第8話 落ち込んでる暇はない
私のギルバートが、もしかしたらグズグズな姿で召喚されるかもしれない。
その可能性は、それまで浮き足立っていた私の心をズンと重く沈ませた。
いや別にどんなギルバートでもギルバートであるから、私は問題なく愛せる。愛してみせる。
ただ物理的に悲しい姿の推しは見たくない。それはあまりにも可哀想だ。こちらが勝手に無理やり呼び出したがために、体の色んなところがグズグズになってしまうだなんて……。
どうしたら……一体どうしたら……。
などと考える間もないまま。
「お食事は終わりましたか? さあクロエさま、行きますよ!」
「えっ」
朝食を終えた瞬間に私は侍女たちの手で屋敷のドレスルームへ連れさられ、あの手この手でおめかしされまくることとなった。
家事だけでなくファッションのプロでもある侍女たちが、6歳児にはもったいないくらいの上等品のドレスをああでもないこうでもないと言いながらよってたかって着せ替える。顔を作る。髪を整える。
鮮やかな色の洪水と、慌ただしく、でも楽しげに私をドレスアップさせる侍女たちに揉まれて目が回りそうだ。
「今日はクロエさまの記念すべき日。
今夜の誕生パーティーにはいろんな高貴な方々がいらっしゃいますから、目一杯着飾ってアピールしなくちゃいけませんよ」
将来のために、ね? と目配せをするその侍女をぼんやりと見返しながら、侯爵令嬢でいるのも楽ではないな、などと考えた。
「……よし、これでいいわ。みんな、お疲れ様。
クロエお嬢様、とてもよくお似合いですよ。さあ、鏡の前にお立ちになって、ご自身の姿をご覧になってください」
「え、ええ」
音頭をとっていた侍女が手を叩くと、私を取り囲んでいた他の侍女たちがサーッと壁際へはけていく。
ぽけっとしていた私は慌てて返事をすると、長い間突っ立っていたせいで棒のように固まった足を無理やり動かしながら、鏡の前へと進んだ。
「……わぁ……!」
幼いながらも、優美で華やかな侯爵令嬢がそこにいた。
藍の髪色によく似合う、スカイブルーのドレス。
ひらひらと優雅に揺れる裾は上等の生地を使っているようで、光に当たると艶やかに煌めく。少し重たい気もするが、はしゃぎすぎの防止になってちょうどいいくらいだろう。
セミロングの髪は梳かしつけ、香油を塗しただけのシンプルな出来上がりだが、それが今世の整った顔をよく引き立てている。
サラサラとセミロングの髪が靡くたび、元気一杯の柑橘の香りが辺りにふんわり弾けた。
え……可愛い……可愛いな私……。
「可愛い……可愛いわ! ありがとうみんな、私とっても可愛いわ!」
興奮に打ち震えつつも、ここまで磨き上げてくれた侍女たちに礼を述べる。
いやほんとにありがたい。前世を含めた人生で一番今可愛いよこれ。
「お気に召していただけたようでなによりです。お嬢様は何を着せてもお似合いになるので本当に迷いましたわ」
壁際の侍女たちが一斉に頷く。みんなにこにこしながら、私を満足げに見つめている。
そ、そんなに褒められると照れるな……。
注がれる視線にもじもじしていると。
「クロエ、おめかしは終わりましたか?」
お母さまがドレスルームへと入ってきた。
私と同じように、お母さまも支度がすっかり済んでいて、輝くように美しい。
「はい、お母さま。みんながとっても良くしてくれたわ!」
「あら、とっても可愛いわねクロエ。今日という日の主人公にぴったりの姿だわ」
お母さまはリーダーの侍女へ微笑みかける。
「ありがとう、お疲れ様」
「はい、奥さま」
侍女たちが一斉に恭しく頭を下げたところで、お母さまはパッと表情を明るくさせ、
「さあ、クロエ。これから忙しくなるわよ。
主な貴族へのご挨拶回りに、パーティの段取りの最終確認。あなたにも色々やってもらいますからね。しっかりついてきなさい!」
と笑いかけた。
「はい、頑張ります!」
夜に行われる誕生パーティーの最後の最後に行われる『召喚の儀』。
まだどうなるかわからないけれど、そこになんとかたどり着き、最推しとののんびりライフを手に入れるために。
私は大きく息を吸って、お母さまの後に続き部屋を出たのだった。
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