第4話 おはよう異世界

 ……というのが、私、クロエ・ロレンツォ・デイドリームの前世の記憶である。



 ちなみに、この記憶は6歳になった日の朝ーーつまり今さっきーーに突然思い出したものだ。

 引き継いだ記憶が定着するのには多少のラグがあるらしい。たかだか6年でよかった。78年かかりましたーとかだったら大変なことになっていた。

 記憶が戻ったらお婆ちゃんだったとか、推しと暮らせるどころの騒ぎじゃない。



 早朝の部屋はまだ薄暗く、家の者たちが目覚めるまでまだ時間がある。今のうちに、軽く現状を整理してみよう。



 まず、私の身分について。


 私は今世、デイドリーム侯爵家の末っ子として生を受けた。

 妹とも若者とも同じ家に生まれられなかったようで残念だが、とにかく食い扶持には困らなくていいようで安心している。



 父も母も穏やかで尊敬できる人物だ。



 父親のセオドリクは、侯爵にして偉大なる戦士である。


 荒れる北の冷たい海を連想させる藍の髪色、煌めく財宝のような金色の瞳。がっしりとした骨格に、身の詰まった筋肉がぎっちりとひしめいている。

 触るとじょりじょりする口髭と、笑うとぽくっと姿を現わすえくぼがチャーミングポイントだ。


連れている召喚獣は巨大な#竜__ドラゴン__#のダレン。普段は魔力消費を抑えるために小さな手乗り竜の姿をとっている。

 このダレンというのが、大変愛嬌があって可愛らしいくせに強大な戦闘力を誇る曲者で、一度戦場へ出れば敵を屠り尽くすまで止まらないという、なんだその殺人マシーンは……みたいな物凄い生き物なのである。


 このトンデモ召喚獣とともに父が築いてきた戦功は数知れず、そのおかげで侯爵の爵位も授けられ、今では国の守護を象徴するものの1つとして名を上げられるまでになった。



 母のオリヴィエは、父と大恋愛の末に結ばれた穏やかな女性だ。


 滑らかにたなびく艶やかな黒髪に、優しげに、しかし激しく燃えるルビーの瞳。ほっそりとした体つきはどこか儚げで、でもどこかしっかりとした芯の強さを秘めている。

 聖母のような優しさと愛で家族を包み込む一方、早とちりでおっちょこちょいなところもある、大変に愛らしい侯爵夫人である。


 連れている召喚獣は可愛らしい白兎。日によって増えたり減ったり、最低2匹は母の周りで戯れている。

 彼、彼女らには癒しの力があるようで、母がお願いすると怪我人の元へ駆け寄り、患部にそっと身を寄せる。すると瞬く間に傷口は塞がり、ある程度の病ならするりと治ってしまうのだ。



 さて肝心の私であるが、取り立てて言うことは特にない。ただ前世よりも大分美人になったというくらいである。


 父から受け継いだ青藍の長髪と、母から貰った真紅の瞳。子どもらしい生気に満ち満ちた頰は、うっすらとピンクに色付いている。輝くような白く若い肌によく映えるこのカラーリングは、自分でも結構気に入っている。


 召喚獣は未だ召喚していない。

 召喚獣の生命エネルギーは、召喚者の生命エネルギー ーー普通魔力と呼ばれるーーからまかなわれるため、生命エネルギーの安定しない幼いうちから召喚獣を呼び出すと危険なのである。

 この国では6歳になったら人生のパートナーとなる召喚獣の召喚の儀を行う。基本的に人生で一度きりの、大切な儀式なのだ。



 召喚とは、彷徨う自然のエネルギーに形を与え、使役する魔術のことを言う。

 召喚獣を行う付近にいた自然のエネルギー、つまり精霊のなり損ないや、水や空気の見えざる無意識などを適当に取っ捕まえて、魔法陣の内部でこねくり回す。

 そうして出てくるのが召喚獣というわけだ。この時捕まえたエネルギーの大きさや純粋さによって召喚獣のスペックも変わってくる。


 大きくて純粋なエネルギーほど、より強大で聡明な召喚獣となるのだ。



 先ほども述べた通り、本日私が生まれてから6年が経過した。


 つまり、召喚の解禁である。


 我ながらいい時期に記憶を取り戻したものだ。今日この日から、私と推しの異世界侯爵令嬢ライフが始まる。なんだかワクワクしてきたぞ。



 サイドテーブルに置いてあるギルバートのちみキャラを見やる。

 記憶が戻る前の私がどこかから勝手に拾ってきたという彼は、前世で最後に見た時よりも若干薄汚れて、それでも凛々しく立っていた。



「……やっと会えるわ」



 ちんまりと佇む彼に向かって笑いかける。



 プラスチックの彼の体が、魔力で形作られた本当の体に変わる時。私は一体どんな顔をしているのだろうか。嬉しさのあまり泣き出してしまうかも知れない。


 窓から差し込む朝日に照らされた彼の瞳がライトブルーに煌めいて、私に微笑み返した気がした。

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