5-3.
トゥルルル……
電話の着信音が鳴り響く。すわ電話ボックスかと思ったが、音の発信源は駆人の懐だ。
「あ、すいません僕のです。もしもし……」
「なるべく早く済ませよ」
その時だった。見張っていた電話ボックスに、いかにも怪しげな厚着の人物が入っていく。
「む、電話ボックスに入ったぞ。奴が都市伝説か……?」
「……」
「電話をかけておるな。捕まえるか?」
「……」
「……? お主、電話は終わったのか? なんとか言え」
一人ではしゃぐ天子に対して駆人は黙ったまま。無言で天子のTシャツの裾を掴んでいる。
「ああ! もう受話器を置いたぞ! ……。いや、あれはただの公衆電話を利用した人じゃ。今どき珍しい」
「……」
駆人はまだ黙っている。裾をぐいぐいと引っ張りながら。
「ええい、なんじゃ! 服が伸びるからやめ……」
振り返った天子が見たものは。
「な」
駆人の携帯電話の受話口から生えた手が、天子のTシャツの裾を握りしめている!
「なにいいい!?」
あまりの異様な光景に硬直している間に、その手は携帯電話に吸い込まれてしまった。カラリと音を立ててアスファルトに落ちたそれの画面には、通話終了の表示がむなしく浮かぶ。
「なんじゃ……。何が起こったんじゃ……。あ、カルトはどこじゃ」
後ろにいたはずの駆人の姿がない。残されているのは彼の携帯電話だけ。
まさか……。
トゥルルル……
天子の体が思いきり跳ね上がる。どこでなっているかと思えば、自分の懐だ。すわ都市伝説かと身構えたが、ナンバーディスプレイを見れば誠からの電話だ。
「天子様か。今こっちで真紀奈が突然姿を消した!」
電話の向こうの誠の口調には余裕がない。恐らくこちらと同じ状況だ。
「こっちでもカルトが消えた。いったんどこかで落ち合おう」
合流場所を伝えて携帯電話を閉じると、天子は駆け足でその場所へ向かった。
合流場所は小さな公園。天子がたどり着くと、少々間をおいて誠も駆け込んできた。
「天子様。何が起きてんだ」
「一連の事件と同じ手口でしてやられたとみて間違いないじゃろう。わしにはカルトが携帯電話に引きずり込まれたように見えた」
天子の手には駆人の携帯電話。通話が切れた今は特に何もおかしなところはない。
「やはりか。真紀奈も電話で話していると思ったら……。くそ、少し目を離した隙に……」
誠は手に持つキラキラとした石や大量のストラップで飾られた携帯電話を手を振るわせて握りしめた。
「それに部外者を捜査に巻き込んで被害に会わせてしまうとは……。甘く見過ぎていたかもしれん」
「お主だけの責任ではない。わしも、あやつも少々調子に乗っていた節がある」
「だが!」
「落ち着け。今わしらがここでできることはない。一度戻って体勢を立て直そう」
「くそ!」
誠は近くの遊具に顔を伏せた。犯行が間近で起こりながら止めることができなかった自分が不甲斐ない。
ピロリロリ……
公園を出ようかとした時、電子音が鳴り響いた。どうやら駆人の携帯電話からのようだ。
「! 電話か!?」
「いや、違うようじゃ。これはメール……」
主画面の裏側の小さな画面に件名が表示される。
「『天子様へ』? 差出人は……、カルトじゃと!?」
画面には確かにそう表示されている。
「読んでみてもよいじゃろうか」
「他人の携帯を、と言っている場合ではないな」
「よし、開くぞ」
【天子様へ
奴の名は『質問テレフォン』
電話に出てはいけない
質問に答えてはいけない
電話から腕が伸びて引き込まれる
僕は無事です他の人も 】
二人は息をのんで画面を見つめた。
「これは、その引き込まれた先から送って来たってことか? どうやったか知らんが大した根性だ」
「『質問テレフォン』か。今は無事だと書いておるが、途中で文が切れておるようにも見えるな」
「被害者達が生きているというのなら、なおさら早く助け出さなければ」
「そうじゃな。じゃがどうやって……」
トゥルルル……
「あわわ。わしのか」
「いや、俺のもだ」
二人の携帯電話の画面に映し出された発信者は両方とも『非通知』。このタイミングでかかってきたとなれば、相手は恐らくそう。だがさっきの今では対策など練られていない。
「と、取り合えず切るか。何もやりようがない」
切断ボタンに伸びた誠の指を、天子が止めた。
「いや待て。向こうから来てくれたのならチャンスじゃ! ここは思い切って出てみることにしよう!」
「は? メールには腕が伸びてくると書かれていたが、まさか綱引きでもするってのか?」
「そのまさかじゃ!」
天子は誠の携帯電話をひったくると、自分の物と並べて地面に置いて、通話ボタンを同時に押した。
「天子の電話か?」「月岡誠の電話か?」
同時に電話の向こうからくぐもった声がする。
「そうじゃ!」
天子が質問テレフォンの質問に答えると、携帯電話が俄かに震えだす!
「綱引きをすると言うても、するのはわしらではない。こいつらじゃ!」
二つを持ち上げて、受話口同士を向かい合わせに近づけた。
間を置かずに出て来た二本の腕。辺りを少し探った後、お互いの手をがっしりと捕まえあった。
二本の腕がお互いを引っ張り合う。最初はゆっくりと、しかし相手も同じ力で引っ張るので全く動かない。だんだんと力が増していき、携帯電話がギシギシと軋み、音を立て始める。
「あともう少しじゃ。そっちを持て、両方から引っ張るぞ」
「やっぱり綱引きじゃないか」
二人はそれぞれの携帯電話を握り、反対の方向に思いきり体重をかけて引き始めた。手首から先しか見えてなかった腕の、肘のあたりまでが受話口の外に出てくる。
「おーえす。おーえす」
「遊んでんじゃねえんだぞ」
渾身の力を込めて引っ張り続けると、電話からバチバチと火花が散り、ミシミシと言う音が大きくなる。そして、大きな爆発音と共に煙が辺りにたちこめた!
二人は急に抵抗がなくなったので、勢い余ってしりもちをつき、尻をさすりながら立ち上がった。
「いてて。ど、どうなったんじゃ」
「携帯から腕は生えていないようだが……」
煙が晴れると、そこには肩から先だけの腕が二本、陸に揚げられた魚のようにビチビチと跳ねていた。
「うお! これが奴の本体か。不気味じゃな」
「取り合えず逮捕しよう」
誠が懐から取り出した手錠で二本の腕を繋ぐと、腕は観念したように動きを止めた。
すると、近くに置いていた駆人と真紀奈の携帯電話がぶるぶると震えだす。だんだんとその動きが大きくなり、次の瞬間、二人がそれぞれの携帯電話から飛び出してきた。
駆け寄ってみると、気を失ってはいるようだが、息はあるし、外傷もなさそうだ。天子と誠は顔を見合わせて、ほっと胸をなでおろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます