10.コズミックアワー~都市伝説遭遇譚~

10-1.コズミックアワー~都市伝説遭遇譚~

 聞きなれたメロディーが流れると、天子を乗せた車両が発進する。ぎこちない加速に体が揺れた。

 四葉駅を出た列車は続くいくつかの駅に止まった後は、しばらく駅を飛ばして運航する。最初は高いビルばかりが並んでいた線路沿いも、駅を飛ばすころには住宅が多くなり、すぐに木々の立ち並ぶ山が多く見えるようになる。

 天子は車窓を眺めるのが好きだ。次々と流れ、変わっていく景色の中を走る列車に、長く生きた自分を重ねているのかもしれない。

 思えばいろいろな出来事があった。初めて人間に化けた日。大食い大会で優勝した日。空子のプリンを勝手に食べて怒られた日。駆人が二人にと買ってきたお土産を一人で食べてしまった日……。たまに一人になると、いろんな記憶が呼び起こされる。

 またしばらく外を眺めていると、社内にアナウンスが響き渡る。もうすぐ目的の駅だ。窓の外にはなだらかな斜面に牧場が広がっている。広々とした牧草地に点々と放牧された牛の姿が見える。

 のどかだ。

 反対側の車窓には一面の麦畑。収穫にはまだ時間があるようで、青々と茂っている麦は若さを謳歌しているようにも見えた。

 開放的な駅のホームに降り立つ。乗車中はずっと座っていたので体が硬くなった気がする。軽く伸びをして体をほぐすと、小さな駅舎の改札を通り外に出る。そこには天子をこんな田舎まで呼び寄せた張本人達が立っていた。

「天子様。お呼びだてしてすまないな」

「長旅お疲れ様です!」

 怪奇現象対策課の相変わらずスーツの似合う月岡誠と、相変わらずコスプレっぽい制服の牧島真紀奈だ。この近辺で怪奇現象犯罪らしき怪現象が頻発しているので、天子にその解決を協力してほしいという話だ。

「うむ。で、どんな事件がここで起きてるんじゃ?」

「説明しよう。こちらへ」


 近くに停めてあった誠の車に乗り込み、目的へ向けて走り出す。辺りには電車から見えていた牧場と畑が一面に広がっている。

「でじゃ。ソフトクリームはどこで食べられるんじゃ?」

「ソフトクリームはちょっとないかもしれませんね~」

 助手席の真紀奈が答える。

「じゃあなんじゃ。ジンギスカンか」

「観光牧場じゃねえんだぞ」

 今度は運転席の誠が答えた。

「それじゃあわしは何故ここまできたんじゃ!」

「事件解決のためだろうが。さっきまでのキリッとした顔はどうした」

 後部座席に座る天子は窓に顔を張り付けてため息を震わせた。

「はあ。まあ、事件の内容でも聞いてやるか」

「はいな。ええとですね。この辺りには見ての通り牧場がいくつかあるのですが、そこで夜の間に家畜が行方不明になる、という事件が続けて起きていまして」

「失踪事件か」

「家畜がいなくなるのであれば確かに事件ではありますが、我々に声がかかることはないでしょうね」

「そりゃお主らだもんな。何かおかしなことが起きているのじゃろう」

「とりあえず実際に現場を見てみよう。もうすぐだ」

 車は牧場の中に入って行く。


 牧場の敷地内に入ると、すぐに恰幅の良い中年男性が迎えてくれた。ここの牧場主だそうだ。

 彼の話によれば、前日に放牧していた牛の一頭が見つからず、結局暗くなってしまい探すのをあきらめたそうだ。しかし、朝起きると自宅の前にその牛が戻ってきていたらしい。

 その牛はいなくなった牛であることに間違いはないのだが、少々不可解な点があるようだ。

 説明を受けているうちに牛舎にたどり着いた。そこから繋がる牧草地には天気が良いにも関わらず、一頭も牛がいない。そんな事件があった後では当然か。

 中に入ると、一頭だけ少し離れたところにつながれた牛がいる。その牛が被害にあった牛だ。目の前の草をもりもりと食べていて、今朝まで行方不明になっていたとは思えない元気さだ。

「これでもですね。今朝見つかった時はしんどそうにしていたんですよ。それでお医者さんに診てもらったら、軽い貧血だって。そりゃあお家が分からなくなったら血の気も引きますわな」

「貧血……」

 それから、戻ってきた牛が見つかったという同じ敷地内の自宅の前も見せてもらった。先に現場を調べた鑑識が残した印が少々残っている。

「朝、外に出ようと思ったらここに座っていたんですよ。昨晩は一睡もできなかったところにあの子が目の前に現れたものですから倒れそうになりましてね」

 この自宅前は牛舎からも牧草地からも柵を追隔てている。行方不明になっていた時も、柵が壊されているとか、門が開け放たれているとか、そういうことはなかったそうだ。

「こんな所で見つかるのは不思議と言えば不思議ですが、まあ、無事に見つかったのだから気にしないことにしますわ」

 牧場主はガハハと笑って、やらなければならない仕事があるからとその場を離れて行った。

「ふむ。少し調べた方がいいな」

「はいな」

 真紀奈は鞄から資料を取り出した。先にここを調べた人達がまとめたものだ。

「ええとですねえ。ここには不審な足跡や痕跡はなかったそうです」

「なんだ。じゃあ一頭で歩いて帰って来たってことか」

「いえ、一切足跡がないんです。あるのは牧場主の物だけ。牛も、人も、車の轍さえ全く見つからなかったそうです」

「いきなりここに現れたってことか。確かに奇怪だな」

「それと、牛さんに関してですが、何かを刺したような跡があったそうです。まさか、血吸い蝙蝠に血を吸われて貧血になっちゃったんでしょうか」

「日本に血吸い蝙蝠はいない。ヒルなんかは血を吸うが、どのみち牛がいなくなったり出てきたりってのはおかしい。ただ、血を吸う妖怪って可能性はあるかもしれないな。有名どころだとヴァンパイアとか、チュパカブラとか……。だが、それなら吸い殺してもおかしくなさそうだな……。天子様はどう思う? って、天子様はどこだ」

 妙に静かだっと思ったら、いつの間にかいなくなっている。

「お仕事を見学する、って言って牧場主さんについて行っちゃいました」

「……」

 一通り調べた後、牧場主に何かあれば連絡するようにと声をかけ、その牧場を後にした。次はここの前に被害にあった牧場へと向かう。

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