第27話 冒険者、探索をはじめる
「なんだあ? こいつは……」
罠もなく通り抜けた通路。その先にあった部屋は、緑の絨毯と言うにはいささか丈の高い草本が生い茂っていた。
「こ、これは……」
震える声にノスリブが振り返ると、そこには口に手を当てわななくエシスの姿があった。
「ちょっとどいてください」
「お、おい。あぶねえぞ。まだ何も調べてないんだ」
制止するノスリブを振りほどくようにしてエシスは生い茂る草に向かう。中にはとげのある草もあるだろうに、それにもかまわずかき分けるようにして奥へと進んでいった。
「こ、これはヤシイ草。いやこの裏筋からするともしかしたらミヤシ草かもしれない。それにこっちはリョカツターラじゃないですか」
エシスは一つ一つ確かめるように手に取っている。
「あ、ウィチタ。灯りをこっちによこしてください」
「何でそんなことわざわざしなくちゃならないのよ……」
ウィチタは口をとがらせ不平を言うが、そんなことはかまわずエシスはせかす。
「葉脈の形を確認したいんですよ。ほら早く」
「わかったわよ。まったく……」
ウィチタは肩をすくめて灯りをエシスの方向へと飛ばした。エシスはそれに取ったばかりの草の葉を透かして、ためつすがめつしている。
それを見てノスリブも小さくため息をついた。
「なあ、リーダーよ。いいのかよ、あんなんで……。一応敵もいるんだぜ」
ノスリブがチラリと見やる視線の先には、草本に隠れてアリのような魔物の姿があった。
「まあ、いつものことだしな……」
ダーリは困ったように頬をかく。
「それに、あの魔物は友好的……、とまでは言わないが、向こうから襲ってくるという事は滅多にないからね。よしんば襲ってきたとしても、それほど危険ではない。その時に倒せばいいだけさ」
ダーリの言葉にエシスが薬草を調べながら付け加える。
「あー、でも絶対火は使わないでくださいね。貴重な薬草が燃えてしまっては元も子もない。特にウィチタ、あなたは何でもかんでもすぐに燃やすんですから……」
「わかってるわよ、もう」
「……本当に、気をつけてくださいね」
指をトントンといらだつ仕草を見せるウィチタにさらに念押しをして、エシスは薬草を調べに戻った。
「ああなるとてこでも動かないな。少し待つとしようか。今回は俺が見張りをしておくから、ノスリブも少し休むといい」
「そうかいリーダー。それじゃあお言葉に甘えるとしますかね」
ノスリブが入り口そばの壁に背を預け、腰の袋に手を伸ばした。その時だった――。
「ごぉぉおおぉぉ」
「がぁぁああぁぁ」
天井の壁をすり抜けるようにして、2体の半透明の魔物――ゴーストが姿を現した。
2体は一直線に、薬草を吟味するエシスに向かっていった。
「――なっ」
慌てて体勢を整えようとするノスリブだったが、ダリーはそれを手で制す。
「あれくらいなら大丈夫だろう」
ダリーはチラリとゴーストの方に視線を向けるが、すぐに入り口の通路へと視線を戻す。
「だけどよう」
「まあ見てなさいって。あいつ、ああ見えてもいっぱしの神官なんだから」
心配するノスリブにウィチタはひらひらと手を振った。
だがその通りだった。エシスは迫り来るゴーストをチラリと見ると「邪魔ですね」と小さくつぶやき手を掲げる。
「《――
パンッ。エシスの手のひらで光がはじける。
「――うっ」
突然の閃光に思わず目を閉じるノスリブ。彼が次に目を開いたちょうどその時、二体のゴーストが苦悶の表情を浮かべながら消えていっていた。
「ばかねぇ。アンデッドが出てきたときに神官がすることなんて決まってるんだから、注意しときなさいよ」
目をしばたかせるノスリブに対し、ウィチタは慣れているのかしっかりと影をつくって対処していた。
「そりゃねぇぜ姐さん。まあ、次からは気をつけるけどよぉ」
「そうしなさい。エシスも気をつけてよね」
「そうですね。次からはそうします……」
何事もなかったかのように薬草を調べながら、エシスは上の空で答えた。
小一時間もたっただろうか。ひとしきり薬草を調べ終えたエシスは重い腰を上げた。
「どうだ? 満足したか?」
エシスの様子を横目で確認したダーリが話しかけてくるも、エシスは首を横に振る。
「とりあえずはここで終わりとしておきますが、まだまだ調査がしたりませんよ。どうにも植生もバラバラだし、生え替わりも異様な速度で行われている節があります。これはかのフィールドタイプダンジョン【黒迷の大森】にも見られる現象だけど、それよりも小規模な分効果が顕著になっているのかもしれません。これは間違いなくダンジョン――」
「――はいはい、わかったわかった。また次来たときに思う存分調べなって。ほら、さっさと次に行くよ」
なおも長々と話そうとするエシスに、ウィチタは上から言葉を重ねて話をぶった切る。
そうして、その手を引っ張って無理矢理薬草園から引き離した。
「ほーら、さっさと行くよ」
