第19話 拍子抜け的撃退

 風呂にも入ってさっぱりした。もうくさいとは言わせない!

 加えてゴーストの二人が復活できる時間はお昼。というわけで少し早いお昼ご飯も食べた。

 験を担ぐためにも豪勢に、なんとカツ丼だ。しかもあのカツ丼チェーン店のカツ丼。

 おれ、ここのソースカツ丼好きなんだよなぁ。行く度に割引券くれるから、割引券の期限が切れる前に行かなきゃって強迫観念に駆られて通ってた思い出……。


「マスター、それはそのチェーン店の手のひらで転がされてませるといいます。いわゆるカモですね」

「いいんだよ、おいしいんだし。結果的にワンコインでこれだけのものが食べられるんだ、十分だろ」


 サクサクの衣で上がってカツを前に突き出す。まさにできたて、おいしそうだ。

 ざくり。

 噛みしめると熱々の肉の味が広がる。ああ、なつかしい……。

 ご飯事情に関してはここよりも地球の方が遙かにいいからな。

 たまにまともな、できたてのご飯を口にすると少し向こうが懐かしくなってしまう。

 こっちにはレンジもないから普通の弁当やおにぎりは暖められないもの。

 熱々のものって、できたての弁当とかを作ってる店のものがガチャで当たらない限り食べられないし……。

 こっちのものなんて当たった日には、正直口に合わないものも多いし。


 そんなこんなで腹を満たし、ナーネと共においしい水で一息ついていると、イリスが時間を告げた。


「マスター、そろそろゴーストの二人の復活クールタイムがあけます」

「わかった、ありがとう」


 タブレットを手に取りダンジョンモンスターの画面を映し出す。

 よし。ジョンとジェーン、二人のゴーストのクールタイム開けまであと数秒と言ったところだ。こういう所はさすがだな、イリス。


「もっと褒めてもいいんですよ」


 イリスがふふんとドヤ顔でこちらを見る。

 嫌だよ、そんなこと。絶対調子に乗って何か一言言ってくるじゃんか。

 何よりさっきから俺の心を読まないでいただきたいものだ。


 よしっ。

 一息吐いて復活のボタンをタップしようとする。

 ……するんだが、なかなか指が動かない。


「何をしてるんですか、マスター」

「……いや、あいつら俺のミスで死んだようなものだし。どんな顔であえばいいのやら……」


 俺の言葉にイリスは、はぁぁぁぁと深いため息をついた。


「この期に及んであなたはなにを言っているんですか。そんなことあの二人は気にしてませんよ。それに何よりマスターが二人を復活させないまま一定時間過ぎたら、DPを使っての復活もできなくなって本当に死んでしまうんですよ? ……まあ、ゴースト相手に死んでしまうと言うのも変な話ですが……」

「確かにそれはそうなんだけど……」


 イリスの言葉の通りさっきまで復活のクールタイムが出ていた場所には『23:59』と今度は復活までのリミットタイムが表示されている。しかもそれは刻々と短くなって言っているのだ。


「わかったらさっさと復活させてあげてください、ほら早く」

「そうだ……、な」


 ふぅぅ。よし、押すぞ。よしっ。

 ゆっくりと、だがしっかりと指は進めていく。


「ああ、もう。ナーネちゃん!」

「なっ」

「え!? あ、あああ」


 ナーネが焦れたイリスの指示に従って俺の腕に乗ってきた。その衝撃で指がタブレットに触れてしまう。

 すると目の前に召喚時と同じような魔方陣が描かれた。

 そうして考える暇もあらばこそ、目の前にモヤ状の影が二つ現れ始める。


「えぁ!?」


 心構えができてなかっただけに変な音が喉の奥から漏れでて、つい手を床につき顔を下げてしまう。


「ごおぉぉおぉ」

「があぁぁあぁ」


 二人のうなり声が聞こえる。その声は低い。やはり怒っているようだ。

 ここは平謝りの一手しかないだろう。


「すまない。俺のミスで二人を死なせてしまった」

「……ごおぉぉおぉ」

「……があぁぁあぁ」


 やはり謝るだけでは納得できないか。とは言え詫び菓子の一つも用意できないこの身では、モラハラ人生で培ってきた謝罪スキルも十全に発揮できない。いったいどうするべきか……。

