第30話 冒険者、宝を得る
今話で冒険者視点終了です。明日からダンマス視点ですね。
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激闘だった。
いったい何度神への祈りを唱えただろう。動くことの出来ないほど疲労。エシスは壁により掛かるようにして、ただひたすらに神の奇跡をダーリに届けていた。
幾度の炎をその杖は吐き出したのだろう。ウィチタの持つ杖は黒ずんでいる。いやそれだけじゃない、杖に寄りかかるようにして立つウィチタの腕もまた、焦げ付いた匂いを出していた。
いったいどんな攻撃を受けたのだろう。ダーリの持つ盾は半ばからスパリと断ち切られている。それどころか彼の装備に無事な物は一つとてない。そのすべてが切られ砕かれ赤く染まっていた。ただひとえにエシスの祈りがダーリの五体を繋いだのだ。
いったいどんな激闘だったのだろう。向かい合うミノタンロースとダーリ、その手に武器はない。大斧は盾を切り裂いたそのままに地を穿ち大地に刺さっている。そしてダーリの片手半剣は――。
その刺突、どれほどのものだったのだろう。赤熱のその片手半剣はミノタンロースの金剛の肌を貫き、肉を断ち、骨を砕き、壁へと縫い付けていた。
「ブ、ブモォォ」
ミノタンロースは吠える。己を縫い付けるその剣を抜こうとして。だが――
「とどめだ、ウィチタぁぁぁ」
ダーリが叫ぶ。
「わかった……」
ウィチタも震える声で、紡ぐ詠唱で答える。
「幾合もの剣劇、其は鋼を鍛えし円舞曲。踊るは炎、舞うは蛇。戦場に嗤う炎蛇の王よ、焼き尽くすべき敵の将はそこにあり」
精根尽きたのかウィチタの体は崩れ落ちる。だがその杖の切っ先はしっかりとミノタンロースに向けていた。
「ホント、これで終わりにしてよね。――
途端、赤熱した剣はなおもミノタンローズの身を焦がす。とっさに剣に手をかけるも、逆にその手はとぐろを巻く炎に巻き付かれる。
ミノタンロースに巻き付く炎は枝分かれし、胴に足に、丸太のごとき首に巻き付いていく。炎蛇が舐めた後に残ったのは炭化した肌。ミノタンロースはもがくも、その身の内を、外をのたうつ炎蛇に、徐々に動きを鈍くしていった。
そうしてすぐの後、壁に刺さった片手半剣を残してミノタンロースの姿は消え去った。その下にはドロップ品だろうか、黒光りする角と肉が残されていた。
「……これで、終わりか?」
「……終わりよ。もしおかわりがあっても、もう何も出来ないから……。どのみち“終わり”よね」
ぽつりと漏れたノスリブのつぶやきに、ウィチタはやけくそのような答えを返した。
「くくっ、確かにウィチタの言うとおり、おかわりが来たら何の抵抗も出来そうにないな。だけど大丈夫そうだ。あれを見てくれ」
刺さった愛剣を取りに行くこともせずに腰を下ろしたダーリ。だがその顔は笑って部屋の片隅を指さしていた。
その先にあるのは宝箱。それも、ゴブリンの部屋にあったような木箱とは違い、豪奢な飾り付けのされたものである。
「……あんなもん、あったか?」
それを目にしたノスリブが呆然とつぶやく。
だがそれにダーリは、いやと首を振った。
「なかったと思うよ。おそらくこのダンジョンのボスを倒したことで現れたのだろう。ダンジョンの踏破報酬と言ったところか……。詳しくはエシス――」
「はい、まだマスターがおらずコアの生成がされていない、自意識のないダンジョンは、概してボスが倒された場合宝箱が現れます。仮説として……」
そこまで言ったところでエシスは大きく息をついた。
「……いえ、講義はまた後でしますね。とりあえずそういうことが起きると覚えておいてください」
壁に背を預け座り込んだままのエシス。いつもの早口もなく、今は説明に回す気力も尽き果てているらしい。
「ま、そういうわけだから。あんた元気だったら宝箱開けといてよ。多分罠もないから」
「お、おう。わかったぜ姐さん」
ウィチタに言われ、一人余力のあったノスリブは宝箱に向かった。
「姐さん達の言葉を疑うわけじゃねぇが、一応調べてっと。………………ああ、確かに罠はねぇみたいだな」
ぎぃと押し開かれた宝箱。ノスリブの目に入ったのは……。
「ああん? 何だこりゃ? さすがにしけしけのしけじゃねぇか?」
「……何があったのよ」
「ん? いやな、これしか入ってなかったのよ」
ノスリブはウィチタに向けて宝箱から取り出したものを投げてよこした。
袱紗に包まれたそれは一枚の金貨だった。
「大仰な宝箱の中身がそれっぽっちじゃさすがにがっかりじゃね? これ以外には何もなさそうだし」
ノスリブは宝箱の中をためつすがめつしている。
受け取ったウィチタの方も、一枚かぁと落胆の表情を見せながら袱紗を開く。
「って、あんたこれ……」
「どした?」
手を止め振り返ったノスリブ。その先でウィチタがぽかんと口を開けて取り出した金貨を見ていた。
