第3話 いってきます

「ではさっそく、あなたに似合うチートを選ばせていただきますね!」


「ち、ちょっと待って!」



 さっさと”チート付与”の準備を始めようとする神様見習いに、私は慌てて待ったをかけた。



「あの、転生先の情報とかは!?」


 強制転生とはいえ、何も知らないまま飛び込んでいくのはまずい。基礎知識くらいは知っておきたかった。


 あっ! という顔をして、彼女はこちらに向き直る。



「ごめんなさい、私ったら本当、色々抜けていて……」



 彼女の説明を短くまとめるとこうだ。



・剣と召喚魔法のファンタジー世界


・転生先は国の英雄である侯爵家


・家族構成は父、母、兄と私


・etc……



「あとは行けばわかります。私が付与したチートも、ちゃんと機能するはずですから安心してください。……といっても不安でしょうが、そのための神の加護。何があっても大丈夫なようにしておきますので、第2の人生を存分にお楽しみください!」


 ここまでのアレコレで色々不安ではあるが、腐っても鯛、見習いでも神様。任せておいても大丈夫だろう。



 それと。


「あの、妹は」


 一番気がかりなのは妹のことだ。

 気が強く図太いように思えるが、ああ見えて寂しがりやで繊細なところもある。

 1人にしておくのは可哀想だ。


「大丈夫、妹さんも同じ世界のどこかにいます。

 ついでに言うと、あの若者も」


 同郷の人間が少なくとも2人は居るわけか。これは大変ありがたい。

 向こうに行ったら、まずこの2人と合流することを目標にしよう。


 目的が定まったところで、神様見習いが私のズボンの右ポケットを注視していることに気がついた。


「どうしました?」


「いえ、あの、その膨らみは何かなって」



 言われて初めて、何か入っていたことに気がつく。



 ごそごそと探ると、出てきたのはーー



「ギルバートーーーーー!!!」



 最推しのちみキャラだった。



「うっわどうして!? 何かの弾みでポッケに入ったのか!?

 ヒェ……よかった……まさか死んだ後にもう一度姿を拝めるなんて……」



 何事かと近付いてきた神様見習いが背後から覗き込む。


「わあ可愛い!

 この方のことがお好きだったんですか?」


「いや、好きというか……愛おしいというか……お母さんみたいな、おばあちゃんみたいな気持ちで……見守りたいっていうか」


「うわぁ……」


 『好き』が拗れてとんでとなく複雑になった謎の感情をとりあえず説明してみただけなのに、神様見習いにドン引かれた。


 いいでしょ別に……。


「まあ、そうですね。好きです」


「そうですか……」


 口元に手をあて、彼女はしばらく黙り込んだ。

 何か考え事をしているようだ。



 私も黙って彼女を待つこと数分、神様見習いはようやく口を開いた。


「あの、転生先には召喚魔法が存在するって私言いましたよね」


「はい」


「みんなが1体は召喚獣を連れ歩く、そちらでいうポ○モンみたいな世界だって」


「そうですね」


「もしよかったらなんですけど……人生のパートナーを召喚するその時、その方を確定召喚できるように手配しておきましょうか」


「お願いします!!!」


 食い気味に威勢良く返事をしたら、彼女は花々の上で小さく跳ねた。



 またやってしまった。落ち着かなければ……。



 私はゆっくりと深呼吸をして、それから


「……お願いします」


と今度は落ち着いて言い直した。



「あ、はい、わかりまし……声でか……喜んでいただけてる? ようで……嬉しいです、こちらとしても……はい……」


 鬼気迫る私の様子に怯えてしまったのか、神様見習いはきょどきょどした様子でちっさく返事をした。


 申し訳ない。うれしいです。



「……あっ、そろそろ時間ですね!」


 我に返った神様見習いが、慌てたように言った。

 確かに、私の輪郭が足元からぼやけてきている。


 一陣の強い風が吹いて、鮮やかな花の香りが体の中を通り過ぎた。



「お別れですね」


 神様見習いはそう言うと、立ち上がり、また申し訳なさそうな顔をして、


「あの、本当にごめんなさい。私のせいで、こんなことになってしまって」


と頭を下げる。



「大丈夫です。おかげで最推しと一緒に生き直せるので。最高じゃないですかこんなの、死んだ甲斐があるってもんですよ!」


 我ながらなかなかの空元気だったと思うが、それでも彼女は安心してくれたらしい。

 ようやく、女神らしい、柔らかで慈愛に満ちた笑顔を見せてくれる。



「……ありがとうございました。あなたの第2の人生が、どうか穏やかで満ち足りたものになりますように」



 花の香りが強くなる。

 むせかえるような甘い甘い香りの中、見習いの女神はもう一度微笑んだ。



「さようなら、◼️◼️◼️◼️◼️」



 ふと思い出したように、彼女は悪戯っぽく笑う。



「あなたの妹は、あなたが思っているよりずっと、あなたのことを大切に思っているようですよ?」



 藪から棒になんだ、と思った瞬間、ひときわ強い風が吹き、残った私の輪郭をさらっていったのだった。

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