第33話 激震的ダンジョン

本日二話目、昼にも一話更新してます。

&胸くそ注意報


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「マスター、だ?」


 男の、ノスリブの怪訝な声。その言葉ははっきりとした意味を持って二人に届いた。それの持つ意味を理解し、イリスはしまったと口を閉ざす。

 だが時すでに遅し。ノスリブはその言葉の意味をしっかりと捉えていた。


「なんだ、ダンジョンマスターはあっちの方だったのか。ほほぅ、偽装されてるがよく見ると人間じゃねぇか。なるほど……? 俺は三文芝居でも見せられてたのか? ……ま、んなこったろうと思ってたがな」

 ノスリブが足を踏み出す――。



 ――その足に、イリスは必死になって残った左足を絡めた。引きずられるようになってノスリブを引き止める。


「マスター、逃げなさい」

「ふざけてんじゃねぇよ、人形が!」


 いらだったノスリブが左手を踏み抜く。が、それでもイリスは離さない。


「速く!」

「あーくそ、うぜぇ。《――衝破》」


 ――バギャンッ。

 イリスの左腕が肩からはじけ飛ぶ。


「――イリスっ」

「てめえも動くんじゃねぇっつってんだろ」


 ひらめくノスリブの左手。

 今度は踏み出したつま先をナイフで床に縫い止められ、穂良賀はもんどり打って倒れた。


「あぁ、いらん労力を使わせやがって……」

 ノスリブは倒れうめく二人を見下ろした。

「だがまあ、おかげでここだと前の世界の刻印が使えることがわかった。何でかはわからんがな。……だからまあ、ちょっとした交渉のお時間だ」

 ノスリブはその場にどっかと腰を下ろした。


「だ……め……、で…………。マス……タ……」

 かすれる声でつぶやくイリスをノスリブは冷めた目で見つめる。

「なんだ、まだしゃべれたのか。存外頑丈じゃねぇか、この人形は。でもま、これで……」

 ノスリブはイリスの首を持ち上げた。そうして一閃。喉を切り裂く。

「もう喋れねぇだろ……。それに、これの方がお前みたいな奴にゃ効くもんな。なぁ? ダンジョンマスターさんよ」


 ニヤニヤと笑うノスリブの視線の先。そこでは穂良賀が血走った目でノスリブをにらみつけていた。





「さっきも逃げようとせずこいつに駆け寄ろうとしてたもんな。さっさと逃げりゃいいのによ。よっぽどこのお人形が大事なのかね。せっかく時間を稼いでたのに報われんねぇ」

「黙れ、イリスから離れろ」

「ああん? 俺にそんな口をきいてもいいの、か、な?」


 ノスリブは手に持ったイリスの体をぶらぶらと動かした。


「――っ――――っ」

「おお、怖い怖い。そんな血走った目で見るなよ。そう簡単に壊れやしねぇよ。頑丈なんだから、ちょっと動けねぇだけだっつの」

 ノスリブは、手を離し、床にイリスを落とした。

 崩れ落ちるイリスだが、その眼にまだ意思は宿っている。

「ほら、な」

 ノスリブは肩をすくめる。


「でも、ま。それもお前の返答次第だ。わかるだろ?」

「――」

 穂良賀は歯を食いしばり頷く。


「うんうん、素直でいいね。まあ俺も好きで切った張ったが好きな訳じゃねぇんだ。俺の世界は基本平和だったからよ。なのにいきなりこんな物騒な場所に送り込まれてよ。しかも魔学のまの字もねえときてやがる。てめえもそうだろ?」

「――」

 穂良賀は肯定も否定もしない。ただノスリブをにらみつけている。


「……張り合いがねえの」

 ノスリブは肩をすくめる。

「まあいいけどよ……、そんなわけで今まで蛮人みたいな生活をしてた訳だがよ、なんとこの場所では刻印が使えたんだよ、さっきも言ったようにな。正直うらやましいぜ、なんでてめえだけ文明人な生活をしてんだよ」

 ノスリブが穂良賀を見る目は冷たい。

「まあ、そんなむかつくお前を女神様の言うとおりぶっ殺してもいいんだけどよ。それでまた蛮人みたいな生活を送るのもアレだろ? だからまあ、命を取らねぇ代わりに協力しろや、な?」

