9-2.
取り合えずリモコンが見つからないまま、映像が流れ続けるテレビの電源を本体のボタンで消す。そして空子は痛む小指をかばいつつ、ちゃぶ台の天子の向かい側に腰を下ろした。
「それで、今の状況の何が妖怪なんですか?」
「うむ。この家には今、日常生活の邪魔をする妖怪が多数入り込んでいるようじゃ」
天子が言うには、リモコンが見つからないこと、探そうとした途端に何を探そうとしていたか忘れてしまうこと、足の小指をぶつけたこと。これらは全て妖怪の仕業なんだそうだ。
「それぞれ『妖怪リモコン隠し』『妖怪何をしようとしていたのか忘れ』『妖怪小指ぶつけ』じゃな」
「妖怪って、どれもただの不注意じゃないですか」
「侮るでない! これらの出来事は気を付けていても、例え妖怪の仕業だと認識していても抗うことはできないのじゃ」
「馬鹿馬鹿しい。私は探しに行きますよ。流石に唱えながら行けば忘れることもないでしょう」
「やめるんじゃ! 気を付けたところでどうにもならんといったじゃろう!」
天子の忠告も話半分に、空子はスクと立ち上がり、先ほどと同じように隣の部屋に向かう。
「リモコン、リモコン、リモコン……」
ガッ
三度、本棚に小指をぶつける。探し物の名を唱えるのに集中していて、足元への意識が疎かになっていた。
「だから言ったじゃろう。大丈夫か」
「だ、大丈夫です……」
空子は倒れこんだまま、なんとか這いずって隣の部屋に入った。
「……。ああ! 今の衝撃で何を探すか忘れてしまいました!」
すでに涙目の空子が叫ぶ。小指は痛いし、物忘れが激しすぎて情けないし、妖怪とやらに負けた気がするし、踏んだり蹴ったりだ。
「りもこんじゃ。リモコンを探すんじゃろう」
「ああ……、そうでした。リモコン、リモコン」
空子は何とか立ち直り、その部屋を見渡す。簡単に目につきそうなところにはなさそうだ。
積み重ねられた座布団、棚の上、床の間……。あちこちを探すが、探し物は見つからない。あと探していないのは押入れの中くらいだろうか。流石にここにはないだろうと思いつつ、押入れを開ける。
「うーん。……、あ。あれは姉さんが昔買っていた週刊の漫画雑誌……」
一方、天子はもう一度居間をあちこち漁ってみる。テレビのリモコンはテレビの前でしか使わないのだから、そう遠くに行くはずがない。
右往左往していると、ちゃぶ台の下に黒くて四角い物があるのを見つけた。すわリモコンか。天子ははいつくばってちゃぶ台の下に潜り込み、それを手に取って確かめる。
「なんじゃ。これはわしの眼鏡ケースではないか」
一つため息をついて立ち上が……。
「痛っ! 頭をぶつけてしもうた……。妖怪頭ぶつけの仕業か……」
痛む頭をさすりつつ、ちゃぶ台の反対側へと潜りぬける。
「それにしても、空子の奴、やけに静かじゃな。そんなに時間かかるほど広い部屋でもないじゃろう」
空子が隣の部屋に消えてからそれなりの時間が経つ。だが、帰ってくるどころか、声の一つも聞こえてこない。何かよkらぬことが起こってからでは遅い。既にこの神社は妖怪の手に落ちているのだから。
というわけで、天子は空子のいる隣の部屋に入った。
「……。なんじゃったっけ」
何をしにこの部屋に来たのだったか。確か妖怪が……。
考えている間に空子を見つけた。押入れの前で座り込んでいる。その傍らには、大量の漫画雑誌が山積みになっていた。
空子。そうだ、空子を呼びに来たのだ。天子は大股で歩み寄り、空子の肩を叩いた。
「おい空子。ずいぶん時間がかかっとるじゃないか」
「……。ああ、姉さん。押入れの奥から漫画雑誌が出てきまして。読み直すと結構面白いですよ」
「どれどれ。おお! この頃か。わしの好きだった漫画が載っておるではないか」
天子は空子の隣に腰を下ろし、積まれた雑誌のなるべく古い物を手に取って、肩を並べて読み始める。
ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン
壁に掛けられた時計が、五時を示す鐘を鳴らす。
「ん。もうそんな時間か。しかし、この漫画は面白いのう」
時計にチラと目をやった後、天子は雑誌の次の号を手に取った。空子は寝そべりながら読んでいる。よほど集中しているようで、鐘の音も聞こえていないらしい。
昔一度読んだはずの物語だが、面白いものは何度読んでも面白い。しかも、一つの連載が終わっても、他の連載が始まるので読む手が止まることはない。
ページをめくる、神のこすれる音だけが静かな部屋に響く……。
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