11-2.

 急に展開した事態に、二人は寝転がるのをやめてちゃぶ台に向かい合って座った。

 事態の飲み込めていない天子は、深刻そうな表情を浮かべる駆人を見て生唾を飲み込んだ。

「な、なんじゃ。その名前は。どういうお話なんじゃ」

 天子の問いに、駆人は大きく息を吐いて、もう一度吸ってから答えた。

「メリーさんの電話。その名の通り、メリーさんを名乗る少女から電話がかかってくるんです。それで、毎回自分のいる場所を伝えるんですが、最初は遠く、段々近づいてきて、近くの公園、自宅の前、自室の前、最後は……」

「最後は……?」

 天子の背筋に冷たいものが走る。駆人はオチの前に大きく間を溜める。が。

「今、あなたの後ろにいるの……」

 オチのセリフは駆人が口を開く前に、天子の真後ろから少女の声で聞こえた。

「ギャアアア!!」

 驚きに驚いて跳びあがった天子は、その勢いのままにちゃぶ台を踏み越えて駆人に抱き着いた。

「な、なんじゃなんじゃ~」

「あ、あれ? そこまで驚く?」

 天子を脅かしたのは、果たして栞であった。両手を上にあげた脅かすポーズのままで固まっている。

 今までいなかった栞が急に現れたのには駆人も驚いた。聞けば神社の近くを歩いていたら買い物に出るところの空子と出会い、駆人が来ているという事で遊びに来たのだそうだ。

「それで知ってる都市伝説の話をしてたみたいだからちょっと脅かしてみたんだけど……」

「それはタイミングが良かった、いや悪かったね」

「どういうこと?」

「そのメリーさんからの電話が現に天子様にかかってきたってこと」

「なるほど」

 涙目で震える天子をなだめて、栞を交えて話を続ける

「で、でじゃ……。メリーさんとやらが後ろに現れたらどうなるんじゃ? 栞は知っとるのか?」

「さあ」

「さあ、って……」

「だって、そうとしか言えないよ。あなたの後ろにいるの、キャー! で終わりなんだから」

 どちらかというとこの話は創作の怪談に近い。被害者の視点で話が進むものの、オチは曖昧に。想像の余地がある。

 メリーさんの情報においても幅が広い。人形であるとか、幽霊であるとか、超能力を持った人間であるとか。人を襲う理由も、恨みがあるから、前世がどう、たまたま。枚挙に暇がない。

「随分曖昧じゃなあ」

「共通しているのは電話を使う事、少女である事くらいかな。でも、都市伝説にしては話の大筋はあまり変わらないね」

「じゃ、じゃあ何もしなくてもいいんじゃないか? 脅かすだけで終わりかもしれない……」

「どうなの? 七生君」

「ん~。確かに話のオチは曖昧だけど、やっぱり広まるにつれ具体的な要素が付加される場合が多いかもしれない。刃物で殺されるとか、首を絞められるとか、不思議な力で殺されるとか。それだとなんでその話を他の誰かが知ってるんだ、って事になるけど」

 怪談にはよくある事だ。体験談として語られているにも関わらず、語り手が死んで終わる話。

「ちょ、ちょっと待て。もしそうなら、わし、死ぬことにならんか?」

「まあ、そうなってもおかしくないでしょうね」

 天子の顔が青ざめた。

 その直後。もう何度目か分からない非通知の着信。天子は電話を取りたがらなかったが、二人が急かすので震える指で通話ボタンを押した。

「も、もしもし……」

「私メリーさん。今、四葉公園にいるの」

 切れる。さっきがスーパーマーケット、今度が四葉公園なら着実にこの神社に近づいている。

「あわわ。もう時間はないぞ。どういう形で来るにせよ。何か対策を考えねば。メリーさんに弱点は何かないのか」

「そうは言っても……。言ったようにオチで完結している話ですから、弱点や対抗策は示されていないですよ」

「そ、そんな……。あ、そうじゃ! 後ろに現れるというなら、後ろを作らなければいいんじゃ」

 天子はそう言うと手近な壁に背中をぴったりくっつけた。

「ほら、こうやれば後ろに現れることはできん!」

「それはそうですが、メリーさんが根負けするまでずっとそうやってるつもりですか?」

「あ」

 天子はへなへなとその場に崩れ落ちる。気分の上がり下がりの激しい人だ。

「ええい! 他人事じゃと思って! お主らも何か考えんか!」

 そう言われても、急にポンポンとは浮かんでこない。うんうんと唸りながら考えて、先に思い付いたのは栞だった。

「じゃあ、後ろに現れた瞬間に捕まえちゃうのは?」

「おお! それはいいかもしれんのう!」

「ちょっと待った」

 飛び跳ねて喜びを表す天子を、駆人が言葉で制した。

「もう結構近くまで来てるんでしょ? 今から応援を呼ぶのは難しい。だとすると、背中を向けている天子様は参加できないから、僕と綾香さんでやることになる。……、できる?」

「……。ちょっと自信ないかも」

「不思議な力を使わなくて、力任せの殺し方だったとしても、二人だと勝てるかどうか……」

「そ、そんな……」

 そしてまた着信。天子は渋ってなかなかでないが、切れる気配もない。電話を取らないからと言って迫ってこないとも限らないので、取り合えず無理に取らせた。

「もひもひ……」

「私メリーさん。今、コンビニの前にいるの」

 切れる。コンビニと言えばもう神社の目と鼻の先だ。

「ど、どうするんじゃ~」

 天子がべちゃりと音を立てて畳に倒れこんだ。

「……。僕に一つ考えがあります」

「おお! 今のわしなら藁でも喜んで掴むぞ」

「藁扱いですか。……、取り合えず、この神社を出ましょう」

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