10-2.

 少々離れた二件目の牧場では二日前の夜に牛が消え、やはりその翌日の朝に見つかったそうだ。見つかった時の症状も同じく軽い貧血、刺し傷。更に足跡などの痕跡もなしだ。

「ここもさっきの所と全く同じって訳か」

「犯人の目的は何なんでしょうね? 牛の血マニアでしょうか」

「そんなものがいるかは知らないが……。せっかくバレずに盗み出せたのに、それをわざわざ返しに来るのも度し難いな」

 誠と真紀奈がうんうんと唸っている間。天子は牧場見学に精を出していた。

「おお。ここは羊もいるのか。モフモフじゃなあ。……。む、小高い山の上に展望台がある? よし、誠、真紀奈、展望台に行くぞ!」

「おい、天子様。遊びに来たわけじゃないと言っているだろう」

 咎める誠の言葉も届かぬうちに、天子は既に遠ざかっていた。

「ど、どうしますか?」

「手がかりがない以上ここにいても仕方ないし、取り合えず追うしかないだろ」

 すでに見えなくなるほど遠ざかった天子を追って、二人は面倒くさそうに歩き出した。


 その牧場の敷地内の小高い山の頂上辺りに、木材で作られた展望台があった。少々粗末な作りに見えるが、丈夫は丈夫らしい。

「おお~、これは眺めがいいのう」

「はい! 天子様が下りた駅も見えますよ」

 先に超常についた天子と真紀奈は眺めを満喫する。開けた平地が広がる中に、急に現れる小高い山なので、高さはさほどではないが見晴らしは十分だ。

 そこに誠が漸く死にそうな顔で現れた。

「お前ら……。少しは手加減してくれ……。俺ももう若くはないんだ……」

「わしより百五十も若くて何を言う」

「人間は百超えりゃ死ぬんだよ」

 誠が足を引きずって展望台の柵に体重を預けると、ちょうど雲が切れて日が差し込んできた。

「おお、確かに眺めはいいな。これは登って来たかいがあるかもしれないな」

「じゃろ? 特にあっちの麦畑の方なんか……。むむ?」

 満面の笑みで景色を眺めていた天子の表情が、麦畑の一角を見た途端に強張る。

「どうしました天子様……。あ!」

 麦畑の中心当たりにの一部の麦が倒れている。複雑に、しかし規則的な模様で円形に広がるそれは、まさにペルーはナスカの地上絵のようにも見えた。

 三人は声もなくしばらくそれを眺めると、顔を見合わせて山を駆け下りた。


 展望台から見えたのは、先ほどの牧場の近くにある麦畑。同じ高さに立つと内側の様子はいまいちわかりにくい。この農場の管理者と共に麦を分け入って中心を目指す。

 展望台から見えていた部分にたどり着くと、青い麦が太い線を成すように規則正しく倒れている。しかも、ただ倒れているのではない。何本かの麦が束ねられて、複雑に編まれている。これが直径数十メートルの円形に広がっているのだからなかなかの規模だ。案内してくれた管理者も驚きの表情だ。

「これには気が付いていましたか」

「い、いえ。今、気付きました。昨日今日と牛の失踪騒ぎでバタバタしていましたから。事件があった日に見回りしたときは特に何もなかったはずでしたが……」

「なるほど……。真紀奈、写真撮っておいてくれ」

「はいな!」

 真紀奈は元気に答えて懐から大型のラジコンヘリコプターを取り出した。カメラ付きのそれで上空からこの模様を撮影するのだ。

「このくらいですかね~。は~い、にっこり笑って~」

「ピースじゃ!」

「記念撮影じゃねえんだぞ」

 滞りなく撮影を終え、一行はその場を後にした。このところ連日のように起きていた家畜失踪事件。その全ての現場近くの牧草地、麦畑、水田に、この地上絵と似ているものが出来ていた。

 事件のゴタゴタや地上からでは見つかりにくいのもあって発見が遅れていたのだろう。

 一通りの場所の撮影が終わり、三人は少し離れた駅前まで行った所のラーメン屋に入って作戦会議をすることにした。

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