第21話 忘れられていた的男

 お風呂に入ってた奴らが出てきたところでちょっとした祝勝会を開くことにした。

 こういうときはマイルームでトイレ付き介護用大型ユニットバスを手に入れたのが当たりに思えるな。

 何せ風呂はみんなでは入れるくらいに広いし、脱衣所も昔の小さな銭湯くらいの広さが合って、みんなで座れるくらいはある。

 これがワンルームだったり1Kだったりしたら窮屈さを感じてただろうし、下手したら風呂もシャワーだけで湯船はなかっただろう。

 ただまあ、風呂とトイレがワンユニットであるから、同時に使えないことが難ではあるけれども……。後は火が使えないのもちょっとしんどいかもしれない。風呂のお湯も当然沸騰した温度なんて出ないから、カップラーメンとかが食べづらいんだ。

 まあ、そんなことはいいか。これ以上みんなを待たせても悪いし。

 俺は脱衣所に集まった皆に話しかけた。


「今日はあらためてありがとう。おかげでピンチを脱出できた。本当にささやかだけどお祝いをしようと思う。ジョンとジェーンはすまないけどその間ダンジョンを見ててくれ。後で埋め合わせはするから」


 ゴーストの二人は快くOKしてくれた。

 そうしてみんなが拍手と音楽で迎えてくれた中、新しく出した食器セットの上にごちそうを出す。まあご馳走って言ってもワンコインガチャで当たったスナック菓子のアソートを開けただなんだけれども。

 それでもムリアンのみんなはおいしそうにそれらをついばんでいる。ウーズも身体を伸ばしそれを取り込みゆっくりと消化をしていっていた。俺も手に取るか。


 ……ああ、塩味とアミノ酸が身にしみる。まさに幸せのお菓子だ。

 次に右手のコップを見る。そこにはいつものおいしい水ではなく、黒いシュワシュワが入っている。

 そう、コーラだ。これも今日のワンコインガチャで出た。まるであつらえたかのようにパーティ用品が出た形だ。このほかにもトランプやら髭眼鏡やらも排出されたがそれは放置。何となくチャラ神の作為を感じるしな……。

 くっとあおるように飲む。ああ、久々の炭酸。……しみる。


 そうして目をつむり味わうようにコーラを飲んでいると、クイクイと袖を引かれた。


「ん?」


 見るとナーネが俺のそばに来て、物欲しそうにコーラを見ている。

 どうやらコーラが気になるらしい。


「なー、なー」

「ナーネも飲みたいのか? でもこれって結構好き嫌いがあるぞ?」


 小さい子は炭酸飲料が飲めないこともあるしなぁ。特にこっちの世界ってきつめの炭酸飲料ほとんどないだろうし。

 そう思ったが、ナーネは大丈夫とばかりに胸を張った。


「ななっ」

「そっか。ならナーネも一緒に飲もうな」


 新しいコップを出してコーラを注ぐ。


「なーーっ」


 するとナーネは勢いをつけてそのコップに足から飛び込んだ。

 おおっ、大丈夫か? そんな俺の心配をよそにナーネは満面の笑みでコーラにつかっている。


「な~なな~♪」


 かなりご機嫌なようだ。そういやナーネ、水とか飲むときも身体をつけるようにして飲んでたものな。そこら辺は植物モンスターと言ったところだろう。

 炭酸だし大丈夫かとも思ったが、あの表情を見る限りは大丈夫なようだ。それならいっか。


「後で身体がべたつくかもしれないから、お風呂に入るんだぞ」

「なっ」


 大きく手を上げて返事をするナーネを見て、俺もコーラを飲もう。そう思って手を伸ばすがその手は空を切った。


「あれ?」


 ないぞ。どこいった。

 周りを見渡すとすぐに犯人は見つかった。


「あら、これは確かに独特の感触。癖になりますね」


 こくこくと喉を鳴らして俺のコーラを飲むイリスの姿があった。


「あ、おい。なに俺のを勝手に飲んでいるんだよ」

「だってマスター、私にはなにもくれないんですもの。仕方なく、ね」

「何が仕方なく、だ。妙にしなをつくってるんじゃないよ。出会った頃ならともかく、今はもうだまされんぞ、もう本性はわかってるんだ」

「ああ、出会ったばかりのかわいいマスターはいずこに……。あ、いえ。そんなものはいませんでしたね」


 よよと目元を拭うイリスだったが、ふと思い直したかのようにコップに新たなコーラを注ぐ。


「あ、こら。そんなに勢いよく飲むなよ。いくら500ml缶でもたった一本しかないんだぞ。大体イリスさんの主食は電気じゃなかったのかよ」

「正確に言うと電気でもでもいい、ですね。むろん他にも方法はありますし、様々な方法をとった方が好感度は上がりやすいです。ちなみに私にとってこれは嗜好品に近いものですね」


