9-3.
「って、こんなことをしておる場合ではない!」
天子は読んでいた漫画雑誌を投げ捨てて、勢いよく立ち上がった。
「うわあ。どうしました姉さん」
「わしらはリモコンを探しにこの部屋に来たはずじゃ! なのに、こんなに長い時間漫画を読むことに浪費してしまった!」
「そういえばそうでした。でも、読み始めるとなかなかやめられなくて」
言っている間に、空子の視線は漫画に落ちていく。
「言ったそばからこれじゃ。これも妖怪の仕業じゃ。『妖怪やらなければいけないことがあるのに漫画を読み始めてしまうと止まらない』じゃ」
空子から雑誌を取り上げ、他の山と共に押し入れの奥へと仕舞い込む。
「ああ、なんてことをするんですか。いまいいところだったのに」
「忘れるな! わしらはリモコンを探しにこの部屋に来たのじゃぞ」
「ああ。……、ああ! そうでした!」
空子は本当に今思い出したように顔を上げる。
それにしても凄まじきは妖怪の力。怪奇現象に熟達した化け狐姉妹をこうも陥れるとは。
「このままじゃ二進も三進も行きませんよ。この妖怪たちから逃れる術はないんですか」
「……。リモコンじゃ。事の起こりはリモコンを失せたことからじゃ。恐らくそれを見つければすべては収まるはず」
「でも、物忘れに、小指ぶつけに、漫画読みに。こんなことじゃ見つかるものも見つかりませんよ」
「ああ。だから今、カルトに連絡を取った。帰り際にここに寄ってくれとな」
「駆人君が。それなら安心ですね」
これらの現象は本式の怪奇現象ではなく、むしろ人間に近い都市伝説だ。それならば、この姉妹よりも、人間である駆人の方が解決に期待が持てる。
「だが、わしらも待つ間に少しでも探してみよう」
「分かりました。と言っても、この部屋にはなさそうですね」
「やはり怪しいのは居間じゃ。こういうものは意外な所から出てくる。くまなく探してみよう」
二人はようし、と息巻いて居間に向かう。
「で、何するんでしたっけ?」
今に一歩踏み入れたところで二人の足が止まる。
「そろそろ年のせいで物忘れが激しくなったと思われるかもしれんな。こういうこともあろうかと、さっき手のひらに書いておいた」
そう言って、天子は誇らしげに手のひらの『リモコン』の文字を見せびらかす。
「なるほど。これなら忘れませんね」
二人はテレビのある居間をあちこち探し始める。とは言っても、一度探した場所。今度はすぐに目につく所ではなく、物の後ろや棚の中などを重点的に探す。
「ふむふむ。この料理は簡単で美味しそうですねえ」
空子は本棚に入っていた婦人雑誌を興味深そうにめくる。美味しそうな料理の写真と共に料理研究家の解説が載っている。なんでも、このページのすべての料理を一時間以内に作れるのだとか。なんとも興味深い。
「姉さんはどれが食べたいですか?」
「え? そうじゃなあ」
テレビ台の後ろの隙間から抜け出した天子は、空子の肩の後ろから雑誌を覗き込む。
「どれも美味しそ……。じゃない! また妖怪のペースにのまれとるぞ!」
「はっ! で、でも、これは漫画じゃない……」
「同じじゃ!」
またも空子の手から雑誌を奪い取り、本棚にぶち込む。
「いよいよ深刻じゃな。なんとかしなければ」
「ええ。ところで姉さん。手に何を持っているんですか?」
天子の手には、なにやら絡まった黒いコードがある。
「これか。さっきテレビの後ろで見つけてのう。わしが使ってたイヤホンなんじゃが、いつの間にかなくなってしまってなあ」
「姉さんも脱線してるじゃないですか」
「うぐっ」
天子は息を詰まらせるも、咳ばらいを一つして話を続ける。
「い、いやあ。割と上等なものだったから、もったいないなあと思っていたんじゃ。見つかってよかった、よかった」
「でも絡まってるじゃないですか。まだ使えるんですか?」
「それもそうじゃな。ほどいてみるか」
天子は絡み合ったコードの塊から端を見つけ出し、あっちにくぐらせ、こっちにくぐらせ。何とかほどけないかと試してみる。
「むむむ、こっちか?」
二股に分かれているイヤホンは複雑に絡み合い、どこがどうなっているかもわからない。
「そっちじゃないですか?」
ほどける兆しすら見えてこない。よほど頑丈に結ばれているようだ。
しばらく奮闘していると、天子は窮屈さを覚えた。横に顔を向ければ、空子の顔がすぐそこだ。
「おい空子。ちょっと近寄りすぎではないか」
「姉さんこそ、もうちょっと離れてください」
「そ、そうか? む? 体が動かん」
体に力を入れても、ほとんど動かない。それどころか締め付けられるような感覚が強くなるばかり。
「ああ! 姉さん、イヤホンのコードが!」
天子の手の上で絡まっているイヤホンのコードの端が、いつの間にか二人の体に巻き付いて、締め付けている。
「こ、これは『妖怪イヤホンコード絡ませ』じゃ! ほどくことに集中しているうちに不意を突かれたか!」
「そんなことが。とにかく早くほどいてください!」
天子はまだ自由の利く手を動かして、なんとかコードの絡みを取ろうと試みる。しかし、ほどこうとすればするほど、コードは複雑に絡み。逃れようとするほど、コードの締め付けは増す。
遂には二人の体は肩から足の先まで、背中合わせにグルグル巻きになってしまった。
「う、動けん」
もはや身動きが取れない。辛うじて口が封じられていないのが救いか。
「あ、あそこにわしの携帯電話がある! あそこまで行って何とか助けを呼ぼう」
「……、わかりました」
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