第32話 スカウト的襲来

本日一話目

夜にもう一話、感謝の更新します。

皆様、☆や♡をありがとうございます。


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「ナーーー」


 ナーネが警戒の声を上げた。

 その声にモニターを見あげると侵入者の人影が映っていた。

 先ほどの冒険者の中のスカウトタイプだった男だ。


「ビエ、アボウンタ コンプレ ミシオデラヴィオサ(さてさて、それじゃあ女神様のご使命をまっとうしますかね)」


 男は腕を回しながらダンジョンを見回しながら何事かをつぶやいている。


「……くそっ、相変わらず何を言ってるかわからん」


 翻訳されればそれなりの作戦が立てられるのに。

 ――パンッ。

 イリスに背中をはたかれそんな思考が中断される。


「何をぼーっとしてるんですか、早く罠でも何でも仕掛けてください。あれは……、マズいです」

「罠? でも侵入者がいる状態で仕掛けたら使い捨てに――」

 そこまで言ったところで気づいた。いつになくイリスが真剣なことに、いつもの余裕が失われていることに。

「いや、わかった。すぐに」


 そうして俺が通路に罠をしかけてる間に、イリスは唯一生き残ったムリアン達に指示を出していた。


「侵入者の足止めをお願いします。できるだけリソースを削ってください」


 画面上では草の蔓が舞う。ムリアンは音楽をかき鳴らし男を足止めしようとしていた。

 だが男は器用に蔓を避け、かき鳴らした音楽に至っては効いている様子もない。男はムリアンを仕留めに動く。

 そうはいってもムリアンは群れ、1匹2匹仕留めたところでその妨害は止まらない。


「チッ。レバノ? インセナラ(ちっ。めんどくせぇな。ならこれでっ)」


 男の腕がほのかな光をともす。途端、ムリアン達の動きが乱れた。蔓の動きも止まり音も止む。

 ムリアン達はボクサースタイルでひっくり返っていた。


「相性が悪い……? でも何? あれは私のデータにはない。いえ、今はそんなことより……」

 イリスは首を横に振る。

「マスター、罠はっ?」

「あ、ああ。設置し終わってる。それよりムリアン達が……」


 そう、ムリアン達が死亡していた。確かにムリアンは一体一体は弱い。だけど群れをなしていて全滅させるのは非常に難しいモンスターのはず。それが魔法使いならまだしもスカウトに……。この世界にも殺虫剤みたいなアイテムがあるのだろうか。


