9-4.end
その天子の携帯電話は、二人がいる場所の部屋のちょうど反対側辺りにある。この状況であそこまで行くなら、転がっていくほかない。まずは空子が天子の上を乗り越える。
「ぐえ、重いぞ! さっさと乗り越えろ!」
「失礼な人ですね」
なんとか乗り越え終わって、携帯電話に一歩近づく。次は同じように天子の番だ。
「ぎゅ……。つ、潰れる……。は、はやく……」
「どっちが失礼じゃ。全く……」
また一歩近づく。それを何度も繰り返し、やっと携帯電話の下へたどり着いた。
「やっとたどり着きましたね。……、ん? この状態でどうやって電話をかけるんですか?」
指どころか腕から動かせないのだから、電話の操作のしようがない。
「あ! い、いや、音声入力で……」
何度も呼びかけるが、携帯電話は一向に反応を示さない。
「もしかして電源が切れているんじゃ」
「し、しまった。何とかスイッチを……」
もぞもぞと体を動かすが、むしろその度にコードの締め付けが増してしまう。
「ぐええ。苦しくなってきたぞ」
「それに暑いです……」
暑い部屋で、ここまで動くために運動したせいで、もはや二人は汗だく。その状態で体をくっつけてすらいるのだから、少し意識がもうろうとして来ている。
「ま、まずいぞ。このままでは……」
最悪の事態すら覚悟したその時、ガララと玄関の戸が開く音がした。
「天子様ー。妖怪が出たって本当ですか? ……、確かに何かおかしな気配がしますね」
先ほど連絡した駆人がやっと来た。
「あれ? 玄関に買い物の荷物が置いてある。何か急いでたのかな」
駆人の足音は居間ではなく台所に向かってしまった。
大声で駆人の名を呼ぼうとするが、胸が締め付けられているせいで思うように声が出せない。もしも、家に誰もいないと勘違いして帰られでもしたらと思うと、ゾッとする。狐の干物の出来上がりだ。しかし、動かない体をバタバタと揺らして音を立てるくらいしかできない。
その後、台所から何度か扉を開け閉めする音が聞こえた後、台所と居間を繋げる戸を開けた駆人が顔を覗かせた。
「こっちにいたんですか。……、って、何て格好してるんですか。何かのプレイですか」
駆人は黒いひもでがんじがらめにくっついている二人をみて少し引いた。確かに何も知らずに見れば異様な光景だ。
「言ってる場合か! さっき連絡した妖怪の仕業じゃ。お主、これをほどけるか」
「ええ……。わ、空子さん顔色悪いですね。大丈夫ですか」
「暑さに来たみたいじゃ。さっさと助けてくれ」
「はい。こういうのにはコツがあるんですよ……」
そう言うと、駆人は言葉通りにすいすいとコードの絡みをほどいていく。的確にあっちに通し、こっちに通し。締め付けもだんだん緩んできた。
「よし、これで最後ですよ」
最後の人結びをほどくと、やっと二人は完全に開放された。
「おお! 流石じゃな。助かったぞ。空子は大丈夫か?」
「ええ、なんとか。駆人君ありがとうございます。ああ、もうベタベタ……」
「お二人が無事で何よりです。ところで……」
駆人が懐から何かを取り出した。
「この家ではこんなものを冷やしてるんですか」
取り出して二人に見せたのは、ずっと探していたテレビのリモコンだ。
「ああ! それは! お主、それをどこで見つけた?」
「冷蔵庫ですよ。買い物の荷物を入れている時に気付きました」
「そんなところに」
答えを聞いて、天子は記憶を巡らす。そう言えば昼寝をする前に冷蔵庫に麦茶を取りに行った。あの時にうっかりリモコンも持って行って、冷蔵庫に置き忘れてしまったのだろう。
「なんてことじゃ。本当に意外な所に隠れているもんじゃな」
リモコンを見つけたと同時に、この家を取り巻いていた不穏な雰囲気が取り払われたようだ。やはり、リモコン喪失がこの異変の原因だったのだろう。
「はあ。で、妖怪はもう大丈夫なんですか」
「もう大丈夫じゃ。お主にはリモコンを探してもらいたかったのだからな」
「……?お役に立てたのなら何よりですが」
来たばかりで何があったか分からない駆人は、ただただ腑に落ちない表情で、解放されて喜ぶ姉妹を見つめるばかりであった。
その後、もう夕食の時間だという姉妹の好意に甘えて、駆人は姉妹と共にちゃぶ台を囲む。さっき読んでいた雑誌に載っていた料理を、空子が腕によりをかけて作ってくれた。料理が美味しければ、話も弾む。
「で、ですね。イヤホンを鞄に入れるときは、ちゃんとケースにまとめて入れたり、バンドで束ねたりすれば絡むことは少なくなるはずです」
「なるほどなあ」
話題はもっぱら妖怪の倒し方……、いや、日常生活の豆知識だ。
「じゃあリモコンをなくしたらどうしたらいいんですか?」
「リモコンは……。そもそもなくさないように同じ場所に戻すとかしてほしいですが。最近は携帯電話でアラームを鳴らす装置なんかもありますよ」
「へー。今回の騒動は姉さんが原因なんですから、ちゃんと気を付けてくださいね。」
釘を刺す空子に、天子はヘラヘラと笑いながら返事をする。
「大丈夫じゃって、またなくしたときもカルトが見つけてくれるじゃろ」
「ちょっと。ちゃんと反省しないと駄目ですよ!」
「ひええ。妖怪おこりんぼじゃ」
「誰が妖怪ですって!」
食事中だというのに二人はドタドタとちゃぶ台の周りでおいかけっこを始める。
ガッ
「あああああ!」
何周かしたところで、前を走っていた天子がちゃぶ台に思いきり足の小指をぶつけた。
「あらあら。妖怪が一匹残ってましたね」
「痛いいいい!」
そもそも二人は化け狐だから両方妖怪だろう。騒ぎの中でも食事をし続ける駆人は、その言葉を口に出す勇気はなかった。
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