2-2.
「……。あの、話は変わってしまうんですが。お二人は本当に化け狐なんですか?」
「なんじゃなんじゃ。この耳と尻尾が見えんのか」
天子はピョコピョコと耳を動かして見せた。
「あ、いや。それもそうなんですけど。僕の知ってる話だと化け狐って長生きした狐が変化したものだっていう……」
「ああ、そういう事か。いかにも、わしらはこう見えて既に二百年以上生きておる」
胸を張り、ふふんと笑いながら得意げに続ける。
「わしは二二一歳! そしてクウコが……。何歳じゃったか」
「二一九歳です。二歳差なんだからすぐに分かるでしょう」
「にひゃく……」
二百年前と言えば明治維新の更に前、江戸時代だ。そんな時代から生きているのか。
「本当なんですか?」
「証拠になるか分からんが、こういうものもある」
天子は近くの棚をごそごそとあさりだす。奥から取り出したのは一枚の白黒写真だ。そこには時代劇に出てくるような日本家屋、瓦屋根に漆喰の建物。それを背景に、その時代の警察の制服を着た人物が数人並んでいて、その隣に服装こそ違うが、今と変わらない見た目の天子と空子が写っている。外側の枠には明治七年と記されている。
「まあ、こんな写真撮ろうと思えば今でも取れるんじゃろうがの」
「話を戻しますが、私たちの正体、それと今回の件が私たちだけでは解決できなくて、あなたの力が必要なことは理解してもらえましたか?」
「今回の件……。これからも都市伝説による怪異は起こり続けるんですか?」
「はい。すでに被害は何件か報告されています」
「ま、無理にとは言えないがのう。もちろん協力してくれればバイト代は払ってやるぞ。そこまで多くとは言えないかもしれんが……」
駆人としても頼りにされればうれしいのだが、どうしても昨晩の出来事が頭をよぎる。
「でも、昨夜はその都市伝説に殺されかけましたよね?ちょっと危険すぎるような……。」
「うぐ。昨夜のは不測の事態だったからじゃ! わしらはこう見えても優秀なんじゃ! わしらと一緒ならそうそう危険はない! 第一、その時も結局は無事に済んだじゃろう!」
「そうですけど……」
さすがにあの悪夢のような出来事の後では即答はできない。うつむき、考え込む。
と、体の横に気配を感じる。顔をあげるとそこにはいつの間にか空子がいた。空子は駆人の手を両手で握り、目を見つめる。
「危険なのはわかってます。ですが、ですが! この街を都市伝説の危機から守るためにはあなたの力が必要なんです! どうか私たちに力を貸してください!」
「はい!」
即答であった。
「ちょ、ちょろいのう。最初から色仕掛けにすればよかったか」
天子はあきれたようにちゃぶ台に肘をつく。それに駆人はあせって反論した。
「ち、違いますよ! 僕はこの町で育ちましたし、知り合いも多くいます! この町に迫る危機を見逃せません! 僕の力で守れるなら、役に立ちたいと思ったんです!」
「駆人君。なんて立派な志なの……」
「でへへ」
「鼻の下がのびちょるぞ」
いよいよ天子はあきれにあきれ、ゴロンと横になった。
「ま、手伝ってくれるならなによりじゃ」
「そうですね。では駆人君、早速行きましょうか」
「えっ?」
空子はすっと立ち上がり、駆人に同行を促す。
「被害の報告はすでに来ていると言いましたよね? 都市伝説退治に行きましょう」
「ちょ、ちょっと。こんな急に!?」
「この町の危機は見逃せないんじゃろう? ひゅ~、かっくいい~」
「ささ、こちらです。それでは姉さん、行ってきますね」
「おう。がんばるんじゃぞ~」
ひらひらと手を振る天子に見送られ、空子に押されながら駆人は居間を後にした。
空子に連れられて外に出た駆人は、車に乗るように促された。
拝殿の裏手にある家の、更に裏にある車庫に止められているのはカッコイイスポーツカー空力パーツまでついている。神社には少々似つかわしくない。
二人はその車に乗り込む。ゆったりとした座り心地だ。
「車で行くってことは目的地は遠いんですか?」
「う~ん。目的地と言うか、これが必要と言うか。取り合えず向かいますね」
空子の運転する車がゆっくりと発進する。神社の裏口から外に出ると住宅街の中の細い道を進んだ。
「あそこって、霊感のない人からはどう見えてるんですか?」
「ただの空き地ですね。霊感のない人には見ることも入ることもできません」
その後も空子はその原理について長々と説明してくれたが、駆人には半分も分からない。
辛うじて理解できたのは不思議な力でそうなっているということ。
そんなことを話している間に、車は中心街に。ああいった手前協力するのは仕方ないが、目的地を知らないまま連れまわされるのは困る。
「それで、どこに向かってるんですか?」
「あ、そうですね。これからインターチェンジへ、つまり高速道路に乗ります」
「そんなに遠くまで行くんですか?」
「いえ。高速道路が目的地です。最近事故が多発しているらしくて」
「事故? 交通事故の解決ならそれこそ警察の役目じゃないんですか」
「それがそうも言えないんです。なんでもその事故の当事者の証言では『後ろから高速で何かが来て焦ってハンドル操作を誤った』とか『並走したなにかに気を取られているうちに前の車にぶつかった』とか」
車は料金所のETC入り口から高速道路へ。平日の昼間、大して車は多くない。スムーズに本線へと合流を果たした。
「そして極めつけは……」
運転席に座る空子の方を見ていた駆人は、横顔の後ろに何かが通ったのを感じた。何か。そう、もう一つの横顔……。
「『自動車よりも速く走る人間を見た』です」
「なっ!」
駆人は思わず身を乗り出して追い越し車線の方を覗き込んだ。
そこあったのは、こちらと同じ速度で追い越し車線を疾走する『老婆』の姿だった。
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