 そうこうしているうちにも男は進む。ムリアン達の脅威を取り除いた男は部屋を抜け通路にさしかかった。

 そこにあったウーズのいた落とし穴は再度隠蔽されている。それを見て男は、


「レイン ラ トラン? ハ(直したところでよ、はは)」


 そう言って罠のあった位置を飛び越え、通路の先の扉の前に着地、…………できなかった。

 ――バカン。

 扉前の人一人分の安全地帯、そこに再度落とし穴があいた。


「ガッ!?」


 足場をなくし扉に体を打ち付ける男。その足にも落とし穴の中にいたのであろう、無数の汚いネズミがかじりついている。

 おまけに今度は扉の罠だろうか、鉄格子が上から振ってきた。むろんその先は鋭利とがっている。


「やったか……」


 ここまできれいに罠にかかるとは思わなかった。さっきの戦士風の男ならまだしも、こいつは軽装。当たってしまえばやれるはず。

 そう思ったときだった。


 ごおと炎が巻き上がる。男を中心として巻いたそれは、まとわりついたネズミを消し炭に変え、扉を破壊し、振ってきた鉄格子すらねじ曲げた


「マルディ セ(ざけんな)」


 転がるように次の部屋に入ったその男は、ボロボロになった装備、それにネズミに食いつかれ血を流す足を確認しながら吐き捨てた。

 な……、あれを切り抜けられたらもう……。


「マスター、罠の残りは?」

「いや、もうない。使い切った。残りは隠蔽と未設定が一つ。でもレア度低すぎて使えない」

「まったく……、変なところで思い切りがいいんですから。なら早く準備を」

「準備?」

「逃げるんですよ。あの男はおそらく敵の転移者です。しかもこっちにも気づいている」


 思わずモニターに目を向ける。

 男は虚空を、いや、モニター越しに俺の方を見ていた。そうしておもむろにこちらを指さす。


「エステス ヴェンド。 エル テンペ エスデマシア(この仕掛け、のぞき見してやがるな)」


 ――プツン。

 まるで停電にあったテレビのように、モニターが黒に閉ざされた。


「なっ、どういうことだ!?」


 とっさに手元のタブレットに視線を移す。だがそちらもダンジョン内のカメラは真っ黒のままだ。

 やばい……。やばいやばいやばい。

 イリスの言うとおりあいつは少なくともこっちが監視していることに気づいている。

 一旦スルーしたんだ、マイルームの場所に気づいているとは思えないが、探索し直されたら見つかる可能性もある。

 まずい、まずいまずいまず――、


 ――シューーーー。


 イリスが手に持ったスプレーを吹き付けてきた。好感度ボーナスとかうそぶいていた奴だ。


「うわっぷ。何するんだよ!」

 思わず叫ぶも、その問いにイリスは答えない。

「これでよし。それじゃあマスターは外に出て逃げるなり、隠蔽で隠れるなりして生き延びてください。マスターが生き残っていればダンジョンは一応ですが再建可能です。相手も準備を整えてこちらに来るでしょうからまだ時間はある。さあ、早く」

 イリスが俺の背を押す。

「お、おい。イリスは……」

「ふん、マスターがいなくなれば私が晴れてここのダンジョンマスターです。実力的に見れば当然のことですけどね」

 イリスは胸を張って笑う。

「それに免じてさっきの呼び捨ては許してあげましょう。だからあなたはとっとと行きなさい」


「それは……」

 それは囮になるってことじゃないか……。

 見上げる俺をイリスは冷然と見つめる。

「つべこべ言わず、いいから行きなさい」

 イリスの手が俺の背を押した、その時だった。


 ――ゴ、ガッ

 目の前の扉が、マイルームの出口が煙を上げた。

 煙の中から突き出された足が扉を蹴り倒す。


「なっ、早すぎる。いえ、今は。――ナーネ!」

「ナ゛ーーーーーー」


 イリスの言葉に応じ、ナーネが絶死の叫びを上げた。

 その叫びに影は膝をつき――、


「エレスタ!(きかねぇ!)」


 だがそう言うと、煙の中から一足、飛び出した。右手のナイフが一閃、ナーネを切り裂く。


「――――」


 ナーネは一言も発することが出来ず、その姿は黒ずみ消えていく。


「アン イウサド ラベンデ デミハルマ(ちっ、姐さんの加護を使い切っちまったじゃねえか)」

 そうつぶやきながら男は俺たちに向き直る。

「エントン キュアレス エルマエス ムジェルト?(どっちがマスターだ? 女、お前か?)」


「くそっ、何言ってるかわかんねぇよ。それよりお前――」

 ――よくもナーネを!

 そう言おうとした俺の背を衝撃が襲う。その衝撃にゴロゴロと俺は部屋の入り口付近まで転がった。

「な、なにすん――」

 俺を蹴った足越しに見るイリスの冷然とした眼。それに思わず口ごもった。


「邪魔! お前は必要ない」

 イリスは俺に向かってそう吐き捨て、右手を男に向かって構え左手を添える。

 右手が折れ、そこに砲身が見えた。


「ノウセ(やらせねぇ)」

 一瞬、男は間合いを詰めた。そうして振るわれたナイフがイリスの右手を切り飛ばした。

 男はニヤリと笑う。

「エスナ エスペシ デゴレム エソス トド(ゴーレムの類か。だがこれで終わりだ)」

 だがそれを見てまたイリスも艶然と笑った。

「さて、それはどうでしょうか」


 イリスは添えた左手を握り込む。そこにあったのはライトジェム。以前デイリーガチャから排出された品だ。

 刹那、それは鋭い光をまき散らした。


「ぐあっ」


 至近でそれを見た男は、あまりのまぶしさに眼を押さえた。

 その間にイリスは俺に向かって顎をしゃくる。まるで今のうちに部屋から出て行けと言わんばかりに。


 いや、今イリスをここに置いていったら……。でも……。

 戸惑い、だけど決心して立ち上がろうとしたその時、イリスはもう行動を起こしていた。

 いつの間に取り出したのだろう。左手にはバールのような物。それを男に向かい不格好に振り上げたその時――。


「っざけてんじゃねぇぞ、くそ人形が!」


 目を塞いでいたはずの男が意味のある言葉で叫び、残ったイリスの手首を切り落とした。

 ガランと音を立てて地面に落ちるバール。


「てめえも動くんじゃねぇ、くそゴブリン」


 男の手が振るわれる。何かが光り、そして気づくと俺の肩にナイフが刺さっていた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛」


 熱い熱い熱い熱い。

 思わず肩に手をやる。じわりと赤い血が流れてきてるのが感じられる。


「マスター」


 焦ったイリスの声が聞こえた。

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