「あ、あ、あ、あ」
「どうした姐さん、そんな繁殖期のポチリゴエの鳴き真似なんかして」
「あんな醜悪な化け物と一緒にしないでよっ」
「はは、そいつはすまねぇな。で、どうしたんだよ」
「どうしたんだよって……」
ウィチタは口を開けて呆然とし……、そして頭を振り……、最後に大きくため息をついた。
「はぁぁぁ。ホントあんたって世間知らずよね……。冒険者なのにこれも知らないの?」
ウィチタの手に光る大ぶりの金貨。どうやらすごい物らしいという事はノスリブにもわかるのだが、いかんせん具体的にどんなものかはわからないので、、顎に手を当てそれらしく頷くしか出来ない。
一方、劇的な反応をしたのはエシスだ。
「そ、それはもしかして旧レムリア聖王国金貨じゃないですか?!」
先ほどまで精疲力尽の体で壁により掛かっていたというのに、金貨を見た途端、ウィチタのそばに這うようにしてにじり寄ってきた。
「うへっ」
その様子に思わず腰が引けたようになるウィチタ。だがエシスはかまわずウィチタの指先にある金貨を舐めるように見つめる。
「ああ、この色合い。傷一つない美麗な造形。おそらく、おそらくは間違いがない。ですが万が一と言うこともある。さ、ウィチタ。早く鑑定の魔術を!」
「そんな余裕はありませーん 見たらわかるでしょ。とりあえずこれ渡すから、好きなだけ見てなさい」
ウィチタは投げるようにして金貨をエシスに渡す。慌ててそれを手に収めたエシスは不満を漏らした。
「ああもう……。扱いがぞんざいですよ。全く常日頃からあなたという人は……」
「ああもう、うるさいわね。さっきだってノスリブが投げてよこしてたでしょ。それにたとえ落としたところで本物なら傷一つつかないわよ。傷が入ったら偽物ってわかるんだから、ある意味一石二鳥じゃない」
「そういうことじゃないんですよ、まったく……」
エシスは奪い取るようにして取った袱紗で、その金貨を大事に包む。
それを見ながらウィチタは、はぁと小さくため息をついた。
「……とまあ、普通の冒険者ならこんな反応なのよ」
「いや……、神官の兄さんのそれは特別じゃねぇかなぁ。……だがまあ言いたいことはわかったぜ」
ノスリブは顎をかきながら……、
「で、結局それってどんな物なのよ。浅学な俺に教えてくれよ。あ~と、姐さん」
未だ金貨を見つめるエシスから視線を外しウィチタに尋ねた。
「……ま、いいわ。簡単に言うとアレって金じゃなくて、もっと希少な金属の合金でつくられてるの。だからとっても貴重って訳」
「ほーーん。金貨一枚っぽっちでも?」
「そ、あれっぽっちの量でね。他にも歴史的価値とか色々あるんだけど、私たちにとって重要なのは金属そのもの。魔術触媒にも使えるんだけどな~」
ウィチタの視線に気づいたエシスが、視線から隠すように袱紗でしまい込む。
その様子に興味をそそられたノスリブは重ねて聞いた。
「なるほど、ね。ちなみに売るとおいくらくらい?」
「……さあ? どのくらいだったかしら。ダーリは知ってる?」
「さて……、そもそも市場に出回るものではないしね。ああ、でも確か前にオークションに出たときは白貨十枚以上で取引されていたかな」
「まじかよ……」
ノスリブは絶句した。白貨なんて貨幣は都市規模の取引で使用されるような貨幣だったからだ。
「まあそんなわけで、このダンジョン踏破は成功も成功、大成功なんだが……」
ダーリは額にしわを寄せた。
「それだけに困っている」
「ん?」
何のことかとノスリブは首をかしげる。それを見てウィチタは再度のため息をついた。
「あんたの報酬よ、あんたの報酬」
念を押すようにノスリブを何度も指さすウィチタ。
「あんたとの契約、報酬はクエストの成否にかかわらず固定、だったでしょ?」
「お、おう。そういやそうだったな」
ノスリブは気圧されるように頷いた。
ウィチタはなおも指さしたまま重ねる。
「つ、ま、り。契約そのままで行くと、あんたはその旧レムリア聖王国金貨が手に入った事による報酬を得られないって事なのよ。わかってる?」
「おっと、そういやそうだったな。……でもまあ、それは仕方がないんじゃね? 契約だし」
まるで今気づいたとばかりに、ノスリブは肩をすくめた。
「ふむ、ノスリブのそれは美点と言ってしかるべきだが、冒険者の、特に我々のようにそれなりに名の通ったパーティにとってはそうもいかないんだよ」
そう言いながらダーリはおっとり腰を上げる。
「要はメンツの問題だよ。我々にとって吝嗇であるという評判はあまりよろしくない」
「そりゃわからんでもないが……。俺が口に出さなきゃいいだけの話だろ?」
「まあ、それはそうだがね。ただ……、我々はお互いのことをそこまで信頼してはいない。そうだろ?」
「んな……」
ダーリの指摘にノスリブは鼻白んだ。
