第20話 お疲れ様的お風呂

 程なくしてダンジョンないのゴブリンの掃討は終わった。

 それなりに数はいたはずなのだが、なんだかんだであの偉そうなゴブリンがいなくなって統率が取れていなかったのもある。

 それになにより、鬱憤を晴らすかのように動き回ったゴーストのジョンとジェーン、加えていつもは落とし穴から出ることのないウーズも外に出てきて暴れ回っていた。よっぽど腹に据えかねていたのだろう。

 まあ汚物の処理を、しかも直接にやらされていたわけだ。そんな反応をするのもむべなるかな。


「……なんとかなったなぁ」

「そうですね。一時はどうなることかと思いましたし、最後はなんとも締まらない形となりましたが、とりあえずの危機は脱しましたね」


 最後の一匹がウーズに取り込まれたのを確認して画面を切り替えた。

 同時に肩の力が抜け、どっと疲労が押し寄せてくる。存外緊張していたようだ。

 ナーネもまるで、お疲れ様とでも言うように足をポンポンとたたいてきた。俺も答えるようにその頭を指でなでる。


「な~、な~~」


 困ったようにして笑うナーネ。うん、とってもかわいいな。

 イリスが、目を見開き口に手を当ててこちらを見ているが気にしないことにする。ふふ、うらやましかろう。


「く、くやしくなんてないんですから」


 キッと言う目でイリスがこちらを見てくる。なにを口走ってるのやら。

 ……まあでも、これくらいにしとくか。あんまりやってるとなに報復されるかわからないし。


「とりあえずは、あのゴブリンがここに居座って以降、ダンジョンに出ずっぱりになってた奴をねぎらわないとなぁ」


 話をそらすようにイリスに話しかけた。いや、実際話をそらしたんだが……。


「……いいでしょう。その話に乗ってあげます」


 不承不承と言った様子でイリスは頷いた。

 だが一方でその手はナーネを招き寄せ、膝の上で抱っこをしている。

 ちくしょう、奪われた。イリスも視線だけこちらにおとがいを上げる。

 く、悔しくなんかないんだからっ。


 ――いや違う、待て待て。遊んでる場合じゃない。早く奴らに休みを与えないと。俺はブラック上司じゃないんだ。

 タブレットを操作しディスプレイに薬草園を映し出す。

 そこには、あのゴブリン達が来た時点でダンジョンに出ていたムリアン達――全体の約半数くらい――が、こっそりうかがうように草葉の陰から周りをうかがっているのが映っていた。


「お前ら、ありがとな。なんとか掃除が終わったからこっちに呼び出すぞ」


 そう告げてタブレットを操作する。

 うん、マイルーム呼び出しにかかるDPもゼロだ。このことからも、完全にダンジョンから敵を掃討したことが確認できる。敵が残っていたらDPがかかるからな……。


「♪~~♪~~」


 そうして呼び出したムリアン達を、マイルームの方で一緒にいた残り半数のムリアン達が音楽をもって迎えている。


「よしよし、なんとかゴブリン達に見つからずによく隠れててくれたな。もし見つかって騒がれると、また面倒なことになってたかもしれないからなぁ……。あらためてありがとう」


 俺はムリアン達に頭を下げた。ムリアン達はいいよいいよとばかりに首を振っているが、今の俺には感謝を伝えることしかできないからな。それだけはしっかりと伝えていこうと思う。


