第17話 審議
「しつれいします……」
扉の陰に隠れるようにして、そろそろと談話室へ踏み入る。温かな風が励ますように優しく頬を撫でて、するりと室外へすり抜けていった。
パチパチと炎がはぜる暖炉の前に、お父さまはいた。柔らかなソファに身を沈め、何か分厚い書物を読んでいる。
軽く眉を潜めしばらく本に見入っていたが、入り口に立つ私たちに気がつくと、『召喚獣百科事典』と銘打たれたその本をテーブルの上に置き、
「こちらへおいで」
と手招いた。
低く、快い声。いつもと変わらず優しい響きを帯びている。
この感じ、どうやら怒ってはいないようだ。私はほっと息をつき、背後のギルバートをちらりと見やった。
この様子であれば、彼が地下牢へとんぼ返りする心配は無さそうである。
ほっとしたのも束の間、私たちが側へ寄った途端にお父さまの膝の上で微睡んでいたダレンが突然警戒するように首をもたげた。
私の背後をジッと注視している。恐らくギルバートを見つめているのだろう。同じ召喚獣同士、何か感じるものがあるのだろうか。
ダレンの首筋を宥めるようにさすりながら、お父さまは私とギルバートに向いのソファに座るよう促した。
「おはよう、クロエ。朝早くにすまない。しかしお前に確かめたいことがあってね。それも……早急に」
お父さまが口を開いた。寝起きの私への配慮だろうか、ゆっくり、ゆっくり、区切りながら話す。
緊張感でとっくに目が覚めているこちらからしたら、その遅々とした速度はむしろ恐怖を増大させる以外にはまるで役立たずであった。
乾いた口内を濡らし、なんとか返事をする。
「はい、お父さま」
「良い子だ」
お父さまは微笑むと、私の背後に立つ(ギルバートは着席を辞退して起立したままだ)ギルバートをちらりと見た。
「お母さんから話は聞いているよ。クロエ、今お前の後ろに立っている"彼“は、昨日お前が召喚したスライムで間違い無いかな?」
私は小さく頷いた。
「そうか。では、昨日お前の部屋で起こったことを私に説明してくれるかい?」
「わかりました」
それから私は、昨日私のスライムーーもとい神様見習い特製エネルギーゲルに起こった出来事をお父さまに話した。
スライムが私の頭痛を治したこと、スライムが私の人形ーーちみキャラのことだーーに興味を持ち自身の中に取り込んだこと、スライムが魔法陣と同じ反応を示し、そしてギルバートへと"変化"したことーー。
お父さまは何も言わず、黙って全てを聴き終えた。誰も何も言わない。みんなじっと押し黙っていた。
続く静けさに耐えられなくなってきた頃、お父さまがようやく沈黙を破る。
「わかった、よくわかった。ありがとうクロエ。
最後に1つだけ聞く。彼はーーギルバートといったかーー本当にお前の召喚獣なのだな?」
私を覗き込む金色の炎。
負けまいと私も必死になって見つめ返す。
「はい、そうです」
「本当に?」
「間違いないわっ!」
不意に押しあがってきた強い感情。ぐ、と力が入り、喉からするりと声が出た。お父さまが僅かに目を見開く。
「あ、ごめ……なさ……」
自分の声に驚いて、私はとっさに謝った。心臓がバクバクいっている。それが大切なものを否定されかけたからなのか、それとももっと別の何かによるものなのか、私にはわからなかった。
お父さまは目を伏せ、またしばらく黙り込んだ。不安になってギルバートを振り返ると、難しい顔をして静かに見つめ返してくる。
「……それなら、少し試させてほしい。クロエが召喚獣だというその男が本当にただの召喚獣であるかどうか」
ぎくりとした。
動揺を悟られないよう、きょとんとした顔を精一杯繕い首を傾げる。
「どういうこと?」
「魔法陣から召喚されたスライムが、召喚後何かの形をとるなど聞いたことがない。召喚獣について一番詳しく載っているこの本にさえ、そのような記述は見当たらなかった」
テーブルの上の『召喚獣百科事典』の表紙をスル、と撫で、お父さまは続ける。
「異常なんだ。存在が異常なんだよ、彼は。何よりーー」
お父さまは険しい顔で、私の背後をじっと見つめた。
「ーー何よりその男、召喚獣にしては強すぎる」
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