第18話 衝撃的和解

 明けて次の日である。


「な~~」


 起きたナーネが目元をくしくしとこすっている。

 それを横目に俺はおにぎりを頬張っていた。デイリーガチャでてに入れたものだ。

 今日のワンコインガチャは500円玉の方だったのだ。

 定番の鮭おにぎりだが……、うんおいしい。

 そんな俺をじとめで見ながらイリスが言ってきた。


「で、マスター。どうするんですか? あの偉そうなゴブリン、ちっとも休みそうにありませんよ?」


 そう、結局あの偉そうなゴブリン。一睡もしやがらなかったのだ。

 どころか奴は精力的に働いている。

 椅子に座ったままで指示を出し、杖で殴り罵声を浴びせかける働き方ではあるが……。

 うん、ゴブリンの社会にも働き方改革が必要だな。


 まあそんな感じで精力的に働く奴のおかげで、微妙にダンジョンが改造されていってるのも困りものだ。

 こちらが見つからないのはいいのだが、俺たちはマイルームに完全に閉じ込められた形になっている。

 このまま閉じ込められていたら、ちびっ子たちのやる気が爆発してしまうだろう。

 それになにより、汚物の処理をさせられてるウーズと、椅子代わりにされているモンスターチェアの我慢の限界も近い。

 ……ウーズはともかくモンスターチェアが椅子代わりにされてるのは当然だとは思うんだけどなぁ。

 しかも、一番先に不満が爆発しそうなのはモンスターチェアなんだよ。ちょっとおかしくないですかね。


 まあそんなわけで待つのも限界だし、そろそろこちらからアクションをしなきゃならない。

 さてどうしたものか……。


「さすがに寝ないわけはないとは思うんだけど……。このまま待ってて変なところでモンスターチェアに暴走されても困るし……。仕方ない、うちゴブに動いてもらうか」

「ふむ、どのような手を使うつもりで?」

「うちゴブに寝床を作ってもらって寝てもらうつもり」

「ああ……。人もゴブリンも普通は横になって寝るものだと、ようやく理解したのですね」


 よよと目元を袖で拭うイリス。

 だが俺は知っている。その口元がニヤリと笑ったのを……。本当にこいつはもう……。


「イリスさんはそう言うけどさぁ。あの偉そうなゴブリン、このままだと横になって寝そうにないよね。その点はどう考えてるわけ?」

「くっ!」


 イリスはどこからか取り出したハンカチを、悔しそうに口でキッと引っ張る。

 ふふん、してやったりといった気分だ。

 だがそんな俺のどや顔にカチンときたのか、イリスは一言を付け加える。


「ま、まあ。それはそれであのゴブリンとマスターが同じ思考をしていたわけで……。それはつまりマスターとあのゴブリンが同程度だというわけですし」

「はぁ? 違いますー。あんなDVゴブリンと一緒にしないでくださいー。俺はただ、客観的事実に基づいて想像しただけですー」

「なんて腹の立つ言い方でしょうか! だいたい昨日はじめてみたばかりで客観的事実とかそんなものなかったでしょうに。もしかして客観的事実って言葉が言いたかっただけじゃないんですか? まるで覚えたての言葉を使いたがる猿のようですね、マスター」

「さ、猿とはなんて言い草だ。俺は単にああいうDV奴の生態について詳しかっただけだし。その知識に基づいてあいつの行動を予測しただけですよーだ。いわば経験に裏打ちされた予測って奴ですから。あ、生まれたてのイリスさんにはちょっと難しいことだったかしら?」

「ちょっと人生経験があるだけでその言い様、そういうの老害って言うんですよ。知ってました? あ、そういえばその人生経験て奴のトラウマで泣きべそかいてた人がいましたね。いったい誰でしたでしょうか」