「何を、だ……」


 絞り出すような声で穂良賀は言った。

 それを見てノスリブはふんと笑う。


「なぁに簡単なことだ。ここを拠点代わりに使わせろ。たったそれだけでコレも、お前も生かしておいてやる。まぁコレは担保代わりに預かっておくがね」

 ノスリブはイリスを指で弾いた。

「てっ――、め――」

 穂良賀は激高した己を押さえつける。血のにじむ肩をぐっと握りしめ。

「いや、保証は?」

「あん?」

「お前が約束を守る保証は、イリスが無事な保証はあるのか?」


「はぁぁぁぁ?」

 穂良賀の言葉にノスリブは大きなため息をついた。

「お前、現状わかってる? お前もコレもバラバラにされても文句は言えない状況なの。つーか普通はそうなのよ。そこを俺はわざわざお前に選択肢を与えてんの? わかる? お前が選べるのはイエスかデスか、どっちかだけなんだ、よっ」

 ノスリブは、切られ床に転がっていたイリスの手首を蹴り上げる。

「がっ」


 それは狙い違わず穂良賀に当たり、うめき声を上げる。

 と、同時にノスリブも顔をしかめた。

「いってーな。存外固ぇのか? ……ああいや。つーか俺、怪我してたな」

 ノスリブが見る自分の足。そのブーツはネズミに食いちぎられ、傷口はどす黒く変色していた。

「おいお前、ポーションよこせ」

「な!?」

「な!? っじゃねーよ。この怪我、お前の仕掛けた罠でしたんだよ」

 ノスリブは自分の足を指さして言う。

「わかる? いてーの。だから責任取ってお前が治せって言ってるんだよ。ダンジョンマスターなんだから宝箱に入れる用のポーションぐらい持ってるだろ? 出せよ」


 その言葉に穂良賀は逡巡する。

「ある。だけどあれを操作しなくちゃならない」

 穂良賀が指さすのは床に落としたタブレット。

「ふん、その板きれが必要なら使えよ。別にかまわねぇよ」

「……わかった」

 穂良賀はゆっくりとタブレットに手を伸ばす。

 それを見ながらノスリブは釘を刺す。


「ただし、余計なこと考えるんじゃねーぞ」

 ノスリブは目を光らせた。

「……わかってる」

 そう答えた穂良賀は血のついた手でゆっくりとタブレットを操作する。

 少しの逡巡の後、取り出されたのは瓶に入った薬液。

 それを見てノスリブは満足げに頷く。

「へぇ、ハイポーションとは奮発したな。そら、転がしてよこせ」

「くっ、そらよ」

 ノスリブは足下に転がってきた瓶を手に取りそのまま半分を足に掛けた。みるみるうちに傷が治っていく。

 そうして残った半分を今度は飲み干した。


「相変わらず味はよくねぇが、効果は抜群だな。褒めてやるよ」

「……てめえなんかに褒められても、……嬉しくもなんともない」

「ほん、元気になったじゃねぇか。…………ただまあ、ペナルティはあげねえと、なっ」

 ――ノスリブの回復したその足がイリスの胸に吸い込まれる。バギンッと破滅的な乾いた音が聞こえ、歯車の欠片が舞い散った。

「てめっ――――」

 思わず声を上げた穂良賀に空瓶が投げつけられた。

「黙れや、次は本気で壊すぞ」

 そう吠えるノスリブの足は、横たわったイリスの胸をギリギリと押さえ込む。踵からきしみ音が響く。


「ぐ――っ」

 それを見た穂良賀は叫ぶ声を喉に抑えた。

「――なんで、イリスに攻撃した。要求通りにしただろうが」

「あん? 言っただろうが、ペナルティだってよ」

「ペナルティ、だと?」

「なあお前、俺は余計なこと考えんなつったよな。なのに『もし今罠を仕掛けれたら』なぁんて考えただろ。だからペナルティだ」

「それは……、だけど――」

「だけどやってないって?」

 ノスリブは穂良賀の言に先回りをする。

「やるやらないじゃねぇんだよ。考えたのがまずいの、わかる? まあ翻訳の刻印だけならそんなのわからねぇからな、関係なかっただろうが、俺は仕事柄読心の刻印もつけててな。おかげでお前の考えも読めたって訳だ」

