第11話 交流

「ーー!」



 引っ張り上げられるような感じがして、私はパッと目を開けた。


 今世に生まれてから何度も目にした天井。


 ここは……。



「私の、部屋?」



 頭に鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめる。どうやら今まで気を失っていたらしい。


 どうしていたのだったか。

 確か、誕生パーティーに出席して、みんなに見守られながら召喚を行なって、それから、それから、



 スライムが仲間になった。



「いやなんでだよ!!!」


 怒りに任せて飛び起きる。

 その拍子に頭がひときわ強く痛んだが、そんなことは最早どうでも良かった。



「あンのドジっ子女神ちゃんめ、1番失敗しちゃいけないところで失敗しやがったな」


 掛け布団を蹴立てて悔しがるも、もうどうすることもできない。一度喚んでしまったものは元のエネルギーに還すことはできないし、それはいわば殺処分というに相応しい行為だ。

 スライムにだって命はある。それを無闇に奪うような真似はしたくない。



 頭の痛みは治らない。むしろ増してさえいるような気がする。

 ギリシャのゼウス神は頭痛が酷すぎて部下に頭をかち割らせたそうだが、私の頭の中にもよもやアテネが埋まっていやしないか。


 大きく息を吐いて、再びベッドへ倒れこむ。散らばる柑橘の残り香さえも煩わしい。



「……頭痛い」



 呟き、目を瞑る。私は一体何をしているのだと、不甲斐なさに涙が出てきた。


 推しガチャ爆死後のセンチメンタルな気分に肩まで浸っていたその時。



 何か冷たく柔らかいものが、私の頰に触れた。



「何!?」



 あらん限りの瞬発力で飛び起きる。

 ベッドサイドへ視線を向けると、先ほど召喚したばかりの私の相棒ーースライムが、地べたでプルプルと震えていた。


「な、なんだ、あなたか……」


 ホッと胸を撫で下ろす。不審な何かでなくて良かった。



 スライムは私の頰を撫でたらしい触手をおずおずと(そう見えた)引っ込めた。突然大きな声を出したので、私が怒っていると思ったらしい。


 召喚獣は基本的に主人へ反抗できない。

 危害を加えてくることはないだろう。そう判断して、私は震えるスライムの方へ身を乗り出した。


「大丈夫よ、急に触られてびっくりしただけ。怒ってなんかないわ。

 これからどうぞ、よろしくね」


 にっこりと笑いかけてやると、スライムは半透明の体から細い触手を2本生成し、私の両頬へそろそろと伸ばしてきた。


 ここにきて頭がまた痛みだす。身を乗り出したせいで、頭に血が上ったのだろう。痛みから少しでも逃れるため、私は再び目を閉じた。



 ひんやり柔らかい、葛餅のような触手が頰に到達した。遠慮がちに2、3回軽くタッチすると、くるくると撫で回す。


 火照った肌に、冷えた触手が心地良い。


 されるがままになっていると、ズキズキと痛むこめかみに触手が触れた。



「い……ッ」



 ズキン、と小さな痛みが走り、思わず声を上げる。

 触手の動きがピタリと止まり、スルスルと離れていった。


「あ、だ、大丈夫! 今のは少しーー」


 言いかけ、目を開いた瞬間。



 何か冷たく柔らかいものに、ピトリと口を塞がれた。



(……え?)



 接触部分から何か温かくて優しいものが流れ込む感覚。


 まるでお母さまの白兎に、怪我を治してもらっている時のような……。



 ぱちぱちと2回瞬いて、それから慌てて顔を離す。


 停止した思考に映ったのは、まるでキスをするように伸びあがったスライムだった。



「……ばッ」



「ばかァーーーーー!!!」



 驚きに任せて声を張り上げる。


 両手で口をしっかり押さえ、顔が一気に熱くなるのを感じながら、私はスライムに向かって猛烈な抗議を開始した。


「いや待ッ、なんで!? 急すぎない!? いろんな段階吹っ飛ばすんじゃありません!!

 これッ、初めて……私の……前世も含め、て……?」



 が、その勢いは早くも衰える。



 あんなに酷かった頭痛が、すっきりと引いていたのだ。



 あれはそう簡単に引くタイプの痛みではない。


 では、どうして?


 困惑して床に伸びているスライムを見れば、彼(?)は満足気に(そう見えた)床でプルプルと震えている。



「……治してくれたの?」


 スライムに口はないので勿論返事はない。


 しかし、頭痛を引っ込めてくれたのは間違いなく彼だという確信が私にはあった。



「……ありがとう。怒鳴ったりしてごめんなさい」



 感謝を込めて頭を下げる。


 恐らく、このスライムが人を癒すには粘膜に触れる必要があったのだろう。

 私はそれを変なふうに勘違いして、善意に気がつかなかった。本当に情けない。私の中の不甲斐なさがどんどん膨らんでゆく。



 さり、と触手が私の髪に触れた。


 そのまま、慰めるようにゆるゆると頭を撫でる。


「ごめんなさい……本当に。

 情けないし、頼りない主人だけど……これからよろしくね」



 応えるように、スライムはふるふると揺れた。

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