10-4.end
考えに耽っている間に、夜も更けてきた。三人の口からは言葉よりもあくびが多く出てきている。
天子も流石にうつらうつらと前のめりに倒れこみそうになった。その時だった。
辺りが突然光に包まれる。見張るために少しだけ開いていた納屋の扉から、眩いばかりの光が漏れ出した。
「な、なんじゃなんじゃ」
これには思わず三人も飛び跳ねた。車のヘッドライトとかそれどころではない光量だ。明らかにおかしいと天子が先陣を切って扉を思いきり開け放した。
すると、天子の目に飛び込んできたのは眩い光を放つ……。
宙に浮かぶ円盤だった。
「な、なんじゃ、あれは」
呆然、放心。非現実的な世界に生きていると自負している天子ですらも、目の前の状況を飲み込めない。
その間に、円盤の下部から光の渦が伸びて、牛舎の中にいる牛を一頭、吸い上げてしまった。牛を格納した円盤が、俄かに水平に動き始める。
「おい天子様、ぼうっと眺めている場合じゃないぞ」
続いて飛び出してきた誠と真紀奈の声にハッと我に帰る。
「奴はどうやら麦畑の方に移動しているようです。追いましょう!」
円盤は天子達の見ている前で堂々と、音もなく水平に移動していった。
高速で、しかも障害物を無視して飛んでいく円盤を追いかけるのは苦労した。何とかして追いついた頃には、今度は麦畑の上で制止。またも何やら円盤下部から光線のようなものを出している。
光線が当たった麦畑の麦は次々に倒れ、編みこまれていく。それを円盤ごと動かしながら位置を変えて当てていき、見る間に麦畑には今までも見たような、大きなミステリーサークルが出来上がった。
ミステリーサークルを描き終わった円盤は、満足したかのように震えると、ゆっくりと高度を上げていく。
「……。ハッ! 逃がすわけにはいかない! 天子様!」
「おう! 少々手荒くなるが、狐火ーム!」
珍妙な掛け声と共に天子が手のひらから放った光線は一直線に伸び、見事円盤に命中した。が、円盤には一切傷はついていない。
「むう。やはり効かんか。どう見てもお化けっぽくはないからな」
しかし、円盤は動きを止め、ゆっくりと降下してきた。
またまた円盤下部から光の渦が伸びてきて、しかし、今度は吸い込むのではなく円盤の中から何かが降りてきた。
その姿は、人型で、しかし全身は銀色で、手足は細く、黒々とした目は大きく……。まさにオカルト雑誌の写真に添えられていたイラストのような……。
宇宙人であった。
そいつは、唖然とて動きを止めた三人に、片手を挙げてスタスタと近づいてきた。
「あ、現地の方ですか。すいませんなあ、挨拶もせんで」
そいつは、実に気さくに挨拶をしてきた。
「え? あ、ああ。お前、宇宙人なのか?」
「まあ、あんさんらから見たらそうなりますな。あ、申し遅れました。私、コズモトラベルのハイーロ言います」
そう名乗って名刺らしきカードを渡してきたが、未知の言語で書かれており全く読めない。
「お前がここらの牛をさらったり、畑に絵を描いたりしてたのか?」
「はい。その通りです」
「何故そんなことを? こっちとしては迷惑しているんだが」
誠の詰問に少し困惑気味のハイーロは、その態度から何かを読み取ったか手のひらを打った。
「そう言えばこの星の文化レベルを忘れていましたわ。それでは一から説明しましょ」
ハイーロの住む星では、数十年前から星系間旅行が流行していた。そのため彼が経営する旅行会社『コズモトラベル』でも太陽系観光ツアーを企画している。
しかし、生物の住めない星ならともかく、地球のような生物のいる星には彼らにとって未知の病気が蔓延している。そのため、免疫のない彼らは地表に降りることはおろか、ほんの少しの空気を吸うだけでも病気に侵され、健康を害するどころでは済まない状態になる場合がある。