 そんなことを考えていると、イリスがパンパンと手を打った。


「はいはい三人とも。顔を下げてばかりじゃ話になりません。とりあえず顔を上げなさい。特にマスター、あなたが一番先に頭を下げてどうするんですか」

「ななっ」


 同意するようにナーネが腕をたたいてくる。

 え!? 頭を上げてもいいのか……?

 おそるおそる顔を上げると、同じように目の前で下げた顔を上げているゴーストの二人と目が合った。


「ごぉお」

「がぁあ」

「あ、いや。こちらこそごめん」


 またも三人で同時に頭を下げる。


「何でまた頭を下げる! コントですか! はい、三人とももう一度頭を上げるっ。次は下げない。わかりましたね」

「ナナッ」


 強いイリスの言葉に同意するようにナーネも声を上げた。

 その声に従って顔を上げると、同じようにしてゴーストの二人もこちらをうかがっている。

 今度は目を落とさないように軽く頭を下げる。すると二人も同じように軽く頭を下げてきた。


「今度はお見合いですか……。まあいいです、これで話が進みそうですし……。まずはマスター、さっきも言ったように二人は死んだことを気にしていません。……いませんよね」

「ごっ」

「がっ」


 イリスは確認するようにゴーストの二人に問う。それに対し頷くジョンとジェーンの二人。そこにはモンスターチェアに対してのような無理矢理感はなく自然な感じに見える。


「マスター、理解しましたか? ですのでマスターの役目は、強いて言うなら次はもっとよい命令を与えることです。いいですね?」

「はい……」

「よろしい」


 答える俺に、イリスは鷹揚に頷く。


「次にジョンとジェーン。あなた方が復活のために使われたDPを負担に感じることはわかります。ですが、それならば次の機会に使ったDP以上の働きを見せればいいことです」

「ごお!」

「があ!」


 諭すようなイリスの言葉に、二人は勢いをつけて頷いた。


「マスターが例のゴブリンを倒す方法をあらためて考えたようです。最後の詰めは二人になりますから、そこで挽回してください。ですよね、マスター?」

「あ、ああ。なんとかしてあの偉そうなゴブリンを寝かせる。その後、二人がこっそり忍び寄ってドレインをしてあいつをやってもらいたい。ただし、進入口はそこの扉からだ。だから決して相手にばれるわけにはいかないスニークミッションだ。やれるか?」

「……ごおぉぉおぉ」

「……があぁぁあぁ」


 作戦――と言っていいものかどうかは疑問だが――を説明すると、二人は勢いよく何度も首を縦に振った。

 よし、戦意は十分のようか……。

 チラリとイリスを見ると、彼女も頷いている。

 それなら――。俺は事前に説明をしてあったゴブリンに通信し、作戦の決行を伝えた。





 画面の向こうでは、あの偉そうなゴブリンがモンスターチェアに座り、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら物思いにふけっている。

