3-2.
「でじゃ、ぽん吉よ、お主何もただ遊びに来たというわけでもないんじゃろ? 何か用事でもあったか」
天子が、でへへとだらしない笑みを浮かべるぽん吉に問いかけた。
「は! そうだった、そうだった。俺の所にも都市伝説退治の依頼が来てな。つっても俺一人じゃこなせないから……。駆人っつったな。お前、霊感があるんだろ? できれば手伝ってもらいたいんだが」
ぽん吉はそう語る。駆人より年下にすら見えるこの少年も怪奇ハンターなのだろうか。天子空子姉妹も見た目と実際の年齢は合わないが……。
「ぽん吉さんも怪奇ハンターなんですか?」
「おうよ」
「という事は人間ではない?」
「知ってるのか。って当たり前だよな。ちょい待て」
そう言うとぽん吉は漫画の忍者がやるように手を組んで力を込める。
煙が舞い、ぽん吉の頭から丸い耳が生え、腰の後ろからは太いふかふかの尻尾。見慣れたものだ。駆人は拍手で迎える。
「おお、お見事」
「驚かねえのな……。まあいい。俺は化け狸なんだ。歳は一一四歳」
「まだまだ若造じゃ」
「へっ、婆さんにはかなわねえな」
「なんじゃと」
一触即発の雰囲気……、と言う雰囲気ではない。百歳も歳の差があるのにそれをあまり感じさせない。
「っと、本題に入るぜ。この後空いてるか? よかったら一緒に来てくれると助かるんだが」
元々駆人はそのつもりでこの神社に来たのだし、それが誰のお供でも問題ない。このぽん吉と言う人も、天子達からしても信頼のおけない人というわけでもなさそう。
快諾しようとした時、天子が間に割って入った。
「ダメじゃダメじゃ。カルトはうちの専属じゃ。依頼なら事務所を通してくれい」
「事務所ってなんだよ……。なあ、いいだろ? お金も同じだけ払うぜ。いくらもらってんだ?」
「いくらって……。あ、そう言えばその話してませんでしたね」
ギクリと天子が体を揺らす。
この仕事を手伝うという話をしたときに、バイト代を払う旨を伝えられてはいた。しかし、実際にもらっても、いくらだという事も聞いてはいない。
「は? まさかただ働きさせるつもりだったのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんじゃよ。ただ、ある程度まとめて渡そうカナ~って……」
天子の顔は青ざめ、暑さのせいではない汗がだらだらと流れている。本当にただ働きさせようと思っていたのではない、ただ忘れていただけなのだ。だが、その出まかせが天子への信用を奪っていく。
「さ、ぽん吉さん。都市伝説退治に行きましょうか」
駆人は笑っているように見えない笑顔で、ぽん吉の背を押して神社の外へ歩き出す。
「お、おう。じゃあ、駆人は預かってくぜ」
よよよとわざとらしく泣き崩れる天子をしり目に、二人は神社を後にした。
天頂を通り過ぎた太陽はこれからが本番だと言わんばかりに輝いている。その照り付ける光の中を、駆人とぽん吉は目的地へ向かって歩いていた。
「怪奇ハンターってあの二人だけじゃなかったんですね」
「おう。俺もそうだし、あと何人かこの町に入ってるはずだ」
「そうなんですか」
「ああ。だが、緊急性や危険度の高い仕事は大抵あいつらの所に行くからな。俺達の方に回ってくるのは面倒なものやこまごまとしたものばかりだぜ」
身振りを交えながら話すぽん吉の口調はどこか誇らしげ。
「ああ見えてあいつらは相当優秀なんだぜ」
「後は金払いが良ければいいんですが」
「言ってやるな……」
喋りながら二人は歩き続ける。中心街とは反対方面、住宅街の奥の方へ向かって。
「目的地はどこなんですか?」
「今回向かうのは『四葉川』だ」
四葉川。駆人に聞き憶えはない。ここ四葉町の名を冠してはいるものの、この町には川らしい川はないはずだ。
「ま、知らないのも無理はない。何十年も前に暗渠化されちまったからな」
「あん……、何て読むんですか」
「『あんきょ』だ。川に蓋をしちまうことだな。土地の有効活用とか、汚れて臭くなったから隠すとか、まあそういう理由で地下を流れている川だ。ほとんど舗装されてるから川っつーより地下水路みたいなもんだがな。それがこの町にある」
知らなかった。自分の住む町にそんなものがあったとは。
「お、ここだな」
住宅街の奥まった所。ぽん吉の指さす先には、厳重な金網と金属製の格子の扉。その向こうに小さな建物が見える。
「あそこが四葉川の入り口だ。鍵はもらってある」
「この中に都市伝説がいるんですね」
「ああ。明確に何がってのは分からないが、目撃情報はある。管理作業員のものだな。『何かが這いずった跡がある』『動物の骨が散らばっていた』『巨大な動く影を見た』ってところだ」
なんとも恐ろしい情報だ。特に骨が散らばっていたということは、肉食の怪物でもいるのだろうか。
「なんでも一番近くで見たやつは恐ろしさのあまり何も話せなくなっているらしい」
「ひえ~」
ぽん吉が手際よく鍵を開け、敷地内の建物の扉を開けると地下に続く階段が姿を現した。照明はなく、外の日差しが入ってようやく中を窺い知れるが、底までは見通すことができない。
「よし、入るぞ」
どこからか取り出した懐中電灯を手に進むぽん吉に、駆人はただついていくしかなかった。
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