12.クライマックスアワー~都市伝説終末譚~
12-1.クライマックスアワー~都市伝説終末譚~
八月も残りもうわずか。つまり、駆人達の夏休みももう残り少ない。
いつものように神社に来た駆人は、いつものように居間のちゃぶ台で天子と雑談をしていた。
「夏休みが終わってしまったら、お主に手伝いを頼めなくなるのう」
天子が感慨深げに言った。
「どちらにしろ、お主らのおかげでこの町の都市伝説もかなり少なくなった。そうなればわしらもここにとどまっているわけにもいかんしな」
「え、天子様達、ずっとここにいるわけじゃないんですか」
寝転がっていた駆人は、天子の言葉に勢いよく体を起こした。
「そういう仕事じゃからな。怪奇現象の起こる所、怪奇ハンターありじゃ。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。ま、今生の別れというわけではない。近くに寄った時は顔を見せよう」
「そう、ですか」
思えば天子と出会ったのは一か月前。それからは毎日のように顔を合わせ、時に笑いあい、時に危険に立ち向かい。それがなくなるのは少々寂しい。
なんとなく口数が少なくなる。天子も駆人の心中を察したか、微妙な顔でこちらを見ている。
「ま、そろそろ昼飯じゃ。素麺でも茹でるか。お主も手伝え」
「はい」
素麺を茹でる程度は何人がかりでやることでもない。二人で台所に向かったものの、途中で天子は消えてしまった。
そもそも天子は面倒くさがってあまり家事をやりたがらない。押し付けられる駆人はすっかりここの勝手に詳しくなってしまった。
素麺も茹で上がり、居間に持っていくと、天子が箸を持ってすでに待機していた。早くしろと急かされるが、それなら少しは手伝ってほしい。
「美味しい! やはりお主の茹でスキルはなかなかじゃな」
早速素麺を頬張る天子が開口一番に言った。素麺を茹でるのに上手いも下手もないだろう。
何とはなしにつけていたテレビでは、天気予報をやっていた。予報士が大きなボードの前で傘や竜巻のイラストがついた棒を忙しなく動かして解説を行っている。
「昨日までは今日は一日中晴れの予報だったのに、急に悪い予報に変わったな」
テレビを見ながら天子が呟いた。
「竜巻の注意情報が出ているようじゃ。雨戸を閉めるのを手伝ってくれ」
天子の言う手伝えは、任せるという意味だ。まあ、それくらいのことは一人でもできる。首を縦に振って了解を伝えた。
確かに窓の外を見てみれば、今にも雨を降らせそうな厚い雲が空を覆っている。
雨戸を閉めていると、またも天子の指示が飛ぶ。
「本当に嵐が来そうな雰囲気じゃな。ちょいと家の周りも見ておいてくれんか」
「分かりました」
今度は外に駆り出される。軽く辺りを見回って、飛ばされそうなものがないかと確認した。
一息ついて、空を眺めた。空は厚く、暗い雲に覆われ、ごうごうと風の音も強まってきた。本当に嵐が来そうな雰囲気だ。
その時、駆人は雲の中におかしなものを見つけた。少し離れた所に渦になった雲があり、そこに何やら別の物が見える。白い、のっぺりとした半球状の……。何かの見間違いだろうか。
「どうしたんじゃカルト。随分時間がかかっとるじゃないか」
天子が、待っても戻ってこない駆人を物干し場に探しにやってきた。
「天子様。あの空、何かおかしくありませんか」
「どれどれ」
天子は駆人の指さす先に視線を向けた。確かにそこには何か雲ではないものがある。
次の瞬間、その何かが俄かに動き出した。表面がグルグルと回ると、半球の中心に、黒い円が現れる。全体を合わせると、それは雲の切れ間から覗く、巨大な『目』に見えた。
二人は目を見合わすと、一目散に神社を後にした。