「はいはい、お互い頭を下げあうのはそれまでにしておいて、湯船と風呂桶にお湯を張っておきましたから、あなた方はお湯につかって疲れを癒やしてきなさい」


 ぱんぱんと軽く手をたたきながら、イリスが優しく告げた。どうやら俺がムリアン達と話している間にお風呂の用意をしてきてくれたらしい。

 こういう所は気が利くんだよなぁ。もっと俺にも気を使ってほしいものだ……。

 そうしてムリアン達もイリスに促されて風呂場へと向かっていった。


「…………」

「…………」


 俺とイリスの間に沈黙が舞い降りた。

 とは言っても気まずい沈黙ではない。どちらかと言えば、あるのは困惑だ。

 なぜならダンジョンに残っていたムリアンのうち一匹だけ取り残されていたからだ。

 しかも別にみんなに無視されて取り残されたとかじゃない。へそ天の上に大きな鼻提灯までつけて眠りこけている。


「……こいつってやたら仕事さぼってたムリアンだよな。もしかしてこいつも農園にいたのか」

「……こんな高いびきでよく見つからなかったものです」


 俺とイリスの言葉に、リーダー格の指揮棒を持ったムリアンは、申し訳なさそうに身を縮める。

 いや、お前が悪いわけじゃないよ。君らは頑張ってくれたんだし。

 俺は残ったムリアン達をなだめるが、その間にイリスは行動をおこしていた。


 ――ガラリ。

 風呂場へと続く扉を開けると……、


「こんなものはこうです!」


 そう言っていびきをかいているムリアンをむんずとつかみ、湯船に向かって投げ捨てた。

 そうして、ぴしゃりと扉を閉める。

 何やら扉の向こうでバシャバシャともがくような音が聞こえるが……。そりゃまあそうだろう。起き抜けに風呂に投げ捨てられたんだ慌てもする。

 さすがにかわいそうかなと思いリーダーの様子をうかがうと、それでいいとばかりに頷いている。

 ……いいんだ。


「いいんですよ、たまには。あの子よくサボってるんですから、いい薬になったでしょう」


 イリスもそう言いながらパンパンと手をはたいている。

 そっか……、いいのか……。

 ……まあ風呂場には仲間がいるんだからそう溺れたりはしないだろう。

 うん、よしっ。気持ちを切り替えるか。


「とりあえず他の奴らもこっちに呼び出すか……。いや、その前にジョンとジェーン。二人にダンジョンのことを任せていいか?」


 追加でゴブリンは来ないとは思うが、それでもダンジョンをカラにはできないからな。

 ゴーストの二人に連絡を取ると、二人は宙に大きく円を描いて答えてくれた。よしよし、大丈夫なようだ。それどころかやる気満々に見える。まあ、肝心なときにいなかった分遅れを取り戻したいって言うのもあるんだろう。

 ……とりあえず二人に任せておけば大丈夫かな。幸いなことにそんなに大きなダンジョンじゃないし、外にいるのもゴブリンだ。あの偉そうなゴブリンみたいな特殊な奴がそう何匹もいるとは考えづらい。


「それじゃあ、後はモンスターチェアも呼び出すか」

「ガタリ」


 画面上で嬉しそうにモンスターチェアが揺れた。……あいつダンジョンに出されてから妙に感情を表すようになったな。マイルームにいたときは静かに気配を消してたのに……。

 そうしてモンスターチェアを呼び出す手はずをしていた俺の手をイリスが押さえた。


「アレはいいです。放っておきましょう」

「!!」


 画面上のモンスターチェアは「え!?」っとでも言いたげに固まっている。


「アレは結果的にゴブリンの始末をつけたとは言え、一歩間違えばこちらの存在が露見していた可能性もあります。罰として一時最後の部屋の見張りをさせましょう」

「いやでも、一応頑張ったし……」


 なんだかんだで丸一日ゴブリンの椅子として耐えていたんだからとイリスに取りなしはしたが意見は覆らない。


「ダメです。そもそも我慢忍耐がモットーのイミテーションモンスターが、たった一日で音を上げるとは何事ですか。ムリアン達でさえ隠れて息を潜めていたというのに……」

「それはまあ、たしかに……」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。まあ例外のムリアンもいるにはいたが、そこはあえて言うまい。

 俺はごめんよという風に画面に向かって手を上げる。

 モンスターチェアは裏切られたとばかりに身体を固めるが仕方ない、俺はイリスには逆らえない。ここは諦めてくれ。

 何やら察したのかすごすごと扉の前に移動するモンスターチェアの背はすすけていた。芸が細かいな、おい。


「よし、気を取り直して次にいくか。というか次が最後だな。ウーズ、大丈夫か?」


 画面を見ると、またもジョンが大きく丸を描いている。どうやらウーズの食事は終わったようだ。

 画面の中心をウーズに変えて話しかける。


「ウーズもありがとう、よく我慢してくれた。こっちに呼び出しても大丈夫か?」


 そう聞くとウーズはいやいやという風に身体を揺らし、こちらの呼び出しを拒否した。

 う~ん。どうしたんだろう。


「いったいどうしたんでしょうか。特に拒否する理由があるとは思えないのですが……」


 イリスも首をかしげている。


「そうだよなぁ。あいつ、ゴブリンの汚物の処理に使われてたんだ。見た目上は汚れていないとは言えあまり気分のいいものじゃないし、早く風呂に入りたいと思うんだけどなぁ」


