オカルトアワー~都市伝説怪奇譚~
ユーカン
1.オカルトアワー~都市伝説怪奇譚~
1-1.オカルトアワー~都市伝説怪奇譚~
少年は自室で目を覚ました。枕元の時計を見れば、まだ二時間少々しか寝ていない。
いつもならこのまま寝てしまうのだが、この時はある欲求が込みあがってきた。
『コーラが飲みたい』
普段から飲んでるわけでもないのだが、時たまコーラが無性に飲みたくなる時がある。この時はそれが深夜に目覚めた時だった。
ただ、この家にはコーラの買い置きがない。であればやることは一つ。
少年は寝間着を外に出られるものに着替えて財布を手に取り、家族を起こさないように注意深く家を抜け出した。
まだ高校生の少年があまりこんな時間に出歩くのは良くないことだとは分かっているが、それでももう慣れたものだった。
七月も後半に差し掛かる頃、夜になっても歩いているだけでじっとりと汗がにじむ。
少年の自宅は一戸建ての並ぶ住宅街の真ん中あたり。コンビニまでは少々距離があるので、近くの自動販売機で事を済ませることにする。
暗い住宅街は少々不気味だが、見知った道は見知った道、角を二つ三つと曲がればすぐについた。財布から硬貨を取り出し、コーラのボタンを押す。ガコンと重みのある音が無事に購入できたことを知らせる。後は缶を取り出して持って帰ればいい。それだけだ。
それだけのはずだった。
「私、きれい?」
落ちてきた缶を取り出そうとかがんだ少年の後ろから、いきなり声をかけられた。後ろに立たれた気配すら感じなかった駆人は思わず跳びあがる。
その勢いのままに振り替えると、そこには白い服を着た髪の長い女性が立っていた。
「私、きれい?」
その言葉は目の前の女性の口から放たれていた。だが、夏だというのに顔には大きなマスクをつけていて目元しか見えない。その目だけ見れば、確かに美人に見えなくもない。
「……、そうですね」
少年は適当に返事をして立ち去ることにした。こんな時間にこんな格好でこんなことを聞いてくる奴がまともなわけがない。
しかし、足が動かない。目が女性の顔から離れない。
その間に女性はマスクの紐に手をかけると、さらにその先の言葉を繋げた。
「これでもか!」
外されたマスクの下から出て来たのは『口』! 耳まで裂けた大きな口! さらにその口には鋭い牙が端から端まで並んでいる!
「うわ!」
少年は驚いて思わず後ろに倒れこんだ。
その瞬間、ブオンと空を切る音と共に、目の前を何かが通過する。
それは自動販売機の明かりを反射して鈍く輝く、『鎌』。目の前の女性が、草刈り鎌を駆人めがけて振り下ろしてきたのだ。
何が起きたかまだ理解しきれない少年の目の前で、またも女性は鎌を構えて高く腕を上げる。
明らかに自分を狙っている。硬直した体を何とか動かし、体を翻しつつ起き上がる。そして、そのまま背を向けて逃げ出した。
全速力で走るが、後ろから奴が追ってきているのが分かる。一つ二つと角を曲がってもその差が広がることはない。逃げ切るのは難しそうだ。
それなら、その辺りの民家に逃げ込む。駄目だ。そもそもこんな深夜に開いている家がそうそうあるとも思えない。
それなら、こういう時の頼みは警察……。無理だ。警察署どころか交番まですら距離がありすぎる。そこまでこの速度を保って走るのは難しい。先に体力が切れる。
それなら、それなら……。
進退窮まった。すでに奴との距離は縮み始めている。追いつかれるのも時間の問題だ。
こうなったら立ち向かおう。奴を止めてしまえば、逃げる必要はない。
かと言って、素手でやるのは少し怖い。何か武器は……。見つけた。少し先のゴミ捨て場に手ごろな角材が捨ててある。あれを使えば……。
タイミングは一瞬。通り過ぎる瞬間。
……、今だ!
角材を拾い取り、走ってきた勢いのままに体を反転させ、角材を振り回し奴の側頭部にぶち込んだ!
手ごたえあり! ……、いや、ありすぎた。
重い角材を直撃させたにもかかわらず、奴は足こそ止めているものの、直立の姿勢を崩さない。まるで、効いていない。
少年はその場にへたり込んだ。強烈な衝撃のまま走り始めて、がむしゃらに立ち向かって、今立ち止まって、初めて恐怖心が湧いてきた。
奴の口が大きく歪んだ。鎌が大きく振り上げられる。
いよいよ万事休すだ。少年は目をつむった。
「よくぞそやつの動きを止めた! 少年よ!」
どこからか響いた甲高い声。それと同時に、人影が少年の前に立ちふさがった。
「後はわしに任せい。よくやったな」
その人はそう言うと、右腕をまっすぐと伸ばし、開いた手のひらを奴に向けた。
「
珍妙な掛け声と共に、その手のひらから白く輝く光線が発射された!
その光線は見事に奴に直撃! なおも照射され続けている。
光線の光に照らされて割り込んだ人影の顔をうかがい知ることができた。
若い女性、美人だ。駆人と同程度かもう少し上くらい。腰までの長い髪が光線の反動でなびいている。
少年は何が何だか分からない。夢でも見ているようだった。
呆けている間に、光線は止まっていた。奴は仰向けに倒れている。やっつけた……、のだろうか。
未だにぼうっとしている駆人に、彼女が振り返って手を差し伸べた。
「大丈夫か? さぞや怖かったろう。立てるか」
「あ、はい……。助かった……、んですか」
少年が手を取って立ち上がると、彼女はからりと笑った。
「おう。危ないところじゃったな。あの化け物はわしが倒したからもう問題はないぞ」
絵に描いたような年寄りのような喋り方。だがそれは喋り方だけで、見た目も声も若々しい。
「あ、ありがとうございます。助かりま……、し……?」
緩んでいた少年の顔がまたひきつった。むしろさっきまでよりもひどく。
「なんじゃなんじゃ。もう危機は去ったのじゃぞ」
そこで彼女も気づいた。目の前の少年の視線は自分に向いていない。肩の向こう辺りに向いている。
何かあるのかと振り返ってみると……。
倒れたはずの奴が起き上がっている。
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