3-4.end

 様々な苦難を乗り越え、ついに駆人達は最深部にたどり着いた。

 円筒状の部屋は今までのトンネルよりも広く、天井も高い。繋がってきた川は、この部屋の真ん中で円い池となって溜まっている。当然濁っていて中を窺うことはできない。

「よし、辺りを調べてみよう。何か手掛かりを見つけたら教えろ」

 ぽん吉の指示に頷いて応え、辺りを調べる。

 水には顔を近づけてもほとんど中は見通せない。溜まっている水だからか臭いも強いように感じる。

 顔を上げると、部屋の外周に白い小山があるのに気付いた。何かがたくさん積み重なっているようだが。

 近づくとすぐに分かった。これは……。

 骨だ。鼠のような小動物の物から、もうちょっと大きな物。更には牛のように大きな物まで多種多様な骨が大量に積みあがっている!

「ぽ、ぽん吉さん。これは……」

「ここにいる奴の食いカスだろうな。鼠とかならともかく、こんなでかいのまで食っちまうとは」

「この辺りにこんな牛みたいな動物いるんですか?」

「知るか。ここまで来て常識で物を考えるな。何かいるのは確かだ、気を抜くなよ」

 そう言われると一気に寒気が襲ってくる。今この場に何か得体の知れないものがいる。水の流れる音に交じって心臓の音が小さく響く。

 しばらく緊張のままに時間が過ぎるが、何かが起ころうという気配はない。ここは行き止まりだ。来るまでに見落としがあったのだろうか。ぽん吉が帰りながらもう一回調べようかと提案しようとしたその時。

 池に俄かに波紋が立つ。その辺の骨でも蹴り落としてしまったかと思ったが、その波紋は収まるどころかどんどん大きくなっていく!

「離れろ! 水から何か出てくるぞ!」

 遂に波が池の縁を越えたかと思うと、ザバアと大きな水しぶきをたてて大きな影が水面からその姿を現した。

 大きい、その平べったい体の長さは十数mはある。その体の大半を占める大きな顎に長い尻尾。そして全身にはびっしりと鱗が並んでいる。

 現れたのは巨大な『鰐』! 全身が真っ白な鱗に覆われた鰐が姿を現した。

「でけえなおい。それに白いぞ! こんな鰐は見たことねえ!」

「聞いたことがあります! 『町の地下水路に巨大な鰐が棲む』都市伝説を!」

 驚く駆人達の声に気付いたか、鰐がその乳白色の巨体が腹を擦りながら少しづつこちらに向きを変える。

「なんか……、ヤバくないですか」

「……、ヤベえな」

 完全にこちらに向き直った鰐が、顎を目いっぱいに開いて二人に向かって突進してきた!

 二人は弾かれたように左右に飛んでその巨体を躱す。華麗に着地したぽん吉と、腹から地面にダイブした駆人のいた場所を猛スピードで通過した鰐は、部屋の壁に激突した。

 完全にこちらに敵意を向けている。あんな怪獣のような巨体に押しつぶされたらひとたまりもない。

「ぽ、ぽん吉さん。どうするんですか」

「く、ここまででかいのがいるとは予想してなかった。いったん退いて立て直すか。……、ん?」

 ぽん吉が目を向けた先、鰐がぶつかった所の壁が崩落した。露になった壁の向こうには空間があり、そこから光が差し込んでいる。

「しまった、あの向こうは地下水路の終着点になっているのか」

 鰐はこちらに目もくれず、その壁の向こうへと這いずっていく。確かぽん吉はこの地下水路が終われば駅前の水路に出ると言っていた。このままではこの怪獣のような巨大鰐が人の多い駅前に現れることになる。