「わかりましたよ……。そんなに引っ張らないでください。ウィチタは乱暴なんですから、まったく……」
「はいはい。あ、ノスリブ、先導よろしくね」
「お、おう。そんじゃまあ、今度は入ってすぐ、まっすぐの方の通路を進むんだよな」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
ダーリの言葉に頷き、ノスリブは入り口の方へと足を向けた。
◆
一旦ダンジョンの入り口付近に戻り、今度はもう一方の道――入ってきて正面方向の道――に進む一行だったが、曲がり角付近でふと先導していたノスリブが足を止めた。
「――どうした?」
不思議に思いダーリが問いかけるが、ノスリブはそれに振り向かず腰を落とした。
「……いや、リーダー。ゴブリンの足跡がここで途切れててな。もしかしたらここに……」
顔を地面に近づけるようにして付近をまさぐるノスリブだったが、しばらくして声を上げた。
「ああ、やっぱりだ」
「なによ、落とし穴でもあるっていうの?」
肩をすくめるウィチタに、ノスリブは床を調べながらそうともとばかりに頷いた。
「さすが姐さん、わかってるじゃねえか。その通り落とし穴が隠されてるんだよ」
「あら、ほんとに? 解除の方は出来そうなの?」
「もちろん、……と言いたいところだが。……こいつは発動させた方が手っ取り早いな。みんな、ちょっと離れててくれ」
振り返ったノスリブの言葉に他の皆は頷き後ろに下がる。
それを確認したノスリブは、あらためて床に向き直った。
「ここをこうしてっと…………。よしっ」
――ガコン。
音と共に隠蔽が解除されたのか通路いっぱいの穴があらわになった。
それをのぞき込んだノスリブは、なるほどとばかりに頷く。
「ははあ、こうなってんのね。姐さん、出番だぜ」
「ん? なによ」
手招きされたウィチタが穴をのぞき込むと、そこにはアイビーグリーンの粘体生物――ウーズが穴いっぱいに広がっていた。
それを見たウィチタは納得したように頷く。
「あー、はいはい。これを焼けばいいのね」
「そういうこった。放っておいて万が一にちょっかい出されても嫌だからな。リーダーもそれでいいだろ?」
「ああ、任せる」
ダーリが頷いたのを確認したウィチタは持っていた杖を構えた。
「ウーズならこれくらいでいいかな――
ウィチタの言葉と共に、彼女の持つ杖の先に火球が現れる。ウィチタが杖を一振りすると先端にあったそれは、ごおとばかりにウーズに向かって放たれた。
ウーズも迫り来る火球から体を縮めて逃げようとするが、そこは広いとは言えない落とし穴。避けることは出来ず火球はウーズに命中した。
「ブィィィィ」
空気を震わせるような音を立ててウーズはのたうち回るが、命中した火球はなめるようにしてその全身を炎で追いつくしていく。
「さっすが姐さんの炎だ」
「……ふんっ」
ノスリブの軽口に鼻を鳴らすウィチタだったが、その実満更でもない顔をしていた。
そうこうしているうちに炎に巻かれたウーズは、熔けるようにしてその姿を消していった。
穴の中に残ったのは、ゼリー状の物質が一つだけである。
「ふむ。ドロップ品が残ったか……。これはここがダンジョンとみて間違いないだろうね」
落とし穴をのぞき込みに来たダーリが、そこに残ったゼリー状の者を目にして言った。
「ドロップ品?」
ノスリブの疑問に、後ろにいるエシスが答える。
「ええ。ダンジョン由来の魔物は、殺しても死体は残りません。代わりにドロップ品という物を残すのです。当然このドロップ品は倒した魔物由来の品になりますね。ただ、ダンジョン内の魔物がすべてドロップ品になるわけではないですし、ダンジョンの外の魔物でもドロップ品を落とす物が希にいます。これは、ダンジョンから発生した魔物が――――」
「お、おーけーおーけー。神官の兄さん、詳しい説明はまた後で聞くとして、ここがダンジョンの可能性が高まったという事だな」
「……まあ、そういうことですね。次の休憩のときにでも詳しく説明して差し上げます」
「……お、おう」
若干の早口で説明をするエシス。それをなんとか遮ったノスリブだったが、思わぬ約束をさせられ顔を渋面にした。
(やっちゃったわねぇ、ああなると後で確実に捕まるわよ~。1時間は覚悟しなさい)
小声で告げるウィチタ。
(うへぇ。勘弁してくれよ。助けてくれよ姐さん)
(し~らないっ。ま、せいぜい頑張ってね~)
ひらひらと手を振り離れていくウィチタの向こうには、考え込むようにぶつぶつとつぶやくエシスの姿があった。
「…………まずはダンジョンのドロップ品について……。……いや、彼はダンジョンについてのそもそもの知識…………。……であれば、ダンジョンの発生理念、神話から……」
その姿を見てノスリブは額に手を当てかぶりを振った。
「マジかよ……」
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