12-2.

 あの空に浮かぶ巨大な目玉に近づくにつれ、破壊された家屋や道路が目立つようになってきた。これ以上近づくのは危険か? いや、まだ何もつかめていない。ここで引き下がるわけには……。

 それにしてもあの目玉、ずいぶん巨大だ。瞼などはないから表情は見て取れないが……、恐ろしい見た目だ。

 見上げた目玉からまた竜巻が伸びてきて、近くの民家にぶつかった。

 身を屈めて通り抜けようとした駆人は、その民家の軒先に小学生くらいの少年が身を縮こまらせているのに気付いた。

 危ない。今まさに屋根の一部が崩れ落ちようとしている。

 駆人はその少年に走り寄る。しかし、抱き上げて離れようとした瞬間、屋根が壁もろとも剥がれ落ち、二人の上に降り注いできた。

 万事休すか。駆人は少年を体の下にかばって体を丸めた。

「狸ック!」

 今まさに駆人に直撃しようとしていた瓦礫が、掛け声と共に放たれた跳び蹴りによって粉砕された。

「おい、大丈夫か? って、駆人じゃねえか」

 駆人がおそるおそる顔を上げると、そこに立っていたのは化け狸のぽん吉だった。ほこりを軽く払って立ち上がりお礼と、二言三言挨拶を交わす。

「天子の奴はどうした? 一緒じゃねえのか」

「天子様は……。助けを呼びに行きました」

「……。そうか」

 ぽん吉は目を見開いて、それから顔を伏した。

 二人の間に沈黙が通り過ぎる中、駆人の下で少年がもぞもぞと動く。

「ちょっと、重いよ……」

「あ、ごめん」

 かばった体勢のままでそのままだった。風の唸りはいったん離れたので、離れても大丈夫だろう。

「お兄ちゃん達が助けてくれたの?」

 その少年は二人を交互に眺めてから言った。

「ああ、そうだ」

「ありがとうございました」

 大きく頭を下げた少年が、大きな声で礼を言う。こちらもなるべく礼儀に則って返す。

「どういたしまして。ところで、君はここの家の子?」

「ううん。小学校に友達とサッカーをしに行こうと思ってたんだけど、急に風が吹いて怖くなっちゃって……」

 見れば傍らにサッカーボールが落ちている。解放されているグラウンドに行くつもりだったのだろう。だが、この状況ではこのまま向かわせるというわけにもいかない。

「ぽん吉さん。この子を小学校まで連れて行ってもらってもいいですか。あそこは避難所にもなっています」

「それは構わねえが……、お前はどうするんだ」

「僕は、あの目玉の真下まで行ってみます」

 しばらく二人の間で無言の応酬が繰り広げられた後、先に折れたのはぽん吉だった。溜息交じりに言葉を紡ぐ。

「ま、あいつがいねえってことは言っても無駄ってことだろ。お前のことだからよっぽど無茶はしないだろうが、気を付けろよ」

「はい。ぽん吉さんも気を付けて」

 少年を連れて歩き去るぽん吉を見送って、駆人は目玉を追って走り出した。


 四葉駅が近くなる。しかし、駅前の大通りには人がいない。皆もう避難したのだろうか。

 あの目玉にも大分近づいてきた。しかし、分かるのは割と低くに出ていることと、竜巻によって壊された瓦礫の一部が吸い上げられていることくらいだ。そのせいか壊れた建物に比べると、道に散らばる瓦礫は少ない気がする。

 だが、まだ奴の真下には遠い。これ以上進むには線路を越えなければ、地下道か、駅舎を渡るか。閉められていないといいが……。

「あれ? 七生君?」

 走っている中、急に横から声をかけられた。

「あ、綾香さん。こんな所で何やってるの」

 おでかけ用の服に身を包んだ栞がバス停のベンチにいかにも退屈そうに座っていた。

「友達とお買い物に来たんだけど……。その友達が来れなくなっちゃって。せっかくだから一人で周ろうと思ったんだけど、どこも閉まっちゃってるし、どうしようかと思ってたんだよね」

 栞は本当にいつもの遊びに来たように話す。まるで危機感を感じない。

「いや、なんでそんなにのん気なのさ。綾香さんにはあれが見えてるでしょ。見えてない人すらこぞって避難してるのに」

「それはそうだけど……。むしろ見えてるからじゃない?」

「え?」

「だって、あれがお化けなら、この町には天子さんがいるでしょ? いつもみたいに七生君と一緒にやっつけてくれるんじゃないの」

 栞の期待の眼差しが突き刺さる。いつものようにその通りだと即答できれば良いのだが……。

「と、とにかく。あれは輪をかけて危険な奴だから早く逃げた方がいいよ」

 どうにか危険性を理解してもらって、栞が帰ろうとすると、彼女の持っている鞄からメロディーが流れる。携帯電話の着信音のようだ。

「ちょっとごめんね。……、もしもし。ああ、お母さん」

 駆人と話している時と変わらない明るい口調で電話に出た栞だが、話が進むにつれ口調は重く、顔色も蒼くなっていく。

 電話を切った栞は、震える唇で言葉を紡いだ。

「お、弟が家を出た切り行方が分からないんだって……。七生君何か知らない?」

 栞に弟がいたことすら初耳だ。首を横に振る。

「そう、だよね。サッカーをしに行くって言って家を出たみたいなんだけど……」

 サッカー。どこかで聞き憶えがあるような……。

 あっ。もしかして……。

「綾香さんの家って、神社の近くだったよね」

「うん。そうだけど……」

 先ほど助け、ぽん吉に預けた少年。彼はサッカーボールを持っていたはずだ。その子の特徴を憶えている限り細かく伝えると、栞の表情が明るくなった。

「間違いない、弟だよ! まさか七生君に助けられていたなんて」

「いや、僕は……。ともかく、ぽん吉さんに預けてあるから大丈夫だと思う」

 栞に、弟はぽん吉と共に小学校に避難していることを伝えた。栞は親にも連絡し、そこで落ち合うことになったようだ。

「七生君も……」

「僕にはやるべきことがある」

「だよね。じゃあ……」

 別れようとした瞬間。目玉から伸びてきた竜巻が近くの雑居ビルに直撃。その破片が降り注ぐ。

 またか。だからと言ってできることもない。悲鳴をあげて身を屈めた栞の上に覆いかぶさる。

「はいはいお待たせしました~」

 甲高い声が響くと、駆人の頭上に迫っていた瓦礫が爆散する。

「お二人共、大丈夫ですか?」

 顔を上げると、今度立っていたのは怪対課の少女刑事、真紀奈だ。手には大型の工作機械を持っている。それで壊したのだろうか。後ろのパトカーの運転席には誠の姿がある。

「た、助かったよ真紀奈。でも、何故ここに」

「あ~。まあ、元々パトロールの一環ですが、こちらに人が向かっているとの情報がありまして……」

「へえ」

 誰かに見られていたのか。でも、そのおかげで助かった。栞の弟の件を話し、彼女をそこまで送ってもらえる。

「分かりました。駆人さんはこのまま行くんですね」

「うん。綾香さんを頼むよ」

「かしこまりました! 駆人さんもくれぐれもお気をつけて」

 パトカーの後部座席に乗り込む二人を見送って、駆人は再び歩きだした。

 しかし、一民間人でしかない駆人を、よくこの嵐の中送り出したものだ。警察なら止めるのが筋なような……。

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