第18話 心配

「強い、って?」


 半ば反射的に聞き返していた。胸の内にみるみる不安が膨らんでいく。とにかく、お父さまがそう考えた理由が知りたかった。



 お父さまが異世界の気配を感じたのかどうかを、知りたかった。



 ……万が一、私やギルバートの出自が知られてしまったら。万が一、私やギルバートが『別の世界から来た人間』だということがバレてしまったとしたら。


 それはそれは大きな騒ぎになるだろう。私たちは『異質なもの』として扱われることになる。

 そういった扱いが行き着く先は、中世の魔女裁判や見世物小屋を見る通り。私なんかは一度死んだ身、どうでもいいが、ギルバートがそういった扱いを受けるのは耐えられない。


 私がよほど怖い顔をしていたのだろう。お父さまは優しく微笑んで、


「何を怖がっているのかは分からないが、お前が心配するような意味はないから、そんな顔をするな」


と言った。


「言葉の通りだよ、クロエ。

 私は多くの戦場で、数え切れないほどの敵と戦ってきた。だから相手の力量がある程度分かる。

 クロエ、お前の後ろに控えているその男は、とんでもない力を秘めている。神をも殺す、そんな力だ。これほどの力を持った召喚獣を私は未だかつて見たことがない。


 だからねクロエ、私はーー私たちは、親として、家族として、彼が本当にお前の味方なのか、味方のフリをした悪魔なのかをしっかりと確かめなくてはならないんだ」



 お父さまが言葉を切ると同時、談話室の扉が勢いよく開いた。


 朝の清涼な空気が談話室へ流れ込む。開け放たれた扉の前に立っていたのはーーリロイお兄さまだった。



「お兄さま……?」


「リロイ、よく来てくれた」



 普段の柔らかな表情はカケラもなく、硬い表情の兄がツカツカとこちらへ歩み寄ってくる。

 一瞬だけ私の顔を見、次にギルバートを見て、それからお父さまの傍らへ立った。


 緊張した面持ち。


 まさか。



 お父さまは改めてギルバートに向き直り、真剣な目で見つめた。黄金の瞳が海を射抜く。


「ギルバート。私たちは国を守護する騎士の端くれ。剣を交えれば相手が邪なものかどうか分かる。

 クロエの言葉を疑うわけではないが……しかし、君の力は強大すぎる。手放しで信じるわけにはいかないほどに。


 もしも君に、これからもクロエのそばに仕え、我々の愚かな疑いを打ち砕いてくれる気持ちがあるのであれば、我が息子と一度剣を交えていただけないだろうか。我々に見せてほしい。君に悪意はないのか、君の気持ちが本物かどうかを」


 一呼吸おいて、お父さまはふと、慈しむような目を私に投げかけた。



「我が愛娘を、安心して任せられるかどうかを」



 背後でギルバートが僅かに身動いだのを感じた。私がそろりと振り向くと、パチンと視線がぶつかる。


 真っ直ぐな瞳。どこまでも沈んでいきそうな蒼い瞳に、決意の炎が揺れている。


 思わず呑み込まれそうになり、慌てて目を逸らす。視界からフェードアウトするギリギリの端っこで、ギルバートが微かに微笑んだ気がした。



「……承った。その挑戦、お受けする」


「それでは……リロイ」



 呼びかけに応じ、リロイお兄さまが前に出た。ギリリと引き締まった表情、されど瞳は紅く輝いて。


「リロイ・ロレンツォ・デイドリーム。この身をもって貴殿の本質を確かめさせていただく」


 朗々とした声で名乗りを上げる。


 途端、暗い目つきでギルバートを睨みつけた。



「……妹に何かするつもりなら容赦はしない」


「望むところだ」



 2人の騎士が、かたい握手を交わした。


 それを見届け、お父さまがソファから立ち上がる。



「それでは行こうか」


「はい、お父さま」


 私もソファから飛び降りて、暖かな談話室を後にしたのだった。

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