 それは避けねばならない。二人は顔を見合わせて頷くと、鰐を追って壁を通り抜けた。


 壁の向こうは今までと比べてかなり現実的な地下水路。幅も狭く、底も浅い。流れる先からは大分低くなった日の光が差し込んでくる。出口までわずか。

 鰐は相変わらずゆっくりと水を掻き分けながら、しかし着実に出口へ向けて這いずっている。このままでは良くて大騒ぎ、悪ければ……。

「どうするんですか。何とか止めないとマズい!」

「どうするって言ったって……」

 ぽん吉が落ちていたコンクリート片を投げつけるが、もはやその程度の衝撃ではこちらに興味を示さない。

「ちっ、仕方ないな」

 大きく息を吐くと、ぽん吉は漫画の忍者がやるように手を組んで力を込める。すると、地面から煙が立って、それが晴れると耳と尻尾が生えていた。

「何してるんですか急に」

「こうしないと化け狸としての力が使えないんだ」

 そして、鰐の方に向き直ると大きく垂直に跳躍した。

「ええい、狸ッーク!」

 跳躍の頂点に達すると、くるりと一回転して、白い光を帯びた片足を突き出して鰐に突撃する! しかし、見事にキックは命中するが、固い鱗に阻まれ弾かれる。

「やっぱり聞かねえか。都市伝説だもんな」

 だが、そこで鰐の歩みがいったん止まり、眼球だけをぎょろりと動かして、バランスを崩して着地したぽん吉の方へ向けた。

 まずい。駆人の体は頭で考えるより先に動いていた。

 鰐が尻尾を鞭のように大きくしならせる。それがぽん吉に当たる直前に、その体を駆人が突き飛ばした。

 次の瞬間、駆人は吹き飛ばされて壁に強く叩き付けられた。

「お、おい! 何やってんだ、大丈夫か!」

 全身を強い痛みが走るが、骨が折れたりはしていなさそうだ。しかし、体がしびれてうまく動かない。

「ぽ、ぽん吉さんが動けなくなったら、僕には何もできません。だから……」

「く、何考えてんだ」

 ぽん吉にも奴への有効手段はない。どうしたものかとあぐねるうちに、鰐がいよいよ駆人の方へ動き出した。

 バシャリと大きな水音を立てて近づいてくる。

 万事休すだ。打つ手がない。駆人は顔を背けて、辛うじて動く腕をせめてもとまっすぐ前に突き出した。

 手に奴の鱗が当たる。もうすぐそこまで来ているのか。鰐になど初めて触るが、ひんやりとして、弾力と固さがあって手触りがいい。これなら高級バッグの素材になるのも分かる。そういえば鰐肉は美味しいという話を聞く。鶏肉に似た味なんだと。それから、それから……。


「お、おい。お前、大丈夫なのか?」

「へ?」

 駆人が鰐に触れてからそれなりに時間が経つが、まだ駆人は鰐に食われていない。それどころか奴の完全に動きは止まっている。

 鰐の方に顔を向けてみれば、奴は顎を開けようとしているが、駆人の手に阻まれて開くことができない状態だ。

「お前、そんなに力強かったのか」

「い、いや、僕は全然力を入れていない……。あ、そうか」

 一つ思い当たる節がある。

「『鰐は口を閉じる力は強いが、開ける力はとても弱い』! 聞いたことはありましたけど、都市伝説だと思ってました」

「そんなことが。だが、動きを止めることはできたがこれからどうする? 助けを呼んでくるからそれまで耐えとくか?」

「えええ。おいてかないでくださいよ」

「つってもなあ。俺にはあれ以上の攻撃はできないぞ」

「案ずるな! 若造どもよ!」

 どこからか響いた、聞き覚えのある甲高い声。逆光の中から現れたその姿は……。

「天子様! 何故ここに?」

「お主らだけじゃ不安だったからな。この地下水路に入るのを見て、先回りしたんじゃ。後は任せい」

 天子は長い髪を手でバサリと勢いよくなびかせ、それから手を開いた右腕をまっずぐ伸ばして鰐に向けた。

「狐火ーム!」

 手のひらから放たれた白い光線が鰐にあたると、その姿は光の中へと消えていった。

「やっぱりわしがいないとダメじゃな!」

 天子は腕を組んで高笑い。一方緊張の糸が切れたぽん吉はその場に座り込んだ。

「た、助かった……」


 地下水路から外に出ると、そこは見知った駅前の川。すぐの所に道に上がる階段があった。もう日も沈みかけ、午後中地下にいたから夕焼けが眩しい。

「天子様、本当にありがとうございました。あんなこと言って神社を出て来たのに……」

「いやいや、あれはどう考えてもわしが悪い。お主が何も言わんでも働いてくれるから甘えとったんじゃ。すぐ人に甘えるのはわしの悪い癖じゃな。お金のことも今度ちゃんと話そう」

「気をつけろよ、駆人。お金受け取ったらもう引き返せなくなるぞ。こいつは鰐みたいに一度噛みついたら離さないからな」

「そりゃ鰐じゃなくてすっぽんじゃろ。……、って誰がすっぽんじゃ」

 意外と身近にいた巨大鰐をめぐる四葉川探索ツアーは、三人の笑い声と共に幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る