第22話 お呼び出し

「失礼します。クロエ様、お父様がお呼びで……あら、なんて顔」


 開かれたドアから顔を出した訪問者は、私の顔を見るなり口の端を引きつらせた。



 至福のホットミルクタイム。それを妨害したのは、お父さまからのお遣いでやってきた侍女だった。



「…………」



 強烈な抗議の視線。



 口に入れることすら許されなかったホットミルクを両手で包み、非難がましくジッと自分を見つめる侯爵令嬢の姿に、侍女は呆れてため息をつく。



「餌を盗られそうな野良猫みたいな顔してますね」


「ふっ、不敬!」


 簡単に想像できた自分が嫌だ。というか主人の娘を不機嫌な野良猫扱いするんじゃないわよ!


 と。


 侍女の放った言葉に、背後からブッと噴き出すような音が聞こえた。


 勢い良く振り向くと、タイミングを合わせるようにギルバートが慌てて顔を背ける。



 こいつ……ッ!



 そのまま振り向かないギルバートをジッ……と視線で苛んでいると、侍女がはいはい、クロエ様、と手を叩いて、


「戯れるのは後にして、はやくお父様のお部屋へ行ってくださいな」


と言った。いや戯れの種はあんたでしょうが!


 侍女は続けてこうも言う。



「なんでも、クロエ様がこれから入学する王立ゼーレンヴァンデルング学園についてのお話だそうですよ」



 突然飛び出してきた『学園』という単語に、私はむくれていたのも忘れて目を瞬いた。



 学園?



「えっ、私?」


「そうですよ、他に誰がいるんですか」


 確かに。


 それにしても初耳だ。この世界にも学校があったのか。もしかしたら私が覚えていないだけかもしれないが。


 学園……学園ね……。



 それより、


「ぜーれん……なんて?」


 名前がめちゃくちゃ厨二っぽい。長い上に覚えにくい。誰だこんな名前付けたやつ、乙女ゲームでももう少しマシなネーミングセンスしてるぞ。


「ゼーレンヴァンデルング。この国をお造りになった神様の名前から取ったそうですよ」


 神様の名前かー。


「……と、に、か、く! 早く行く! 私が怒られちゃいますから!」


 両手を腰に当て、前屈みで怒る侍女。ぴえん、こわいよう。



 それに同調するように、ギルバートも向こうを向いたまま


「そうだな、ミルクは一旦諦めて、まずは父君に会いに行くべきだ」


と言った。

 おい、こっち向け。主人を笑った顔見せろ。



「あっ、言い忘れましたけど、一緒にギルバート様も呼び出されてますよ」


「えっ」


「改めてお話があるとかで。

 では、早いところ向かってくださいね。私はお屋敷のお掃除があるので、これで……」


 侍女はにっこりと笑うと、そのまま部屋を出て行ってしまった。



 バタン、とドアが閉まる音。



 黙ってギルバートの方を見ると、彼は何事もなかったかのように振り向いて、



「では行こうか」



と言ったのだった。

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