「あ、てめー。それは言わない約束だろうが」

「いつそんな約束しましたー? 何時何分何秒? 世界が何回回ったときですかー」

「ぐぬぬぬぬ」

「んふふふふ」


 本当にああ言えばこう言いおる。どうやってやり込めてやろうか。

 そんなことを考えながらイリスをにらみつけていたその時だった。


「「ナ゛ーーーーー」」


 ナーネの叫び声がマイルームに響き渡った。

 その声と衝撃に頭が真っ白になり、耳を押さえてうずくまる。

 脳がしびれたようになって動けなくなった俺がなんとか視線を動かすと、イリスもまた耳の部分を押さえてうずくまっているのが見えた。

 俺と同じくナーネの叫び声の衝撃にやられたようだ。


 数分ののち、やっとの事ではっきりしてきた頭を振りながら顔を上げる。

 そこでは同じように頭を振るイリスの姿があった。


「これがアルラウネの叫び声という奴ですか。噂には聞いていましたがこれほどとは……」

「ああ、そういえば叫び声を聞いたら死ぬみたいな伝承があったな……」


 そんな言葉を交わしながらやっとの事で復帰した俺たちを、棚の上から腕を組んで見下ろすナーネの姿があった。


「ナッ」


 頬をふくらませたナーネは棚から飛び降りると、その小さな身体で俺の手を引っ張り、イリスの手に重ねる。


「……仲良くしろと言うことですか?」

「なっ」


 うかがうように尋ねるイリスに対して、ナーネはそうだと言わんばかりに大きく頷いた。

 そうしてナーネはイリスの方からこっちへと向き直り、ぐっと俺の方を見つめてくる。

 むむっ。だがナーネにうながされたのでは仕方がない。

 俺とイリスはお互いに目を合わせ……、手を握りあった。


「すまん、大人げなかった」

「私も言い過ぎました。申し訳ありません、マスター」

「ななっ」


 重なり合った俺たちの手の上に、ナーネはその小さな手を乗せ満足げに頷いている。

 売り言葉に買い言葉はあったにせよ、正直二人してヒートアップしすぎたのは否めない。

 それでナーネのようなちびっ子に大の大人が叱られたんだから……。反省しないとなぁ。

 イリスと顔を合わせ深く頷く。


「で、では。今後どうやって動くか説明してください」

「あ、ああ。そうだな」


 若干ぎこちないながらもお互いに言葉を交わすことに成功した。

 あとは、あの偉そうなゴブリンへの対処法であるが……。

 これはまあ、最初に言ったとおりうちゴブに寝床を作ってもらうだけだ。

 問題はその後どうするかだが……。当然イリスもそこを聞いてきた。


「先ほどマスターが言ってたように寝床をつくってそこで寝てもらうとして、その後はどうされるつもりです? さすがにモンスターチェアが動いて寝床で寝ているゴブリンに噛みつくのは難しいかと思いますが……」

「ああ、その役目はゴーストのジョンとジェーンに頼もうと思っている。お昼には待機時間が明けて復活できるようになるから、すぐに動いてもらう形だ」

「ですが……。復活はできたとして敵対勢力のいる区画への召喚はできませんが……」


 そこまで言ったところで、イリスはいえとかぶりを振る。


「もしかして二人をマイルームに召喚した後、ここからあのゴブリンのいる場所まで行かせるつもりですか?」

「うん、その通りだよ」

「危険です! 今はあのゴブリンにマイルームへの扉が気づかれていないから悠長にしていられるんですよ。もし気づかれてここに侵入されたら、ひ弱なマスターなんかひとたまりもありませんよ」

「なっなーー!」

「ナーネの気持ちはわかりますが今は黙っててください」


 またも腕まくりをするナーネに対し、イリスはぴしゃりと言い放つ。


「ま、まあ。イリスさんもそんなこと言わずに……、一応勝算もあるんだよ」


 しょんぼりするナーネをなでながら言うと、イリスは「聞きましょう」と鷹揚に頷いた。


「ゴーストの二人なら音も立てないし、ゴブリンが完全に寝たらなかなか気づかれないと思うんだよ。よしんば見張りがいたとしてもその見張り役をうちゴブが買って出ればなんとかなると思うんだよね。他の配下のゴブリンは薬草園の方に行ったりしてて、あんまりあのゴブリンがふんぞり返る部屋の方には近づかないみたいだし」


 下手に部屋に入って偉そうなゴブリンに目をつけられると、殴られたり何か用事を言いつけられるからな。

 そんな中で偉そうなゴブリンの相手を積極的に務めているうちゴブは、どうやら他のゴブリンに特殊な性癖だと思われている節がある。

 いやまあ、俺たちが命じているだけなんだけど……。


「………………」


 俺の言葉にしばしの沈黙で応えるイリス。


「……どうかな?」


 うかがうように聞くと、イリスは不承不承といったながら頷いた。


「……いささかうちのゴブリンの手管に頼りすぎな感はありますが、悪くはないと思います。このままじっとしていてもじり貧なだけですし。勝算があるのであれば賭に出るのもいいでしょう」

「それなら!」

「はい、マスターの案に賛成します。ですが及第点です。次からはもっと安心感のあるダンジョン運営を希望しますね」

「いや、ダンジョンものの序盤の運営なんて、賭に出てなんぼだと思うんだけどなぁ。ダンジョン運営が軌道に乗ってくれば別だろうけれども」

「その通りではありますが、その賭のチップはマスターの命であることはお忘れなきよう」


 ……確かにそうか。どうにもゲーム感覚は抜けないけど賭けのチップには俺だけじゃなくみんなの命も乗っているんだものな。もう少し気をつけるか。

 まあ、ない袖は振れないって言葉もあるんだけども……。


 俺はイリスの言葉に神妙にうなずき、ぱんと手を打つ。


「これからはもうちょっと慎重に動くとして、とりあえずは昼間で休もっか。ゴーストの二人が復活できるようになるまでこちらにはできることはないし」

「そうですね。モニターはこちらで見ておきますから、マスターはお風呂に入ってきたらいかがですか? 匂いますよ」


 イリスが懐から取り出した消臭スプレーをさっとこっちに向ける。

 いや、待てよ! どっから取り出したよ、それ。それって好感度ボーナスとか言ってた奴だろ。確か棚かどっかにおいてなかったか?


「早く行かないと噴射しますよ」

「やめろ! 汗かいたわけじゃないし、そんな匂わねーよ」

「いえ、ほら。加齢臭は自分じゃ気づきにくいですし……」

「まだそんな年じゃねーし」


 そう言いつつも俺は風呂へと向かう。

 ……いや、まだ大丈夫だよな。ナーネに嫌われたりしないよな。

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