第15話 よろしくね

「……あのーぅ」


「……」


「すいませんほんとうちの母親が……」


「…………」


「……」


「………………暗かったな」


「えっ」


「そして冷たかった」


「……」


「ネズミも居たな。得体の知れない妙な虫も」


「ごめんなさいってばぁ!!!」



 釈放から約1時間経ったド深夜に、私は自分の部屋にて、すっかりヘソを曲げてしまった最推し召喚獣のご機嫌取りをしていた。


 床にあぐらをかいてこちらを不機嫌に見上げるギルバートを、私がベッドから見下ろしている。

 謝罪しているのになんだその上から目線の立ち位置は、という声が聞こえてきそうだが、これは彼が

「主人は自分より高いところで休まなければならない」

と自ら希望し取り決めた、私たちの基本的な立ち位置だ。まるで猫ちゃんみたい。



 今回は完全にお母さまの早とちりで、彼は微塵も悪くない。


 せっかく喚び声に応えて別世界から身を分け来てやったのに、急に牢屋にぶち込まれたのだ。


 そりゃそうだ、誰だって怒る。



「本当にごめんなさい……お母さまにはよく言って聞かせますので……」


 凛々しい眉をキュッとひそめ、こちらを見つめるギルバート。スカイブルーの瞳に私の顔が映り込む。



 ……うわ、怒っている顔もとんでもなく美しい。



「何を考えている」


「なっ……んでもないです」



 危ない危ない。


 慌ててニコッと微笑む私を見て、ギルバートは呆れたように溜息を吐いた。



「俺が貴様に喚ばれて出てきた事は、皆知っているのではなかったのか」


「なんか召喚獣って基本人の形をとれないらしくて……あなたの場合はイレギュラーというか……それに、みんなが見ていた“あなた”はスライムみたいな感じだったし……」



 実際には全然違った訳であるが。



「私が?」


 ギルバートは驚いたように片眉を吊り上げる。


 よく見慣れた表情だ。ゲーム内でもよくしていた表情。

 私は彼のこの顔が大好きで、わざと彼を困らせるような選択肢ばかりを選んでいた覚えがある。懐かしいな。



「覚えてないの?」


「覚えていない。私が“私”になった時、すでにこの体だった」


 どうやらギルバートがギルバートとしての記憶を獲得したのはちみキャラを取り込んでからのことらしい。

 神様見習いも「ちみキャラをきっかけにした」みたいなこと言ってたし、やはりそうなのだろう。



 それじゃあ、あのキス……まがいのことは覚えてないんだ……。



 残念なようなホッとしたような気持ちでいると、ギルバートは神妙な顔をして、


「それなら、母君のお気持ちはわからないでもない」


と言った。


「愛娘の眠る部屋に突然私のような者が現れれば、パニックにも陥るだろう。

 母君の判断は正しいものだ。娘の危機に適切に対応できる勇敢さは賞賛に値する」


「あいすいませんほんと……」


 水飲み鳥のようにぺこぺこ頭を下げる。



「まったく……」


 ギルバートはそんな私を見て腕を組み、呆れたようにジッと見つめた。



「今世の主君は、随分と腰の低いお方のようだ」



 『主君』。



 その言葉が彼の口から出た途端、私の胸は突然の自覚で一杯になった。



 そうだ、私は……。



 私は、彼の『主人』になれたんだ。



「ま、待て。何故泣く」


 私の右目からぼろりと落ちた涙は、後から後からとめどなく溢れてくる。


 私はギルバートの、最推しの主人になった。『ギルティア』のギルバートルートの1つの結末、あの時のヒロインもこんな気持ちだったのだろうか。


 想いで胸がいっぱいになって、零れる涙を止められない。拭うことさえできなかった。



 ギルバートが側にいる。側にいて、私と生きている。



 呆然と泣き続ける私を見て、ギルバートは慌ててガントレットを外し、親指で涙を拭ってくれた。


 厳しい鍛錬で硬くなった親指の皮が、優しく私の目元を撫でる。私の身体から彼へ供給された魔力の躍動が、肌を通して直に伝わってきた。


 目を瞑り、彼の手のひらに頭を委ねる。ゴツゴツしていて分厚い、大きな男の人の手だ。

 ギルバートは私の動きに一瞬緊張したように硬直し、それから私の頰をやんわりと包んだ。



「……どうした、何か私に不満が?」


「いいえ、不満なんてないわ。そんなもの。

 ただ、嬉しいだけよ。夢にまで見たギルバート・レオンハートが、本当に側にいるんだなって」


「当然だ。貴様が私を喚んだのだからな」


 フン、と鼻を鳴らす音がする。


「そうね、そうだった」


「そうだ。そしてこれからも、#貴様__あなた__#が『もういい』と言うまで、側にーー」



 彼は真剣な顔をして跪き、グズグズと鼻をすする私の手の甲に、忠誠のキスを落としたのだった。

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