 そこまで言ってノスリブは肩をすくめる。

「ま、つってもそもそも罠なんか張れやしねぇんだけどな。ほら、かまわねぇぜ。そこの板きれで試して見ろよ」

 ノスリブは邪険に手を振った。


「――――」

 穂良賀はそれを黙し、にらみつける。その態度にノスリブはいらだちを募らせねめつけた。

「あぁ? ごちゃごちゃごちゃごちゃと頭の中で考えてるんじゃねぇよ。別にコレで何が起きてもペナルティを与えるだなんだ、言いやしねぇよ。つーかよ、お前は俺の命令に従ってりゃいいの、わかる?」

 ノスリブはイリスをおさえつける踵に力を込める。慌てて穂良賀は声を上げた。

「わかった。わかったからやめてくれ」

 タブレットに指を走らせる穂良賀。だがそこには無情なメッセージが表示される。

『Error 当該エリアに敵対者が確認されました。同エリアに直接、罠及びモンスターを設置することは出来ません』


 な……。

 穂良賀はそのアラートに驚いた。いや、アラートやその内容自体にそれほどの驚きはない。ダンジョン内へのモンスターの配置では、一定の制限があった。それがマイルームにも適応されるかどうか、そこが不透明だっただけだ。

 そしてそれは、試してないからわからなかっただけで、おそらく同じだろうと思っていた。だからさっき実行にまでは移さなかったのだ。

 そう、問題は設置できないことじゃない。なんで――、

「――なんでてめぇがそれを、罠を設置できないことを知っている。ダンジョンマスターの俺でも試すまで知らなかったことなのに」


 にらみあげる穂良賀をノスリブは眼下に見下ろしせせら笑う。

「はん、教えてもらってたからだよ」

 誰にだ、とっさにそう考えた穂良賀にノスリブは応える。

「そりゃまあ、うちの女神様にだわ。今の今まで半信半疑だったけどな」

 そらうそぶくノスリブ。だが彼自身は白くこわばった手をほぐすように動き、また先ほどまでイリスの胸にあった踵を今は地面に下ろしている。

 どうやら半信半疑だったっと言うのは本当のことなのだろう。


 緊張がほどけたのかノスリブは口軽くその時のことを話す。

「お前も一緒でこの世界に来るとき、女神様に色々説明受けただろ? まあ当然俺も受けたんだがその時色々質問したんだよ。どんな世界なのか、目的は、それと刻印は使えるのとかよ。……ところがうちの女神様は意外とおっちょこちょいでなぁ」

 ノスリブは意味ありげに唇をあげる。

「まぁ、俺の質問にうっかり色々と口を滑らせてくれた・・・・・・・・・。そんで、その情報の中にダンジョンの仕様があったって訳だ」

「それは――!」

 それは反則だろう……。穂良賀は言外にノスリブをにらむ。

 だがそれには、ノスリブは肩をすくめて返した。


「もちろんわざとやったんなら反則だろうぜ。だけどまあ一応、不注意で、色々と口を滑らせただけだからな。他の神様も強くは言えなかったんじゃねぇの? ま、俺はそう思わねぇけど。ありゃ絶対わざとだわ。可愛い顔して一皮むくとどす黒いタイプだぜ、あの女神様はよ」


 不注意……。その言葉で穂良賀の記憶に呼び出されたのはチャラ神から最初に渡された用紙。

 確かあれには最初、こちらが知る必要のないことまでかかれてあった。そして知りすぎると規約違反になるというチャラ神の言葉も。

 ただ、チャラ神は本当にうっかりで渡したようだが……。そんなことを自身の深い場所で考える。


 そんな穂良賀から視線を外し、やれやれとばかりに腕を回すノスリブ。

「そのおかげでダンジョンの存在を事前に知ることが出来て、現地民をここまで連れてこずにすんだ。ま、現地民がいたんじゃお前を殺さざるを得なかったからな。交渉の余地がある分、お前にとっても運がよかったっていえるんじゃねぇの?」

