12-3.

 いよいよ線路を越えると、目玉はもうすぐそこだ。

 しかし、見誤っていたことがある。駆人が走ることによって近づいていると思っていたそれは、奴自体もこちらに動いているようだ。

 結局真上を通り過ぎるのを見届けることになったが、弱点も、どういう存在なのかすらも見当がつかない。

 そもそも、何故都市伝説というのは弱点があるのか。怖い話なら怖い話で、戒めとしての話なら戒めとして、ただ人の届かない存在として語られる物なのに。

 いや、天子様も言っていた。弱点は『ある』のではなく、『作られる』。 だとしたら……。

 考えている間にも奴は動き続ける。ハッと気づくともう駆人の真上を通り過ぎていた。その向かう方向は、駆人の来た方向。つまり、四葉町住宅街。皆が向かった場所だ。まずいかもしれない。

 急いで帰ろうと向き直ると、そこにカッコイイスポーツカーが走りこんできて、タイヤを鳴らしながら駆人の前で止まった。ウインドウが開いて、運転手が顔を出す。

「駆人君。やはりここでしたか」

 空子だ。天子には仕事で出ていたと聞いたが、ここにいることを何故知っているのだろう。

「取り合えず乗ってください」

 その言葉に従って助手席に乗り込む。聞きたいことがあったので、口を開こうとすると、それにかぶせるように先に空子が話し始めた。

「あいつの弱点は見つかりましたか?」

「なんでそれを。……、何となくですが」

「よかった。やっぱり流石駆人君ですね。では行き先は」

「四葉小学校にお願いします」

「分かりました。飛ばしますよ。つかまっててください!」

 駆人がシートベルトを締めるのを確認するなり、空子は思いきりアクセルを踏み込んで、タイヤを鳴らしながら車を急発進させた。


 足で移動するにはそれなりの距離だったが、車だとこんなものか。いや、空子が大分飛ばしていたのもあるが。

 四葉小学校についた駆人を出迎えたのは、誠と真紀奈、それにぽん吉。ここに三人がいるという事は、それぞれが連れてきた人もここにいるのだろう。取り合えず一安心。

「ああ。駆人君。無事だったか」

 駆人の姿を見つけた誠が嬉しそうな表情を浮かべて歩いてきた。

「あの二人は大丈夫だと言っていたが、不安は不安でな……」

「ええ。何とか。……、綾香さんは?」

「体育館の中だ。弟君やご両親といるはずだが……。何か様子がおかしいらしいな」

「様子が?」

「君も行ってみるといい。外と……、あいつは俺らが見ておく」

 誠に軽く頭を下げて、駆人は体育館へ向かう。


 体育館の中は人でごった返していた。あれだけ目に見える被害が出ているのだから当然か。

 入ってすぐの所でキョロキョロとしていると、すぐに栞が近づいてきてくれた。

「ああよかった。七生君無事だったんだね」

「そっちも。弟君とは会えた?」

「うん。本当に助けてくれたみたいで。ありがとうね」

「ところで、なにか様子がおかしいという話だったけど」

「それが……。なんか子供達であっちの方に集まって何か話してるみたいで」

 栞の指す方向では、確かに小学生達が輪になってなにやらコソコソと話している。先ほど助けた少年。栞の弟もその輪に入っているのが見える。

 二人で近づくと、栞の弟がこちらに気付いて声をかけてくれた。

「あ、姉ちゃん。それにさっきのお兄さん」

「元気そうだね。ところで、集まって何のお話ししてるの」

 駆人の問いに、栞の弟は少し考えこむと、まあ二人ならいいかと輪に隙間を作って座るようにと促した。

「実は、あの目玉お化けを倒すための作戦会議をしてたんだ」

 その言葉を聞いて、駆人は目を見開き、腰のあたりで小さくガッツポーズを決めた。

「目玉お化けって、空に浮かんでるあの?」

「え! お兄さん見えてるの!? お母さんとかに聞いても誰もそんなの見えないって言うのに」

「うん。皆も見えてるの?」

 輪の子供達は口々に見えると言った。

 これは、いけるかもしれない。

「それで、作戦ってのは出てるの?」

 駆人が聞くと、あっちこっちから作戦だか何だか分からないような言葉が乱雑に飛んできたので、一旦抑えるようになだめて、順番に喋らせた。

 出て来た案は、目玉お化けとしての対処法。風を収める方法。目に関する嫌な体験談。

 なるほど。使える。

 駆人は最後まで聞くと、礼を伝えて、スクッと立ち上がった。

「あ、お兄さん、一人でお化けやっつけたりしないでよね。俺らが考えたんだ作戦だよ!」

「分かってるよ。多分君たちの力も借りると思う」

 駆人は輪から聞こえる元気な声に背中越しに応えると、体育館の外に駆け出した。


 意気揚々と駆け出したはいいものの、必要な物があるのだが、近所の商店はコンビニすらも営業していない。さて、どうしたものか。

 空を見上げれば目玉はかなり近づいてきている。タイムリミットも近い。

 半分当てもなく瓦礫と崩れた家屋が目立つ街を駆け回っていると、無人の農作物の直売所があった。ここになら何か……。

 あった。時期外れだけあって数は少ないが。ポケットから財布を出して……。

 げ。あんまりお金が入っていない。かき集めて、やっと一袋分。足りないかもしれないが、ないよりましか。お金を所定の箱に入れて、お目当てを一袋掴んで小学校に戻ろうと駆けだそうとした。

「待たんか! 少年よ!」

 甲高い、聞きなれた声に呼び止められる。その声の方向に顔を向けるとそこに立っていたのは。

「天子様!」

 ブルーシートをかけた荷車を引いた天子がそこにいた。

「町を離れたんじゃ」

「お主だけでこの怪異を解決されてはわしの面目丸つぶれじゃからな。一枚かませてもらって、美味しい所をいただきというわけじゃ」

 憎まれ口を叩く天子だが、額には汗がにじみ、服のあちらこちらはほつれたり汚れたりしている。

「もしかして、月岡さんや空子さんに僕の居場所を伝えたのは……」

「な、なんのことじゃかな~」

 唇を尖らせて更けない口笛を吹くふりをする天子に、満面の笑みで答える。

「ええい! とにかくじゃ。お主も律儀な奴よな。こういう時ぐらい金を払わんでも文句は言われまいに」

「そりゃそうですけど」

「お主の欲しいのはこれじゃろ?」

 ブルーシートの下を覗くと、確かに駆人が探していたものだ。

「どうして……」

「お主の考えることは全部分かる」

 ふふんと胸をはる天子。この夏のいつもの光景だ。

「流石です」

「流石の天子様じゃからな! ささ、後ろから荷車を押せ。結構重いんじゃ、これが」

 荷車の前後についた二人は、えっちらおっちら小学校へ向かう。

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