 そう言って掲げたコップを一息に飲み干した。


「はあああああ」


思わず悲痛な声が喉から出てしまう。それを聞いてイリスは耳を塞ぎ顔をしかめた。


「なんて声を出してるんですか。……はいはい、そんな目をしなくても返してあげますから。ほら、手に持って」


 イリスが俺の手に空になったコップを手渡す。そうしてもう片手に持った缶の方からコーラを注いでくれた。

 だが注がれたその魅惑の液体はコップの途中、半分にして動きを止めた。


「あれ……」

「……………………」


 イリスは、「あ、まずった」という表情で缶を逆さに振るが、もう一滴も出てきやしない。


「…………」

「そ、そんなコップをもって止まったりして。……もしかして間接チューになるのが気になるんですか。今回の所は私、気にしませんから。ほら、ぐーっとぐーーーっと」


 慌ててごまかすように言葉を重ねるイリス。珍しく……もないか、そんな慌てたそぶりのイリスも今は目に入らなかった。

 でもそれはコーラがなくなったからではない。

 俺は壁のディスプレイに映し出された洞窟の入り口をじっと見つめいていた。

 イリスも俺の視線に気づきディスプレイを目を向ける。


「あ……」


 思わずと言っていいような、そんな声が喉から漏れた。

 そう、画面には入り口いっぱいにはなろうかという影が映し出されていた。マイルームの皆も俺たちの視線に気づきディスプレイを見上げ、そして絶句する。

 このままではマズい。即座にゴーストの二人を洞窟の入り口にまわした。

 そうして影はジョンとジェーンの歓待を受け、がくりと膝をついた。背中いっぱいの荷物がガラガラと崩れ落ちる。


「ご、ごぶ~~」


 荷物に押しつぶされるようにして、そのゴブリンは声を上げた。


「あ、そういや寝室の材料を取りに行ってたな」

「ご、ごぶぶーーー」


 思わず漏れた俺の声に、うちのゴブリンは悲痛な声で叫ぶ。だがそれに反応するものはこちらにはいない。みんな視線を合わせないように顔をそらしていた。

 あ……、みんなも忘れてたのか。よかった、俺だけじゃなかった。


「す、すまんな。ダンジョン外にいたから通信できなかったんだ。決して忘れてたわけじゃない」

「ごぶ? ごぶ~~?」


 俺の声にゴブリンはいささか懐疑的な表情だ。


「いや、そんなことはないぞ。今回はお前のおかげであの偉そうなゴブリンを撃退できたんだし。最後には居合わせれなかったけど、お前の活躍はしっかりと見てたぞ」

「ごぶぶ、ごぶぶ」

「もちろん、ホント助かったって。お疲れ様もかねてちょっとした歓迎を準備してるからさ。とりあえず風呂場に呼ぶから、シャワーでも浴びて身体をすっきりさせてからこっちに来なよ」

「ごぶーぶ」


 わかったと頷くゴブリンを風呂場に転送する。よし、あいつがシャワーを浴びている間に……。

 俺は周りのみんなに目配せをする。皆もわかったというように頷いた。よし、心は一つだ。

 お菓子の包装紙は全部タブレットのゴミ箱に捨てるとして……。あ、ウーズ、包装紙も食べちゃう? よし、じゃあ全部片付けて?

 残るハッピーなお菓子は二つか。結構みんな食べたんだな。だが残る二つはゴブリンにおいておいてあげよう。あ、こら! 怠惰ムリアン、食べようとするんじゃない。ウーズ、そいつのこと見張っといて。

 後はコーラか。断腸の思いだが、このコップ半分のコーラはゴブリンに上げるとしよう。ナーネは……、よしのみ終わってるな。そっちにはあらためておいしい水を入れておいてっと。


「こんなものか……」

「そうですね、大丈夫でしょう」


 イリスも辺りを見回し確認する。よし、概ね大丈夫なようだな。


 ――ガラッ。

 ちょうどその時、シャワーを終えさっぱりとしたゴブリンが扉を開けた。


「♪~~♪~~」


 即座にムリアン達が歓待の音楽を鳴らす。


「ごぶ!?」


 驚き戸惑うゴブリンに、間髪いれず俺は言った。


「よくやってくれた、ありがとう。ホントにささやかだがご褒美を用意した。どっちも俺の世界のものだから珍しいんじゃないかな。是非食べて飲んでくれ」

「ご、ごぶぅ。ごぶぅぅ」


 俺の言葉にゴブリンはむせび泣いた。だけど、その姿を見ると微妙に心が痛む。イリスを含め周りの皆も微妙に居心地が悪そうにしている。多分みんな完全に忘れてたからな。

 なにげに1番の功労者だろうに忘れててごめんな、ゴブリン。口に出すことはないだろうけど、心の中で謝っておくよ。

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