第12話 おまたせ
「……そうだ! あなたにギルバートを見せてあげる」
人生を共に歩むパートナーには、なるべく多くのことを共有しておいた方がいい。
理解できるかどうかはわからないが、手初めに私の最推し、ギルバートのちみキャラを見せてみることにした。
サイドテーブルからギルバートのちみキャラを取り上げ、スライムの鼻先へ持って行く。
「ほら、見える? この人はギルバート・レオンハートっていうの。私が世界で1番大好きな人よ」
スライムはしばらくぷるぷると小刻みに震えていたが、やがて触手を伸ばし、ちみキャラの周囲を触るように動かしだした。
「触ってみたいの? いいわよ!」
スライムにちみキャラを渡してやる。
スライムはギルバートのちみキャラを受け取ると、触手を器用に使ってひっくり返したり回したり、丁寧に撫で回したり、まるで細かい造形を確認しているような、そんな動きをし始める。
触手モノのアレに親しんだ時期もあった私には、若干エロティックな感じに見えなくもない。
あまり好ましくない妄想を振り払い、私はスライムに声をかけた。
「ふふ、かわいいでしょ? でも実物はもっと格好いいんだから!」
……実物。
本当なら、ここにいるのは彼のはずだった。
思わず溜息が漏れる。
今更、ということは分かってはいるが……やはり残念なものは残念だ。
私は再び目線をスライムに向け、そろそろちみキャラを返してもらおうと声をかけようとした。
と。
「な、何してるの!?」
先ほどまでスライムの触手に弄ばれていたギルバートのちみキャラが、いつのまにかスライムの体内に取り込まれている。
丸呑み……とかそういう話をしている場合じゃない!
「こらッ! そんな物食べちゃダメでしょ! ぺッしなさい、ぺッ!」
こんなもの呼ばわりはギルバートに申し訳ないが、そんなものを食べて万が一命を落としでもしたら大変だ。
手を突っ込んででも取り出そうとスライムに掴みかかろうとした。
瞬間。
「……ッ!?」
なんの変哲もなかったスライムが、猛烈な勢いで光り輝きはじめた。
初めは青白く、次に黄金色へ、次第に鮮烈な紅に。
「これは……」
同じだ。
スライムを召喚した時の、魔法陣の光り方とーー!
呆然と見つめる私の目の前で、スライムは突如ぐにゃぐにゃと動き出した。
丸々としていたスライムが、どんどん形を変えて行く。
あっちが出たり、こっちがへこんだり、曲がったり、捻れたり。
回り道を繰り返しながら、スライムは段々とある形へと近づいて行く。
(人型……?)
それは、確かに人の形を取りつつあった。
いつかやった、3Dモデリングの過程を思い出す。
スムーズに形が整っていく様子は、まるでプロの作業を見ているよう。
私はベッドに力なく座り込み、最後の工程として良く見慣れたあの顔がスルスルと出来上がっていくのを、ぽかっと口を開けて見ていた。
完璧に出来上がった「彼」の半透明の瞼がゆっくりと開き、濁った瞳が私を捉える。
「ギ、ルーー!」
次の瞬間、「彼」を眩い光が包み込み、私は思わずベッドに突っ伏した。
どれくらい経っただろう。
人が動く気配がした。まるで、新しい身体の具合を確かめているような。
最後にギュッ、と拳を握る音がして、
「あ、あー……よし」
と聞き慣れた声がした。
その声が耳に入った瞬間、私の心臓は早鐘を打ち始める。
無理。ほんと無理。まって、ほんと?
一旦は諦めた者が、目の前にいる可能性。
それはあまりにも魅力的で、そして、致命的だった。
心の準備も済まぬまま、頭上から声が降ってくる。
「ーークロエ・ロレンツォ・デイドリーム」
名を呼ばれ、体が大きく反応する。
いよいよ呼吸が荒くなり、心臓が今にも爆発しそうなくらい脈打っている。
まずい、これは。
本当に。
「異世界から私を喚んだのは、貴様か?」
頭が鉛のように重い。顔を上げたくても上げられない。
決定的な何かが知らされるのを、私は、私の本能は待っていた。
「呼びかけに応じて参上した。私はグラビティウォール王国騎士団騎士団長ーー」
来る。
来ちゃう。
それ以上はーー!
「ギルバート・レオンハートだ」
途端、弾けるように顔が上がった。
自分の意思ではなく、反射的に。
喘ぐように息を吐く。興奮で霞む視界に映ったのはーー。
「ぎる、ばーと……」
赤みがかった短髪に、ロイヤルブルーの真っ直ぐな瞳。
紛れもない前世の最推し、ギルバート・レオンハートその人だった。
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