10体ほど
「少し待ちたまえ」
そう言って檜村さんが僕の頬に触れた。冷たい細い指が触れて、ちょっとドキッとする
「【書架は南東・理性の七列・五十二頁21節。私は口述する】」
手を振れたまま玄絵さんが小さくつぶやく。周りに白い紙、というか本のページのようなものが浮かんだ。周りを回るようにくるくると紙が舞う。
「【『災いは影のごときものなれば、光満つれば
檜村さんが僕の頬に触れたまま呪文を唱える。紙が手に絡みつくように動いて、僕の体に白い光が纏いついた
「防御の術式だ。多少のダメージには耐える」
「ありがとうございます!」
刀を持っているときは身体能力は上がるし魔素が体の周りの膜のようなものを形成してくれるから、普段よりは体は強くなるし痛みにも強くなる。
でも支援はありがたい……というか支援魔法使いなんて初めてみたな。
★
ゴブリンの群れから何体かが、耳障りな奇声をあげてこっちにむかって走ってきた。
刀の柄を握って大きく息を吸った。
「来い!」
気合の声を上げる。
突出してきた一体目。こん棒を振り上げて隙だらけの胴を薙ぎ払った。紙でも切るかのようにゴブリンの体が真っ二つになる。緑色の血が流れた。
その後ろにから続々と続いてきたけど、統率が全然取れていない。バラバラに突撃してきたゴブリンを順に切り伏せた。
よし、体は動く。これならいける。
都営の訓練施設で言われたこと。
呼気を整え、心を落ち着かせ、恐怖を溺れるなかれ。そして敵は確実に殺すまで気を抜くな。
地面に転がるゴブリンを一瞥する。もう動く気配はない。
ゴブリンの群れが怖気ついたように止まって、言葉を交わし合っている。この程度なら「技」を使うまでもない。
確実にこの後にダンジョンマスターとの戦闘が待っている。温存できるところは温存すべきだろう。
「やるじゃないか、いい腕だな、片岡君」
檜村さんが後ろから声を掛けてくれた時。
周りを漂っていた赤い霧が吸い寄せられるように通りの向こうに流れて行った。風が吹いて檜村さんのスカートがふわりと浮く。
通りの向こうで赤い霧が塊のように蟠った。
「来るな」
檜村さんがつぶやく。何度か体験した、重い物を担がされたような、息が詰まるような圧力がその塊から感じられた。
赤い塊の向こう、通りの奥に黒い影が浮かぶ。そして、足音を立てて巨大なモンスターが姿を現した。
★
現れたのは、4メートルはありそうな巨大な人型のモンスターだった。
カバを思わせる裂けた口からは乱杭歯がのぞいている。ゴリラのような長い手とずんぐりした体。紫色っぽいごつごつした肌を不自然な山のような筋肉が盛り上げていた。
片手には巨大な鉄板のような剣を引きずっている。
いかにもパワーがありそうだけど……僕は見たことがない相手だ。
そして、そのデカいのを周りを無数のゴブリンが守るようにとりまいていた。
スマホのアプリの光点がさらに増えた。増援がどんどん湧いてきている。
「あれは……トロールだな」
「あれがダンジョンマスターでしょうか」
檜村さんが頷いた。戦ったことが有るんだろうか。さすが4位。
「私の魔法で仕留めよう。すまないが時間を稼いでもらえるかい」
「了解です」
僕の技が通じるか試してみたいけど、それより丙類4位の魔法がどんなものか見てみたい
「【書架は東南・想像の五列。壱百五拾弐頁五節……私は口述する】」
檜村さんが呪文を唱え始めて、さっきのように紙が彼女の周りを舞う。
不穏な空気を察したのか、トロールが剣で地面を突いた。それを合図にしたのか、ゴブリンの群れが突っ込んでくる。
少しでも前で止めた方がいい。
走りだそうとした時、不意にアプリが警告音を鳴らした。新手か?振り向くと、竹下通りの入り口、後ろからゴブリンの群れが迫ってきていた。
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