第24話 気持ちはわかるけれども

「……な、」



 なんだそりゃ。



 お父さまをあそこまで落ち込ませていた原因は、「私との間に9年の空白ができてしまうから」だった。



「えっ、そんなに厳しいところなの、寮って?」


 脳裏に前世観た刑務所映画のシーンがよぎる。


 きっちり決められたスケジュールの中で就労し、廊下を移動する時は掛け声をかけながら手足揃えて行進。イッチニー、イッチニー……。



「いや、休日や休暇中は帰宅しても良いそうだ」


 良いのかい!



 落ち込みようからてっきり『9年が終わるまでここから絶対に出さない、親にも会わせない』タイプの寮かと思ったら、ごくごく普通の学寮だった。


「全然会えないわけじゃないじゃない」


「心配なんだよ、お父さまの見えないところで辛い目に遭いはしないか。

 それに、可愛い盛りのおまえの成長を、側にひっついて見られないのが何より悲しいんだ。……というか」


 お父さまは勢いよく身を乗り出して私の両手を引っ掴むと、潤んだ目をこちらに向けて


「さっきからちょっとドライじゃないか!?!?」


と言った。


「い、いや、そんなことは……」


「いーやドライだ! お父さまはおまえと離れることがこんなに悲しいのに……お父さまは悲しい……」



 め、めんどくさ~……!



 お父さまは屈強で気高い国防の騎士だが、ごくたまにこういった一面を見せる。寮に入るだけでこれなら、嫁入りの時なんぞ一体どうなってしまうのか。


 お母さまは「そこがかわいいのよ」などと惚気るが、我が親ながらどうしようもない赤ちゃんである。


 困り果ててギルバートをみると、奴は慌てて口角を下げた。絡まれる私を見て笑っていたらしい。何が堅物で真面目だ、後で髪の毛5本抜いてやる……!



 まずはお父さまを落ち着かせなくてはならない。


 私は大きく息を吸うと、静かに口を開いた。


「……お父さま、私もね、お父さまと離れるのはとても寂しいのよ」


「クロエ……」


 今やだだ濡れになっあ黄金の瞳が、すがるように私を見つめる。


 水底に沈んだ財宝を覗き込む気分で、私もお父さまの目をしっかりと見つめ返した。


「でもね、わくわくの方が大きいの。

 新しい場所で、何を見つけられるのか、試してみたいのよ」


「クロエ…………」


 お父さまはしばらく私を見つめると、


「そうだな……」


と言って身体を起こした。



 目に光が戻っている。良かった、いつものお父さまだ。ちょろい。


「すまなかった、クロエ。お父さまは身勝手だったよ。おまえの可能性をわがままで潰しちゃいけないな。

 胸を張って行ってきなさい。学園でおまえが何を見つけられるのか、楽しみに待っているよ」


「はい、お父さま!」


 なんか良さげな空気になったところで、お父さまがギルバートを呼び寄せる。


「はッ、なんでしょう」


「ギルバート。リロイとの立ち合いを見て感動したよ。君は強くて誠実だ。娘のことをどうか、よろしく頼む」


「……お任せください」


 2人が硬い握手を交わす。



 よくわからないが感動的な雰囲気が最高潮に達した時、外からパタパタと足音が近づき、ドアが3回ノックされた。


「入りなさい」


「失礼するわ、あなたーーあら、ここにいたのね」


 顔を出したのはお母さまだった。


 よそ行きの服に身を包んでいる。



「お母さま!」


「クロエ、お父さまから学園のお話は聞きましたか?」


「ええ、だいぶアツく語ってくれたわ」


「そう、それならこちらへいらっしゃい。入学に必要なものを買いに行かなくちゃ。侍女たちに支度を整えてもらいますよ」


「はーい!」


 お母さまのもとへ駆け寄ると、ふんわり甘い香りがした。かかとを起点にターンを決めて、ギルバートを呼ぶ。


「行くわよギルバート!」


「ああ。……では、失礼します」


「うむ」



 また少し寂しそうな顔をするお父さまと別れを告げ、私たちは部屋を後にしたのだった。

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