第7話 怪しい雲行き
高い椅子に座ると、食堂の様子がよくわかる。
そこは陽の光がよく差し込む明るい部屋。両側の壁には大きな窓がいくつもはめ込まれている。
食堂は屋敷の中心に位置し、よく手入れされた美しい花々が咲き乱れる中庭にせりだすような作りになっていて、この両側の窓から中庭を眺めながら食事を取るのが我が家の常だ。
家族4人が座って余裕のある大きな長テーブルには、艶やかな、上等の布でこしらえたテーブルかけがかかっている。今まではなんとも思わずにその上で食べていたが、前世の記憶を取り戻した今では、この高級テーブルかけに何かこぼしやしないかととても緊張してしまう。
卓上を彩るのは慎ましやかな料理たちだ。
朝食はそんなに豪勢なものでなくとも良い、というのはお父さまの方針。彼はあんまり朝から重いものを食べると胃がもたれてしまうのだ。
異世界の料理というのは一体、と怯えていたものの、前世で言う洋食によく似ていて安心した。私の大好きなスクランブルエッグもある。
早速料理に手を伸ばし、舌鼓をうっていると、お父さまが穏やかな顔で話しかけてきた。感慨深げな、そんな声。
「クロエ、誕生日おめでとう。何事もなく健やかに君が育ってくれて、私はとても嬉しいよ」
実は大規模なトラック事故とかいう健やかでない過程を経てここにたどり着いている訳だが、そんなこと言えるはずもないので、とりあえずにっこりしておく。
「ありがとうございます、お父さま。でも私1人でここまで来たわけじゃなくって、みんながいてくれたから私、幸せに6歳になることができたのよ!」
これは前世の母がよく言っていた言葉だ。母は父や私たち姉妹、周囲の人々によく感謝し、父も私たちも、周囲の人々もまた彼女を愛していた。こっちのお母さまに負けないくらい尊敬できる人だ。
受け売りの言葉ではあったものの、お父さまは心底嬉しそうに目を細め、微笑んだ。
「そうか……そう言ってくれるか……」
「あなたがそんなことを言ってくれるようになるだなんて……本当に大きくなったわ」
隣に座る母も、若干涙ぐんでいる。リロイお兄さまも
「クロエは家族みんなを喜ばせるのが上手だなぁ」
と明るく笑った。
外はからりと晴れわたって、雲ひとつない青空に太陽が笑っている。
こんないい日に、推しとの生活をスタートできるんだ。
なんだか胸がジーンと熱くなって、苦しくなる。
嬉しい、楽しい、楽しみ。待っててね。
「ところで、クロエは今日『召喚の儀』を行うんだよな?」
リロイお兄さまがあまりにもタイムリーに尋ねてきたので、私は驚いて少し跳び上がった。
「え、あ、はい! そうですわ」
「クロエはどんな召喚獣が来てくれたら良いなと思う? 父上のような強大なものか、母上のような可愛らしい動物か、俺のようなーー」
お兄さまはそこで言葉を切ると、
「あぁ、クロエは武器は持たないかな……」
と考えるように言った。
お兄さまの召喚獣は、輝く宝石の刀身を持った『剣』だ。
召喚獣は召喚「獣」と書く通り、基本的には人間以外の獣や生き物の形をとる。
ただ、お兄さまの場合は特別。
お兄さまが捕まえたエネルギーは、圧倒的に強大で純粋なものだった。
内に秘めたその力を生き物の形に留めるのが難しいと魔法陣が判断したのか、生成されたのは前代未聞の『武器』。
金細工の高雅な装飾が施されたその剣は、まさに宝剣と呼称するに相応しい美しさと力を秘め、リロイお兄さまの躍進を支える忠実な召喚獣なのである。
私の召喚はもう確定ガチャでギルバートなのだが、そのまま言ったら「誰だそいつは」と正気を疑われることになりかねない。
ので、ぼやかして
「私は……騎士さまが良いです! お兄さまのような、強くて格好良くて、優しい騎士さま!」
と言った。
途端、食卓が一瞬静まる。
初めは困惑したように、やがて微笑ましげに各々がアイコンタクトをとり、再び私を見やると、みんながクスクス笑いだした。
「クロエ、残念だが人間を召喚することはできないんだよ」
何も知らない子どもを諭すように、お父さまが言った。
人間を召喚できない?
「えっ、どうして?」
「それはね、人間の形は複雑で、魔法陣が作り出すには難しすぎるからだ」
「どうしても?」
「どうしてもさ、クロエ」
「もし、もし無理にでも召喚しようとしたら?」
「うーん、前例がないからわからんが……例えば末端、手足の指や鼻の頭なんかはうまく形作ることができなくて、グズグズになってしまうかもしれないね」
手や足や鼻の頭がグズグズ……?
ギルバートの手や足や鼻の頭が……?
あのドジっ子神様見習いのことだ、それくらいのポカはやらかしても不思議ではない。
「どうしましたクロエ、顔色が悪いわよ……?」
「だ、大丈夫よお母さま。ちょっと、残念だっただけ……」
これは、大変、まずいことになっているようだった。
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