2.ハイウェイアワ―~都市伝説暴走譚~

2-1.ハイウェイアワー~都市伝説暴走譚~

 駆人が目を覚ますと、そこは見知らぬ和室だった。

 見渡せば、畳張りの床に、部屋の真ん中には今自身が座っているちゃぶ台。テレビ台は古ぼけているが、それに乗るテレビは最新式だ。

 ここはどこか、何故ここにいるのか。どうにも記憶が乏しい。

 確か、学校からの帰りに神社を見つけて、それで……。

 その時、ガラリと引き戸が開いて、その向こうから二人組が部屋に入ってきた。

 そうだ、この二人に出会ったんだ。

「おお、カルト。気が付いたか」

 金髪眼鏡の天子。頭の上には三角の耳。

「いきなり気が虚ろになったんで驚きましたよ」

 銀髪スーツの空子。腰の後ろにはふさふさの尻尾。

 二人は化け狐の姉妹だと名乗ったはずだ。

 となるとここは……。だんだん思い出してきた。

 あの衝撃的な二人の自己紹介の後、駆人は二人に連れられて拝殿の裏手にある二人の自宅へと連れ込まれた。呆けた駆人はほとんど引っ張っられてという形で。

 それで、この部屋に通された。ちゃぶ台の前の座布団に座らされ、二人が茶を持ってくると立ったところで目を覚ましたのだ。


 外のうだるような暑さに比べれば、この部屋は窓が開いているのにずいぶん過ごしやすい。心地の良い風が部屋を通り過ぎてゆく。

 三人はそれぞれの前に出されたお茶を一口飲んで、息をついた。

「ごめんなさいね。急にこんなところに連れ込んじゃって」

「いえ、勝手に神社に入ったのは僕の方ですから」

「そこじゃ。本題は」

 天子が駆人をびしりと指さす。

「お主、霊感を持っておるな?」

「れ、れいかん? 何のことで……」

「いいから言え。話が先に進まんから」

 身を乗り出してすごむ天子の迫力に口が勝手に動く。

「た、確かにあります。人に言ったことはなかったですけど、暗い所とか奥まった所とかにそういったものが見えることはありました」

 駆人には生まれつき霊感があった。小さい頃から、視界の端に幽霊やお化けの類を捉えることが多々あった。それでも、理解の早い子供だった駆人は、それらが自身に危害を加えるわけではないこと、他のほとんどの人には見えないことを知ると、その存在に恐怖を覚えることもなかったし、他人に話すこともしなかった。

「そうじゃな。霊感なんてのはそんなもんじゃ。持っとるやつは少ないし、あっても見えるか見えないかじゃし」

「でも、この神社は霊感がある人にしか見えないようになってるんです。それは私達が霊感のある人を探していたからなんですが……」

「そうじゃ。そこで、さっきわしらが言った職業が関わってくるんじゃが」

 二人の職業。確か名前と一緒に言っていたはずだ。

「怪奇ハンター、でしたっけ」

「そうじゃ! お主にはそれに協力してほしい!」

「いや……。まず、怪奇ハンターってなんなんですか」

「おお。まずはそこからじゃな」

 天子はお茶を一口含んで、座り直す。

「まず一つ。この世には幽霊やお化け・妖怪の類が数多く存在する。わしらも化け狐じゃしな。その中にも人間に害を為すような奴らもいるんじゃ」

「ただ、ほとんどの人にはそういう存在は見えませんから、何かよく分からない被害として役所や警察に話が行くわけです。でも、役所や警察にいるのも普通の人間ですから、そういった存在に対抗することはできないんです」

「じゃから、そこでわしらのような怪奇ハンターの出番じゃ。警察などから依頼を受け、お化けや妖怪をやっつける! そういう仕事じゃな」

 二人の話は、霊感があると言ってもただ見えるだけだと思っていた駆人にとっては、少々受け入れがたいものではあった。

 ただ、昨晩の大捕り物、それにいきなり現れた神社に化け狐の姉妹と不可思議なことが続いている現状となっては、むしろこの世界全体がそうである、と言われた方が受け入れやすいような気がした。

「怪奇ハンターは分かりましたけど。お化けと喧嘩なんかできませんよ」

「そこじゃな。お主、昨夜のことは当然憶えておろうな」

「口裂け女、ですよね」

「うむ。お化けとか妖怪とかってのは、人間からしたら超常的なだけで、言ってしまえばただ不思議なだけの生き物なんじゃ」

「でも、口裂け女みたいな存在は、人間の間の噂、未知への恐怖心、あるいは好奇心から生み出される怪異なんです」

「人の間から生まれる怪異、それをわしらは『都市伝説』と呼んでおる。」

 『都市伝説』。その言葉は駆人にも聞き憶えがあった。現代において口伝えで広がった噂の総称である。特に根拠の薄いものをそう呼ぶのだとか。

「その都市伝説を退治するのに僕の力が必要だという事ですか」

「うむ。正確に言えば霊感のある人間、じゃがな。昨夜のことは憶えておろうな?」

 正直、忘れかけていた。というより、夢だと思い込もうとしていた。ここに来て天子と再会したことで現実だと思い知らされたが。

「お主が角材でぶん殴っても、わしが狐火ームを撃っても、奴は倒れなかった。が、お主が『合言葉』を言った途端に奴は弱り、とどめを刺すことができた」

「都市伝説を倒すには、それぞれの対処法を用いなければならないんです。それをあなたにやっていただきたいんです」

「でも、それなら僕がいなくてもお二人が調べて弱点をつけばいいんじゃないですか?」

「ところがじゃ。わしら妖怪と言うのは、お化け退治のエキスパートであるというのには自信をもってそうだと言えるのじゃが、如何せん人の間に流れる噂にはうとくてのう」

「それに、都市伝説が人間の作り出した怪異なら、その弱点・対処法も人間の作った物なんです。だから、人間がその対処法を用いなければ効果を発揮しないんです」

 二人の話を総合すると、『都市伝説』と呼ばれる怪異はほとんどの人間には見えず、本来それらの怪異を倒すことが生業のはずの怪奇ハンターには、弱点を突くことができない。そこで『怪異の見える人間』駆人の力が必要になる。ということだ。

「人の知識と、魔の力が必要というわけじゃ」

 人と、魔。

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