そこで、キャトルミューティレーションだ。牛の血液からこの地球の病気に対しての免疫を獲得する、という解決策だ。そのために牛を円盤に運び、血を取って返していた。一度に一カ所から沢山の牛をとるのは悪いと思って場所を変えて牛をとっていたのだ。
「ま、献血みたいなもんですわ。技術は確立されておりまして、牛さんに一切悪影響は残しません。昔は乱暴なもんで一頭の牛から丸々全部の血を抜いて殺してたなんて話もありますが、最近は私らの方も動物愛護の声が大きくて……」
「そういえばそんな映画があったな……。いや、しかし何も言わずにとっていくことはないだろう」
「いや、まあ、それに関しては悪いと思うとりますが、この姿を見せたらみんな大騒ぎするでしょ?」
「まあ、な」
「それに、代金も払ってます」
「代金? そんな物受け取ってないが」
「いやいやなにゆうとりますの。あんさんらの足元のミステリーサークル……。ああしまった! この星ではコズモペイがまだ使えないんでしたな」
彼の言う『コズモペイ』とは、この銀河で最も広く使われる電子決済サービスだ。支払い側は地面に二次元的なバーコードを描き、受け取り側が専用の装置で読み取ると代金の支払いが簡単にできる。ここまで大きく描くのは、宇宙からでも読み取れるようにするためらしい。
「いやいや申し訳ない。この埋め合わせは必ずしますから。今日の所は急ぎますんで、お暇させていただきます」
「え? おい!」
「これで必要な分の血は集まりましたので! ほな、さいなら~。コズモトラベルをごひいきに~」
円盤にハイーロが乗り込むと、目にも止まらぬ速さで円盤は上昇し、星の海に消えていった。
「な、なんだったんじゃ、あれは」
首がいたくなるほど上に向けた天子が呟いた。
「分からん。しかし、悪意があってやったろいうわけでもなさそうだが……」
「今日で最後だとも言っていましたね。もし明日も起きるようでしたら、ちゃんとした措置が必要でしょうが……」
「あれを逮捕できるとは思えん」
「ですよね~」
三人はここで起こったことにいまいち頭の整理が追い付かない。夜も更けに更けた頃なので、車に戻って眠ってから考え直すことにした。
所と時が変わって数日後の四葉署の一角。『怪奇現象対策課課長室』の札がかかった部屋から誠が出てきた。
疲れ切った顔の誠が自分の机の前の椅子に勢いよく腰を下ろし、背もたれに体を預ける。
「お疲れさまでした~。月岡さん。お茶どうぞ」
「おお、ありがとう」
申し訳なさそうに眉毛を下げた真紀奈が持ってきたお茶を机に置く。
「で、どうでした?」
「そりゃみっちり絞られた。見張ってたのに牛を奪われるのも防げなかったうえに、犯人もみすみす逃がしたんだからな」
あの事件の後、最後の一件の牛も帰ってきて、新たな牛泥棒は起きなかったものの、それでよかったで終わるわけにはいかない。相手が宇宙人だったということもあって、罰とまではいかないものの、誠は課長の憂さ晴らしに近い説教を長時間にわたってくらっていた。
「それはそれは。月岡さんばかり申し訳ないです」
「ああ。まあそれはいいんだが……。これは?」
「それはあの牛泥棒の被害者の方から送られてきたものでして」
机の上には封筒が置いてある。中には一枚のチケットのような物。表面にはあのハイーロの名刺で見たものと似た文字が並んでいる。
「なんでも朝起きたら郵便ポストに入っていたとか」
「へえ?」
裏返してみると、ミミズがはい回ったような字が書いてある。しかしこちらは誠にもかろうじて読める、つまり日本語だ。
『コズモトラベル星系間ツアー割引クーポン』
「これが代金代わりってわけか。しかし……」
ハイーロの星まで行くのにあと何年かかるやら。生きている間に使えればいいのだが……。
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