 目はつぶっているもののその手はモンスターチェアをなぞるように指を這わせており、眠っていないことがうかがえる。


『!!』


 モンスターチェアがびくりと反応した気がした。

 どうやらゴブリンの這わせた指の気持ち悪さに、我慢の限界が来たらしい。

 ゴブリンも何かに気づいたのか、おやというような顔をしている。


「マズいな、気づかれたかもしれん」

「いえ、まだ大丈夫かと。ですが時間の問題ですね。少し早いですがうちのに行動をさせるべきでしょう」

「そうだな……。よし、動いてくれ」


 ゴブリンに指示を出す。

 頼むぞ。うまいことその口車に乗せてくれ。拳を握り祈るように画面を見つめる。


「ごぶごぶ。ごぶごーぶ。ごご、ごぶごぶ」


 俺の必死な気持ちを代弁するかのように、うちのゴブリンが大仰な身振りで偉そうなゴブリンを説得しているのが見える。

 だが偉そうなゴブリンは椅子に座ったまま首を横に振った。


「だめか……」

「ふむ、そうですね。もう少し待ってみますか?」


 イリスの問いかけに俺は首を横に振って答える。


「いや、そろそろモンスターチェアも限界のようだ。これ以上の時間稼ぎは無理かもしれない」

「……アレにはもっと物理的に言い含めておくべきでしたか。戻ってきたら折檻が必要ですね」


 いや、結構我慢したと思うよ。あのゴブリン、服の下は生尻だろ。拭いたとはいえトイレのあとの尻がそのままのってるのはつらいと思う。

 まあ、だからといってあいつの我慢が限界を迎えたらマズいのは確かだから口には出さないけれども……。


「う~ん。とりあえずゴブリンはあいつがいつ眠たくなってもいいように、寝床を用意してやってくれ。あいつが拒否っても無視だ、無視。寝床がそばにあったら気が変わるかもしれん」


 俺の指示にゴブリンは後ろ手で合図をしながら偉そうなゴブリンに話しかける。


「ごぶぶ。ごぶごーぶ、ごごぶぶ。ごぶごぶごぶ」


 そうしてゴブリンは部屋を飛び出していった。

 あいつにはせいぜい寝心地の良さそうな寝床を用意してもらわないとな……。モノがあればあの偉そうなゴブリンも気が変わるだろう。

 そんなことを考えていると、イリスが肩を揺すってきた。


「マ、マスター。画面を見てください」

「え!? あ? 嘘だろ」


 画面の向こうでは、あの偉そうなゴブリンが目を閉じている。先ほどまでと違って指は動いていない。もしかして本当に眠ってしまったのだろうか。


「マスター、どうしますか?」

「いや、まだ眠ったかどうか確信できない。それに寝たとしても、その眠りはまだ浅いだろう。もう少し待ってみる」

「……確かに。そうですね――」


 イリスが言い終わる暇もあらばこそ偉そうなゴブリンの腰掛けた椅子、モンスターチェアの座面に大きな口が現れたのが見えた。


「おい、バカ。やめろ」

「え!?」


 モンスターチェアは俺の止める声も聞かず、その牙を偉そうなゴブリンの尻に突き立てた。


「!!」


 ビクンと偉そうなゴブリンの身体が跳ねる。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 イリスやゴースト達、それにちびっ子ズと一緒に食い入るように画面を見つめること数瞬。偉そうなゴブリンは動かない……。


「どうやら眠ってしまったようだな」

「……そうですね。モンスターチェアの能力が効いたかどうかは別として、完全に寝てるようです」

「どうしよっか、イリスさん」

「……とりあえずゴーストのお二人を向かわせてはどうでしょう」

「そっか。そうだな」


 ジョンとジェーンにの二人に命じて、偉そうなゴブリンに対するドレインと後始末を頼む。


「ごぉぉ」

「がぁぁ」


 俺の声に応える二人も心なしか力ない。

 まあそうだよな、スニークミッションに気合い入ってたもんな。

 でも俺も同じだよ。これでも結構決死の覚悟をしてたんだ。なのにこのざまですわ。しまらないよなぁ。


「ま、まあこれで危機を脱することができたわけですから、ひとまずそれを喜びましょう」


 イリスの言葉もどこか無理をしているように聞こえる。でも、ま……。


「そうだな。結果的には倒すことができたんだ。喜ぶとしようか」

「なー!」

「♪~」


 ナーネも手をたたき、ムリアンもファンファーレを奏で盛り上げてくれている。

 よし、とりあえず残ったゴブリンを掃討したら、お祝いをすることにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る