 さて、とノスリブは片手を穂良賀に向けた。そこには複雑な紋様がきざまれている。

「んじゃ、最後に契約といくか。お前は俺に直接間接問わず危害を加えない。俺はこのポンコツをこれ以上壊さないって所でどうだ、いいよな?」

 言外に断らねえよなとの思いが伝わる。だが穂良賀は首を振った――。


「――ああ!? お前、自分の立場わかってんの?」

 その応えにノスリブは声を荒げ、イリスに足を掛ける。

 慌てて穂良賀は声を上げる。

「いや、違う。その条件はのむ。だけど、だからその前に、せめてイリスの傷を治させてくれ」

「はぁ、だからお前、俺に意見できると…………。いやまて……」

 穂良賀をのぞき込んだノスリブがニンマリと笑う。

「……そりゃそうか。ダンジョンマスターだもんな、まだまだお宝持ってるよなぁ。へぇ、万能霊薬ね。この世界にもあるのか」

「くっ……。俺の考えが読めるんならそれでいい。それを渡すからイリスに使ってくれ」

「ふぅん。ま、いいや。とりあえず渡せ。さっきと同じように、だ」


 穂良賀エリクサーを取り出しノスリブの方へと転がした。だが加減を誤ったのか少し外れてしまう。

「ちっ、わざわざ歩かせるんじゃねぇよ」

 そう言い、拾いに歩くノスリブを穂良賀は険しい目で見つめる。

 そうして拾い上げたそれは、鮮朱の滴の入った瓶で、先ほどのハイポーションよりも、遙かに力を宿しているのが見て取れた。

「ほほう、これが万能霊薬ね。初めて見たが確かにすげえな。劣化が早いって話もあるが……。ふむ、瓶自体が特別なのか劣化しないようにしてるのか……。しかもちょっとやそっとじゃ壊れそうにもない。こりゃあいい」

 だがノスリブはそれを一向にイリスに使おうとはしない。


「おい、てめぇ! イリスに使ってくれるんじゃないのか」

 思わず穂良賀は声を上げる。だがノスリブはそれをねめつける。

「誰が約束したんだよ、そんなの。何かの保険になるだろうしこいつはもらっておくぜ」

 灯りに瓶を透かしのぞき込み、血よりも鮮やかなそれを楽しむ。

「だいたいだ、こいつを使ったら部位欠損まで治っちまうだろうが。そうしたらあのポンコツに反抗されるかもしれねぇ。そんなの面倒だろ? それくらい察しろや、な?」

「…………」

 穂良賀はギリと歯がみしながらにらみあげる。それをニヤニヤと見下ろすノスリブ。


「それにほら、もう一個ハイポーションがあるんだろ? 渡せよ。そっちでなら欠損も治らねえし使ってやらないこともねぇ」

「な…………んで……」

 漏れた穂良賀の言葉に、ノスリブは心底呆れたようにため息をついた。

「はぁぁ。何で知ってるかって、そんなのお前が考えたからに決まってるだろうが。読心の刻印があるっつっただろ。もう忘れたの? 馬鹿なの?」

 ノスリブは穂良賀を小馬鹿に、コツコツとこめかみをたたく。

「ほら、早くよこせよ」

 手を伸ばすノスリブ。穂良賀はそれに向かって取り出したハイポーションを放り投げる。

 それはノスリブの方ではなく、奥に倒れたイリスの方へと転がっていった。


「だからさっきからちゃんと渡せっつってるだろ」

「………………」

 怒鳴るノスリブを穂良賀は無言でにらみあげる。

「ああ? なんだ? これってあのお人形をハイポで治せってアピールなの? お前、ホント馬鹿だろ」

 呆れたノスリブは振り返りハイポーションを拾いに行く。

「つーかよぉ、これで俺が心変わりしてハイポ使わねぇって言ったらどうするつもりなんだ? それくらいも想像できねぇとは……。人形とはいえ報われん、もったいないね」

 つぶやきながらポーションを拾おうとかがむノスリブ。

「……ああ、俺には……、もったいないくらいの相棒だよ」

 そんな声が聞こえた気がした。


 ――――――――ズンッ。

 ダンジョンが揺れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る