しばらく住宅街の中をあの『目』に向けて走る。まだそんなに進んでいないが、目の見える角度は大分変わった。実際にはあの目や、周りの雲は本物の雲よりも大分低い高さに出ているらしい。
走っている間に、何人もの人とすれ違うが、強風に顔をこわばらせる者はいても、あの目に悲鳴をあげる者は誰一人としていない。やはりあれは怪奇現象なのだろう。
その空に浮かぶ『目』のそばの雲から何かが地表に伸びていく。螺旋を描いて伸びていくそれは、竜巻のように見えた。その竜巻が伸びた先の民家に触れると、爆音と共にその家の屋根瓦が四方八方へと飛び散った。
あちらこちらから悲鳴が上がる。伸びてきた竜巻にではなく、屋根瓦が爆散したという結果に対してだ。やはり、周りの人にはあれは見えていない。
「あの目がこの大風やさっきの竜巻を起こしているのでしょうか」
「ならばやることは一つじゃな」
天子は右腕を伸ばし、手のひらを奴に向けた。
「狐火ーム!」
珍妙な掛け声と共に、開いた手のひらから白い光線が奴に一直線に伸びる。光線は見事に命中。しかし、全く効いているという様子はない。
「やはり効かぬか」
天子が予想通りという風に言った。
「となると、あれは都市伝説……」
天子の放つ狐火ームは妖怪やお化けの類には効果覿面だが、人の噂から生まれた都市伝説には効果が薄い。人の生み出した都市伝説を倒すには、こちらもまた人の生み出した弱点、対抗策を用いなければならない。
「奴が都市伝説というなら、お主は何か知らぬか」
「まさか。あんなおっかない都市伝説は見たことも聞いたこともないですよ」
「だとすれば、もしかしたら、あれはこの町の者が生み出した都市伝説、なのかもしれん」
天子が言うには、この夏に頻発した都市伝説による怪奇現象は、駆人達が対処したとはいえ、ごく一部の人の目には入っていた。その人達が他人に話した噂に尾鰭がつき、あのような巨大な姿になったのでは、という事だ。
本来ほんの小さな噂から生まれる都市伝説。もしもそれが実在する怪異を基にしたものであったとしたら。最初の『恐怖の種』が大きければ大きいほど、最終的な都市伝説も巨大かつ凶悪なものになりかねない。次第にこの町が怪異に飲み込まれている、という噂が広がり、この町の人は暗闇に鬼を見た。
その恐怖のが実態を得た姿が、あの空に浮かぶ巨大な目玉なのだろう。
「都市伝説は人々の恐怖から生まれ、弱点はその恐怖に対抗するために作られるのじゃ」
「つまり、あの都市伝説には弱点が……」
「ない」
天子が奴の真下へ向かうために走っていた足を止めた。
「どうしたんですか天子様。早くいかないと町がハチャメチャになりますよ」
「行ったところでどうしようもない。逃げるのじゃ」
天子の声は、いつになく張りがない。
「わしの狐火ームは効かん。お主の知識も役に立たん。わしらでどうにかできる域を超えている」
話している間にも、竜巻が更に伸びてきて、近くの民家に直撃した。細かい瓦礫がこちらにも降り注ぐ。
「今までだって弱点のない都市伝説も倒してきたじゃないですか。今回も……」
「だからこそじゃ。今までとは規模が違いすぎる。倒すにしても力も、数も足りん。それを集める時間がいる」
「そう、ですか」
駆人は止まっていた足を、奴に向けて動かしだした。
「おい、そっちは奴のいる方! 何をする気じゃ!」
「助けを呼びに行く人も必要です! 天子様は人を集めてください! 僕は奴の下に行ってみます。何かわかることがあるかもしれない」
「やめろ! 戻ってこい!」
天子の声が届いたか否か、駆人はもう声の届かないところまで駆け去っていた。
「く、仕方のない奴じゃ」
天子は踵を返し、町の外へと続く道を走りだした。
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