それを見てダーリはくっくと喉で笑った。
「おっと、はじめて君の素に近い表情が見れた気がするよ」
「…………趣味悪ぃぜリーダー」
ノスリブは困ったように手で顔を覆い天井を見上げた。
「いや、失礼。でもまあそう言った訳で君に報酬を渡すのは確定だ。おそらくギルドを立ち会いにする形になるだろう。面倒かもしれないが、そこまでは付き合ってくれ」
「……おーけー。わかったよリーダー」
「ふむ、では話もまとまったところで、そろそろ動くとするか」
ダーリは剣を引き抜き背負う。ウィチタやエシスも重い腰を上げた。
「はいはい、それじゃあ帰るとしますかね」
「いやあ、次来たとき、このダンジョンがどんな変遷をしているか、楽しみですね」
「え? 私しんどいしヤなんだけど。アレ使って研究もしたいし」
雑談を交えながらも警戒し、ダンジョンを後にする一行。その表情は明るかった。
◆
ダンジョンから出、ゴブリンの住み着いていた鍾乳洞の出口付近に近づいた時のことだ。
先頭を行っていたノスリブが足を止めた。
「どうしたの? 何かあった?」
不思議に思いウィチタが尋ねた。だがノスリブは首を横に振る。
「いや、何にもねぇよ。つーかこっから先は罠も何にもねぇから、俺がいなくても大丈夫だろ」
そう言ってノスリブは一行をすり抜け後戻りをしようとした。
「ちょっ、あんた、何言ってるのよ」
とっさにウィチタが手を伸ばすも、ノスリブはそれを避け進む。だがその先にいたのはダーリだ。
「どこに行くつもりだ?」
「ちょっとした忘れ物……、みないなもんがあってね。取りに行かなくちゃならんのよ」
「ダンジョンへか?」
それに対しノスリブは肩をすくめる事で答えを返した。
「なら一緒にいけばいいじゃない。しんどいけど……」
後ろからウィチタが声を掛けるが、ノスリブは首を横に振る。
「ありがたい申し出だが、姐さん。これは俺一人で行かなきゃならねぇのさ。リーダー達には迷惑を掛けねえようにするから、通してくんねぇかな」
ノスリブはダーリに目を向け、ギルドタグを取り出し半分に折ってダーリに投げてよこした。
「そいつがありゃ、俺がいなくても面倒ごとは避けれるだろ」
「…………」
「…………」
「……はぁ」
根負けしたようにダーリは肩を落とし、道を空けた。
「すまねぇな」
ノスリブが脇を抜ける。
「ちょっと!」
ウィチタが声を上げるが、ダーリは首を横に振って答える。
「ウィチタ、彼に補助魔法を」
「あーー、もう! わかったわよ」
彼女の手によりノスリブに魔法が掛けられる。
「今掛けられるのはレジストだけね。せいぜい1,2回しか効果ないから気をつけなさいよ。あとは反応即応系、これも効果は一回こっきりだからね。虎の子の触媒使ったんだから帰ってきなさいよ」
「十分だよ。すまねぇな、姐さん」
そう言い残し、ノスリブは振り返り駆けていった。
そうして彼が見えなくなってすぐ、
「それじゃあ帰りましょうか」
エシスが鍾乳洞の出口に向かって歩き始めた。
「そうだな……」
ダーリも後に続く。
「ちょ、ちょっと。待ってあげないの?」
慌てるウィチタにエシスが呆れた声で答えた。
「待っても戻ってきませんよ、彼」
「だろうな」
ダーリも肩をすくめてエシスの言葉に同意した。
「もし万が一戻ってきたとして、むしろその時の方が嫌ですね」
「報酬が渡さなきゃって? それはちょっとひどいんじゃない」
エシスの言葉にウィチタは憤慨する。
「ああ、いや違いますよ」
エシスは慌てて弁解した。
「報酬どうこうじゃなくて、私は彼と契約外で付き合いたくないという事です。さっきギルドタグ渡してましたし、契約は切れてるでしょ?」
「え? いや、でも……」
困るウィチタをエシスは呆れた目で見つめる。
「ホントウィチタは……。そんなんだから変な男にだまされそうになるんです。アレはあまりよくない人間ですよ」
「そ、そんなことないし。それにエシスも神聖術で信頼できるって……」
そう言いつつもウィチタの言葉は次第に尻すぼみになっていった。
「それはあくまで今回の契約に関して……ですよ。さ、行きますよ。ウィチタ」
ウィチタは困ったようにダーリを見つめる。だが、ダーリも首を横に振った。
「エシスの意見は言いすぎかもしれないが、私も彼を信頼していないよ。むろん彼も我々を信頼してない。どころかしようとさえしていない。理由はわからないがね。お互い信じ切れてないんだ、契約が切れたら素直に離れるべきだよ。むろん戻ってくることがあったら報酬は渡すが、その可能性は低いだろうね」
戻ってきたエシスに手を引かれウィチタは出口に向かう。
ふと振り返ってみた鍾乳洞の奥はもう見通せない。ただひやりと、風は奥へながれていった。
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