3.アドベンチャーアワー~都市伝説探検譚~
3-1.アドベンチャーアワー~都市伝説探検譚~
うだるような暑さの昼下がり。駆人は神社へ向かっていた。
天子からは特に用事がなくても来るように言われている。都市伝説の被害報告がいつ来るか分からないから、すぐに出られるようにと待機しておけという事だろう。
元々大して予定があるような交友関係のある人類ではないのでそれはいい。なにより、神社は涼しくて居心地がいいし、お菓子は出るし、あの姉妹は美人だし、いいことづくめだ。
だが、改めて考えると、他人に見えない神社で化け狐の姉妹と都市伝説退治をするなど突飛もいい所だ。
それも最近は慣れてきた。順応が早いのは自分の長所だと思う。悪く言えば場に流されやすいとも言えるかもしれないが。
そんなこんなで神社についた。勝手知ったるなんとやら。裏手に回って勝手に入る。
「おじゃましまーす」
いつものように居間まで入ると、寝転がった天子が出迎えてくれた。
「おお、カルトか。カルピス冷えとるぞ。冷蔵庫に入ってるから持ってくるといい」
駆人が返事をすると、天子は「コップは二つな」と付け加えた。いいように使われている。
二人はちゃぶ台に座ってカルピスを一口。天子が作るカルピスは少し薄いように思う。
「ところで今日は空子さんはいないんですか」
「ああ。ちょいと買い物にな」
「そうですか……」
駆人はため息と共に露骨に肩を落とす。
「お主……」
その後はいつものように雑談タイム。
天子がつけていたテレビでは『ジャングルに潜むモケーレムベンベを追え!』と銘打たれた番組が流れている。絵に描いた探検家みたいな服装の流行りの芸能人が、うっそうと生い茂る背の高い緑の中をおっかなびっくり歩いている。
「モケーレムベンベって恐竜みたいなやつですよね。本当にいるんですか?」
今までなら何を馬鹿なと一笑に付すところだが、目の前に化け狐が座る今となってはその存在も頭から否定する気にはならない。
「どうじゃろうな。ドラゴンみたいなのはいる、というのを聞いたが……」
「へ~。じゃあ、こういうテレビで端っこに映ったりしないんですかね」
「ふっ、こんな所じゃ見つかるわけなかろう」
天子が鼻で笑う。
「よく見てみろ。いかにも学のなさそうな芸能人を先頭にして歩かせてるし、ガイドさんも軽装じゃ。恐らくここはジャングルはジャングルでも観光ツアーのコースになってる浅い場所じゃ。探検気分が味わえて、かつ安全な場所……。もしこんな場所におればいくらなんでも見つかっておるわ」
「そんなもんですかね……」
「第一、本当に見つかったらこんな時間に流さんでもっと大々的にニュースにするじゃろ」
天子はお化け退治のエキスパートと言うだけあって、超常現象にも、似非超常現象にも詳しい。霊感があるものの理解を深める機会がなかった駆人にとって、彼女の話は非常に興味深い。
ピンポーン。
しばらく話していると、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「む。来客か。すまんが出てもらえるか」
天子は一度座ったらそうそう立ち上がろうとはしない。いわゆる面倒くさがり屋だ。几帳面で率先して動く空子とは正反対。ずっと一緒に暮らしているらしいので、だからそうなったとも言えるのだろうが。
「それはいいですけど……。ここって妖怪とか霊感のある人にしか入れないんですよね? 前者だったらどうすれば……」
「悪い奴がわざわざピンポン押したりせんじゃろ。どうせ新聞か何かの勧誘じゃ。霊感を持った奴がたまたま来てしまうことは時々ある。さっさと追い返してくれ。家の物ではないといえばすぐじゃろ」
「分かりました」
言われるがままに玄関に向かう。ガラス戸の向こうには確かに人の影。
ガララと戸を開けると、そこには中学生くらいに見える、ノースリーブのパーカーに、カーゴパンツのカジュアルな格好をした少年が立っていた。
「よう。……、って、お前誰だ?」
「あ、僕はこの家の者ではなくて……」
「ん? 天子か空子さんはいないのか」
「あれ、お知り合いですか」
「おう。……、って言うか、お前もしかして駆人か?」
「え」
駆人には目の前の少年に見憶えは全くない。見ず知らずの人に名前を知られるほど顔を広くした憶えはないが……。
「なんじゃなんじゃ。さっさと追い返せと言ったろう」
駆人の後ろから天子がやってきた。時間がかかってるから気になってきたのだろう。だったら最初から出てほしい。
天子は駆人越しに少年の姿を見ると、気さくに声をかけた。
「おや、ぽん吉ではないか。お主もこちらに来ておったのか」
「やっぱりお知り合いなんですね」
「ああ。こやつは悪いものではない。名はぽん吉と言うてな」
「おい、そんなあだ名から教える奴があるか。俺の名前は……」
「ぽん吉はぽん吉じゃろ」
「おい!」
駆人の頭越しに、二人は大して背が高くないので体越しに、と言った方が近いが、ぎゃあぎゃあと言葉が飛び交う。
流石にそろそろ止めようかと思った頃、今度は少年の後ろから人がやってきた。
「なんですか騒々しい……」
空子だ。いつものスーツ姿、手には買い物袋。こちらも少年の姿を見とめるとした思想に声をかけた。
「ぽん吉君じゃないですか。お久しぶりです」
「あ、空子さん! お久しぶりです!」
ぽん吉と呼ばれた少年は空子の方に振り返ると、シャキッと姿勢と表情を正した。
「言い争いをしていたようですけど、姉さんが何か失礼な事でも言いましたか?」
「いやいや、こやつがな。自分がぽん吉じゃないとか言い出すから」
「そういうことを言ってるんじゃねえ! 俺の名前は……」
「え、ぽん吉君はぽん吉君じゃないんですか?」
「はい! ぽん吉です!」
即答だった。
「ど、どいつもこいつも……」
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