7-3.

 空子の麻酔ビームでゾンビの数を減らしつつ、一行は何とか砂浜の端の磯までたどり着いた。

「大分近づいてきたな。駆人、何か見えるか」

「ん。ん~。あ、あれは!」

 磯のごつごつとした岩が並ぶ中の、少し高くなっているところに仁王立ちの人影が見える。その姿は、よく見知った……。

「て、天子様!?」

 水着姿の天子が高台に陣取って腕を組みながら無言でこちらを見下ろしている。その表情はゾンビの虚ろなものとは違って、こちらへの敵愾心を滲ませた険しいものだ。

「天子? そんなところで何やってんだ」

「そういえば、海で遊んでいる時に怪我をしたようなことを言っていました。まさかその時に寄生されたんじゃ……」

 そうであればむしろ納得がいく。天子は二百年を生きた化け狐だ。そこに寄生したフジツボが、彼女の体から得体の知れない力を得て、他の人間を操るようなことがあってもおかしくはない。おかしくはないのだ。

 であれば、怪奇ハンターである空子達のやることは事態の収拾。つまり。

「天子をやっつければいいわけだな」

「それならさっさとやりましょう」

 空子とぽん吉は意気揚々と磯の岩場を渡り始めた。


 二人はサンダルなのに軽々と岩場を飛び移り、すぐに天子の立つ高い岩へとたどり着いた。

「やいやい。天子よ、ここであったが百年目、おとなしくお縄につけい」

 ぽん吉が妙に芝居がかった口調で天子に攻寄る。しかし、彼女は全く意に介さずぽん吉を睨むばかり。

「姉さん。いたずらもほどほどにしてください」

 空子が優しく語りかけるが、天子は腕組みを崩さない。

「愚かな……」

 唸るような声が二人の耳に届いた。

「愚かな人間どもめ……」

 その言葉は天子の口から発せられている。それと同時に足場の岩が細かく震えだした。なおも揺れは大きくなり続ける。

「フジツボの怒りを受けるがいい!」

 天子が両腕を天に向かって突き出したかと思うと、下からの揺れが大きく突き上げる。空子とぽん吉は大きく吹き飛ばされた。ふわりと滞空時間長く宙を舞い、元居た砂浜に大きな砂埃をあげて不時着した。

「いたたた。何が起きたんです」

 磯の方を見ると、岩場がひとりでに動き、積みあがっていく光景が広がっていた。

「ああ! あれはフジツボゴーレム!」

 下の方にいたせいか一人遅れて飛んできた駆人が、新たな形を成していく岩を見ながらそう言った。

「知っているのか駆人!」

「はい……」

 フジツボゴーレムとは、人間の環境破壊に怒りを覚えたフジツボ達が周りの岩と融合し、敵である人間を倒すためにとる強靭な姿である!

 最初に二本の両足が出来上がり、次いで太い胴体に大きな両腕、そこに上から頭部分がガシリと組み合わさった。その額部分には天子が上半身を残して埋め込まれている。

 十メートルを優に超す大きさになったゴーレムはギシギシと一通り動作確認を済ますと、目下の敵であるまだ寄生されていない三人を倒すために歩き出した。

 ゆっくりと、しかし力強く足を踏み出すたびに大きな水柱がその足元からあがる。その重量感はまさにフジツボゴーレムだ。

「ど、どうするんだよ」

「どうって、倒すしかないでしょう」

 とはいえだ。ここはさっきまでいた砂浜、倒しきれなかったフジツボゾンビ達がまだ大量にうごめいている。ゴーレムと戦っているうちに後ろから襲われたりすれば面白くない。

「ここは任せてください」

 駆人がゾンビ達に向かって一歩踏み出した。

「僕があいつらを引き付けますから、二人はあのゴーレムを! うおおおおおおお!」

 勇ましい雄叫びをあげながらゾンビの群れに突撃した駆人は、上手く注意を引き付けながら逃げ回り始めた。上手くいったようでゾンビ達は全員が駆人を追っている。

「あいつ、結構根性あるよな」

「ええ。ですが、駆人君もそう長くは持たないでしょう。その間に我々は」

 二人はゴーレムに向き直る。

「こいつと姉さんを倒してしまいましょう」

「応!」

 ゴーレムの振り下ろした腕によって上がった水飛沫が、ゴングの代わりだ。


「狐火ーム!」

 空子の手のひらから挨拶代わりにと白いビームがゴーレムに放たれる。命中するが、全く効いていない。都市伝説だからか、頑丈すぎるのか、あるいはその両方か。

 お返しにとゴーレムがその太い腕を振り下ろす。空子は横に飛んで辛うじて交わすが、あがる水煙で視界を奪われる。

 次の瞬間、空子の体が水煙の中から出て来た何かに絡めとられ、宙に吊り上げられる。

「きゃああ!」

 水煙が晴れると空子に絡みついたものは、ゴーレムの体に無数に貼りつくフジツボから伸びる、イソギンチャクの触手のようなものであることが見て取れた。

「な、なんだありゃ」

「ああ! あれはフジツボの『蔓脚』です!」

 駆人はゾンビに追い立てられながら必死に解説する。

「フジツボは水中で殻の間からあの『蔓脚』を伸ばして、水中のプランクトンを取って食べるんです」

「あの見た目でそんなにアグレッシブなのかよ」

「フジツボは貝の仲間ではなく甲殻類、つまり、海老や蟹に近い生き物なんですって!」

 そこまで言い切ると、駆人は再びゾンビを率いて砂浜の反対側へ駆けて行った。

「なるほどな。しかし今は感心している場合じゃないぜ」

 ぽん吉は自分に向かって振り下ろされた腕を躱して、逆にそれに飛び乗った。そして肩まで向かって駆けあがると、空子を捉えている蔓脚を出しているフジツボを力任せに引きはがした。

 蔓脚は力を失い、支えを失った空子の体は海面に落ちる。

「わぷぷ。ぽん吉君、ありがとうございます」

「だが、こいつはどうすればいいんだ。まともにやりあったら身が持たんぞ。何か弱点とかはないのか」

 その間にもゴーレムの腕は二人を押しつぶさんと次々と振り下ろされ、蔓脚は四方八方から伸びてくる。避けるので精いっぱいだ。

 ちょうど駆人がこちらへ向かって走ってきた。何かいい考えはないだろうか。

「干満差があるところにいるフジツボは、空気中に出ている間は活発に動かないです。奴の体は湿ってるけど、なんとかして乾燥させれば動きが鈍くなるかもしれません」

「そりゃそうかもしれんが、どうやるんだ? 脱水機にでも突っ込むか」

「あ、それならこういうのはいかがでしょう……」

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