1-2.

「な、なんじゃとおおおおお!!!」

 今まさに仰向けに倒れていたところから、手を使わずにぬうと直立の状態に立ち上がった。

 化け物は完全に起き上がると、メキメキと音をたてながら口を更に大きく、牙は長く、鋭利に変形させる! 更に手に持った鎌が消えたかと思うと、どこからか『タロットカードの死神の絵』で死神が持っているような巨大な大鎌を取り出した! 

 ワニのように大きくなった口を九十度まで開き、威嚇するするようにガチガチと牙を叩き合わせると、今度こそ仕留めんと駆人達の方へ鎌を振り上げ走り寄る!

 先に彼女が駆け出した。それを見た少年も一瞬の驚愕の後、置いて行かれては困ると後を追った。


 少年は全速力で走りながら、並走する彼女に問い詰めた。

「あの化け物は倒れたんじゃ!?」

「そのはずじゃ! わしの狐火ームはああいった手合いには効果覿面のはずなんじゃ!」

「むしろ元気になったように見えますけど!?」

「とにかく逃げるんじゃよお~!」

 またも少年は命がけの鬼ごっこに興じることとなった。さっきと違うのは、隣に人がいること。

 ただ、彼女も最初に奴の前に立ちふさがった時には大きく見えたが、一緒に逃げている今となってはずいぶん小さく見えてしまう。実際身長も少年より少々低い。

 そのまま二人は住宅街内をあちらこちらへと走り回り、化け物と化した奴との追いかけっこを続けた。

 とある角を曲がったところで、女性が声を張り上げた。

「あれに隠れるんじゃ!」

 彼女が指さすのはゴミ捨て場に捨ててある粗大ごみの大きなクローゼット。二人は走りこんできた勢いをそのままにそこに飛び込み、後ろ手に扉を素早く閉めた。

 ほんの少しの隙間から街灯の光が差し込むクローゼットの中。息をひそめて奴が通り過ぎるのを待つ。

 外の足音が止まる。二度、三度とクローゼットの前を行ったり来たり。その度に扉の隙間に影が映り、声が出そうになる。

 ただ、恐怖はあまり感じない。目の前の彼女はただ一緒に隠れているだけなのに、何か得体のしれない心強さがにじみ出ている。

 息を殺して数分。ようやく足音が遠ざかっていった。二人は大きく息を吐いた。

「……、どこかへ行ったようじゃな」

 扉をお互いの顔が見える程度に光が入るよう開ける。外をうかがうとやはり奴の姿はない。

「でも、危機が去ったわけではないですよね」

「そうじゃな。このままでは家に帰るのもままならんじゃろう」

「警察、とかに連絡した方がいいんですかね」

「ああ、それなら大丈夫じゃ。ああいった手合いの対処はわしが警察から一任されておるからのう」

「警察に?」

 少年は改めて彼女の姿を眺めた。Tシャツにジーンズ姿。顔にはアンダーリムの眼鏡をかけている。その恰好から正体を察するのは難しい。

「……。なら、なんとかしてくださいよ」

「それが出来んからこんなせまっ苦しい場所に閉じこもっておるんじゃろうが。わしの狐火ームならああいった化け物はイチコロのはずなんじゃが……」

 そこまで言うと、彼女は顎に手を当てて考え物を始めた。そして、しばらくすると顔を上げて少年に問うた。

「お主、あやつのこと何か知っておらんか」

 唐突に聞かれても、あんなに口の大きな知り合いはいないし、なにより化け物と友達などと想像したくもない。

「ほら、何か思い浮かばんか。噂話とか、怪談とか!」

 少年はあまり思い出したくはない奴の姿をもう一度思い浮かべるが、その姿は怪談と言うよりは怪獣映画とかエイリアン映画とか、そちら向けの見た目だ。怪談と言うにはあまりに凶暴すぎる。

 だが、少年は奴との最初の問答を思い出す。


『私、きれい?』


 そうだ。確かあいつは最初にそう言った。記憶の中のその言葉が出てくる話とは見た目が大分違うが、その言葉はそうと確信させるに足るものだった。

「もしかして『口裂け女』? あんな凶悪な見た目かは知りませんが」

「おお、やはり知っておったか。そいつの詳しい話は分かるか?」

 小難しい顔から一転、彼女が目を輝かせて話の続きをねだるので、少年は噂を何とか思い出す。

「ええと。噂では夜道で顔をマスクで隠した女性に声を掛けられるんです。『私、きれい』って。それを肯定すると、マスクを外して避けた口を見せながら『これでもか!』と脅かす。みたいな話です。ああ、そういえばその話でも鎌をもって襲ってくるようなパターンもあった気がします」

 少年の話を、彼女は大げさに深く頷きながら聞いている。

「……、でも、あいつが口裂け女だったとして、この話が役に立つんですか?」

「うむ。確か、その話には続きがあるはずじゃ。奴に対しての……」

 そこまで話したところで、フッと辺りが暗くなる。

「おや? 電球でも切れたかのう」

 違う。これは、影。何かが光を遮ったのだ。

 次の瞬間、クローゼットの扉がちぎれんばかりの勢いで開かれた。

 そこに立つのは、牙を光らせ、大鎌を振りかざす『口裂け女』。

 心臓が飛び出る。

「しまった! 悠長に話しすぎたか!」

「ど、どうするんですか!? さっきの話に何か切り抜けるヒントでもあったんですか!?」

「それはこれからじゃ! とにかく逃げるぞ! ついてこい!」

 彼女は先ほどのビームを短く口裂け女の顔面に照射すると、奴がひるんでいる間に素早く脇を通り抜ける。少年も足をもつれさせながらなんとか続いた。

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