第13話 コテコテの説明回

「……さい、起きてください……」



 遠くから声がする。


 鼻をくすぐる甘い香りに、私はそろそろと目を開いた。



「……あっ、起きた。

 もう、本当によく気絶しますね◼️◼️◼️さん、もといクロエさんは……物凄い悲鳴でしたよ。というか、あの短期間で2回もだなんて、ちょっと気弱すぎません?」


「あなたは……」



 白銀の髪に、エメラルドの瞳。


 もう、といった感じで腰に手をあて、花畑に横たわる私を覗き込んでくる可憐な女性は、今の状況を作り出した全ての元凶であるーー



「神様! ……見習い、です!」



神様見習いだった。



「どうして見習いのところだけ声が小さいんですか」


「だってまだ仮免みたいなもんですし……格好悪いかなって……」


「早々に事故って危うく取り消されかけた仮免でもありますしね」


「ぐ」



 転生者からのブラックジョーク。


 図星を突かれ、神様見習いは目を白黒させて言葉に詰まってしまった。



 からかうのはこれくらいにして、私は本題に入るよう促す。



「ところで、私はどうしてもう一度ここに?

 もしかして、推しの召喚成功のショックで心臓が停止したとか?」


「若干それに近い状態になりかけてましたけど……そうじゃありません」



 神様見習いは迷うように視線をうろつかせると、私の目をちらりと見やり、溜息をついた。


「……クロエさん、召喚の儀でスライムが出てきた件……私がまたドジやったからだと思っているでしょう」


「違うんですか?」


「違いますよ!!!」



 食い気味に神様見習いが噛み付く。


 顔を真っ赤にして、両手で大きなジェスチャーを交えながら、彼女は必死に弁明を始めた。

 どうやらこの弁明のために私は呼ばれたようだ。


「もうご存知のことかと思いますが、召喚体ーー魔力で形作られた召喚獣の身体のことですーーの造形の都合上、細かいパーツが多い人間のような生きものは基本的に召喚できません」


「それはお父さまから聞きました」


「ですから、既存のシステムではあなたの推し、ギルバートさんをきちんと召喚することができないわけです」


「そうなりますね」


「そこで、私は考えました。


『エネルギーそのものに形を教え、変形してもらえば良いのではないか』


と」



 エネルギー自ら変形させる?



「じゃあ、あの手違いスライムはもしかして」


「手違いじゃありません!! おまけにスライムなんかでもありません!!!

 アレは私自ら選りすぐり、強化して送り出した#エネルギーそのもの__・__#です。

 そんじょそこらに浮遊している自然エネルギーとは訳が違いますよ。アレは神……見習いたる私が手ずから世話した特別製。普通の召喚ではまず喚び出せない、とてつもない力と聡明さを備えたエネルギーです。

 確かにスライムによく似ていますが、形を整える前のエネルギーってあんな感じなんですよ。ただのスライムとはモノが全く違います」



 アレは神様見習い特製のエネルギーの塊だったのか。

 道理で魔法陣が物凄い反応を示した訳だ。吐き出すのに苦労したことだろう。


「そうだったんですね……またやらかしたな、なんて思って申し訳ありませんでした」


「す、素直でとてもよろしい」



 フーッと溜息をもう1つ。


 神様見習いは、哀しげにしょんぼりうつむいた。


「もう、これでも私、あなたの為に滅茶苦茶頑張ったんですからね? ギルバートさんの人格を分けてもらいに、『ギルティア』の世界まで出かけて行って、そこの神様にお願いしたりしてきたのに……」


「……え?」



 『ギルティア』?



「そ、それって『ギルデロイ・ティアーズ』のこと?」


「そうですよ? データを参考に作った擬似人格を付与する方が楽だったんですけど、オリジナルを引っ張ってきた方が嬉しいかなーって。

 だから分けてもらってきたギルバートさんの人格をあなたが持っていたお人形に入れて、そのお人形をエネルギーが取り込むことによりギルバートさんの姿形を学ばせ、人格を得させるようにしたんです」



 『ギルデロイ・ティアーズ』とは、私が生前どハマりした、ギルバート・レオンハートが攻略対象として登場する乙女ゲームの略称だ。

 単なる乙女ゲームとは思えない重厚なシナリオと、作り込まれたキャラ造形が評判の大人気ゲーム。


 ゲーム、の筈だ。



「ま、まるで『ギルティア』の世界が本当に存在するかのように言うんですね」


「彼らの世界は実際に存在しています。あなたたちの世界の平行線上に。ですから、交わることは叶いませんが、ゲームや漫画、アニメなどの『創作』を通して垣間見ることは可能です」



 神様見習いは悪戯っ子のようにふふ、と笑い、


「私たちのこの会話も、どこかの誰かが覗いているかもしれませんね?」


と言った。



 それじゃあ、あんなにも焦がれて、それでも手が届かないと諦めていたギルバートは、どこかの世界に本当に存在していて。



 今私の側にいるであろうギルバートは、本物のギルバートの分身?



「ハ、ハワ……」


「クロエさん?」



 急に顔が火照り出す。


 姿形は彼だし、それで私は大喜びしていたとはいえ、それはギルバートではない別の誰かなのだと心のどこかで割り切っていた。

 中身は本物でなくていいから、動く彼が傍にいるならそれでいいと。


 でも、違った。


 人格まで、本物だった。



「か、帰りたくない……」


「なんで!?」



 帰ったら、本物のギルバートがそこで待っている。

 そう考えると、飛び上がるほどの歓喜と「否定されたらどうしよう」という不安がギシギシと私の中でせめぎ合う。


 既に彼の前で2回、みっともなくぶっ倒れている。


 情けない私を、彼は受け入れてくれるだろうか?



「……あーなるほど、好感度が心配なんですね?」


「う……」



 図星。


 何も言わない私を見て、神様見習いは呆れたように微笑んだ。



「もう、しょうがないですね……。

 気づいていないでしょうけど、もう色々とあなたにはプレゼントを贈ってあります。その中に『好感度ボーナス』も入れておきましたので、そんなこっ酷く否定される心配はいりませんよ?」


「『好感度ボーナス』……?」


「そうです。これはギルバートさんだけでなく、あなたの周囲の人間にも効果が発揮される、あなたたたち風に言うと“スキル”のようなものです。

 簡単に言うと、あなたがこれから築く人間関係にボーナスが付与されます。初めてあった他人でもまるで友達のように親切にしてくれますし、すぐに仲良くなれる、というものです」


「便利ですね……」


「他にもいろいろ便利なボーナスを付けときましたので、お暇なときにでも探してみてくださいね」



 神様見習いは優しく微笑む。



「だから、大丈夫。安心してお戻りください」


「……ありがとうございます」



 いつかのように、強い風が吹き始める。


 退去の前触れだ。



「さて、そろそろお別れですね。ご縁とか用があったらまた呼びますから。その時まで、また」


「また呼ばれるんですか……?」


「もしかしたら、ですよ!そんなに頻繁に呼び出せるわけじゃありませんし ……はい、それじゃあ、さよなら!」



 風がいよいよ強くなり、花の香りが辺りに充満する。


 目を閉じると体の感覚がすぅっと薄くなり、私の意識はそのまま風に攫われていったのだった。

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