 とは言えウーズは俺たちとは違い粘体だし、感じ方が違うんだろうか……。

 そんなことを考えているとナーネが俺の腕を引っ張ってきた。


「なっ! なーー」


 引っ張る先は風呂場の方。


「なに? ナーネもお風呂に入りたいのか? でも今はムリアン達が使ってるからな。ちょっと待っててくれ」

「ななっ」


 俺の言葉にナーネは首を横に振る。


「そうか~、そんなに入りたいなら仕方ない。ちょっとムリアン達に聞いてみるか」


 そうして俺が腰を上げたときだった。イリスが、ああと言って手をたたいた。


「なるほど、お風呂ですかナーネちゃん。さすがですね」

「なな~」


 イリスの言葉にナーネは得意げに腕を組む。一体どういうこと? なんで二人で通じ合ってるの?


「あら? もしかしてマスターはまだおわかりにならないので?」


 イリスが得意げにおとがいを上げてこちらを見てきた。


「ぐぬっ」


 く、くやしくなんてないんだからっ。


「まあ今回はこれくらいにしてあげましょう。気づいたのはナーネちゃんですし、遅くなって困るのはウーズですからね。ナーネちゃんは、ウーズはお風呂場に召喚して欲しいんじゃないかと言いたいんですよね」

「ななっ」


 その通りと言わんばかりにナーネは頷く。


「え!? 呼び出す時って場所を選べるの?」

「……え!?」


 イリスはまるで、そこから? とでも言いたげな目で俺を見た。いや、初耳なんだけど。


「えっと、マスター……。マスターがダンジョンに罠とかを設置したり、ダンジョンモンスターを送り込む際に座標を指定してましたよね。当然モンスターをこちらに戻すときも座標を指定できます」

「マイルーム内も?」

「はい、マイルーム内もです。今までは特に座標を設定しなかったから目の前に現れていただけですよ」


 そうか……、そうだったのか。

 ということはイリスの初召喚の時もちゃんと座標を設置していればあんな恥ずかしい目にあわなくてすんだのか……。


「はい、あの恨みは忘れておりません」


 なんで心を読むのさ!

 いや、それにあのときは切羽詰まってたから仕方ない。俺はこほんと咳をして話を変えた。


「ま、まあ。それはともかくとしてウーズに聞きたいんだが、お風呂場に呼び出すのなら大丈夫か?」


 今度は勢いよく縦に身体を揺らした。どうやらオッケーのようだ。むしろ早くやってと言わんばかりに身体を揺らしている。

 よしよし、どうせなら湯船に呼び出してやろう。タブレットを操作し召喚場所を指定する。すると――、

 ――ばしゃーーん。

 風呂場の方で勢いよくお湯が跳ねる音が聞こえた。

 おお、なかなかの勢いだったな。


「マ、マスター」


 珍しくイリスがおじおじと言った様子で話しかけてきた。


「どうした? イリスさん」

「いえ、確か風呂場にはムリアン達がいたのでは……」

「あ……」


 慌てて風呂場の扉を開く。そこでは器用にシャワーを浴びたり風呂桶に使ったりしていたムリアン達が、びっくりして湯船に落ちてきたウーズを見ていた。よかった、どうやら無事のようだ……。

 いや違うか。ウーズが器用に身体を動かし風呂底から一匹のムリアンを拾い出した。ウーズはその身体を触手のように使い風呂縁にそのムリアンを置く。

 あれはサボり魔のムリアンだな。そうか、あいつは湯船に放り込まれていたわ。大丈夫なんだろうか……。

 風呂縁に置かれたそのムリアンは、キョロキョロと辺りを見回しウーズの姿を確認。怒るかと思いきやその身体に上ってくつろぎはじめた。

 大物過ぎるだろ、あいつ。


「大丈夫なようですね」

「そうだな……」


 イリスはなんとも釈然としない様子でこちらを見てくる。


「本当にマスターの呼び出すモンスターはちょっと……」

「ちょっとってなんだよ。俺のせいじゃないよ。大体もしそうだとしたら、代表格はイリスさんになるんだよ」

「それはダメです。あのムリアンがちょっと変わり者なだけでしょう、ええ」


 変わり身早いな。手首ドリルになってるんじゃないだろうか。……メイドロボだしあながちないとは言えないか。

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