第17話 予想外的行動
「それで……。指示通りあれを外に出しましたが、他になにもしなくても大丈夫なんですか?」
いつも自信満々なイリスが、珍しく不安そうにしている。
まあ気持ちはわかる。なんたって俺も不安なんだからな。
あ、だからってちびっ子ども、お前らは腕まくりしなくていい。君らの出番はない予定だからな。
つかなんでこの子ら自信満々なんだよ、明らかに相手と体格違うだろうに……。
「正味、モンスターチェアがばれなきゃなんとでもなると思うんだよね。仮にも☆3モンスターなんだ。擬態状態からの不意打ちなら勝てるだろう」
「それはまあ……。あれは私と違って戦闘能力にもリソースを振ってますからね」
そのモンスターチェアに一撃を加える、自称戦闘能力皆無のイリスってなんなんだろうね……。
まあそれはともかく、擬態も大丈夫だろう。
「あの偉そうなゴブリンって、罠を調べたりだとか部屋を探索したりだとかの雑事、汚れ仕事は配下に任せそうなんだよね」
「なるほど……。確かに今あのゴブリンの手元にいる配下ってうちのゴブリンだけですね」
「そういうこと。しかもそれはこっちの身内が調べるんだ、成果なんて出るわけがない」
一段落したら他の配下も呼び寄せるだろうけど、今はうちゴブ一人だからな。
それにうちゴブ、頭の回転はいいモンスターチェアの擬態が見破られることはないだろうし、ましてや隠し扉をや、ってやつだ。
あいつなら口八丁手八丁であの偉そうなゴブリンをだましてくれるに違いない。
「後は、あの偉そうなゴブリンが安心して、椅子に座って眠ったところでがぶりって寸法ですよ、イリスさん」
「椅子に座って眠って、ですか……」
「うん。あのモンスターチェア、中身はともかく座り心地はよかったからね。座った瞬間かまれたけど……」
「なるほど……」
俺の言葉にイリスはなんとも釈然としない表情を返す。
なんでだ……。急場の思いつきだから穴はあれど、相応聞く破綻していない考えだと思うんだが……。
いや、今はいいか。ちょうどゴブリンたちが最後の部屋に入ってきた。あいつらの動向をしっかり見るとしよう。何せ俺たちの生死がかかっているんだからな。
◆
「なんで寝ないんだよ!」
「しーーー!」
思わず大きな声で叫んでしまった。
そんな俺を見てイリスが人差し指を口に当てる。
慌てて自分の口を塞ぎ画面を見やる。
……どうやら向こうのゴブリンたちは気づいていないようだ。
ふぅ、やれやれだぜ。
思わず額の汗を拭う。
「まあ、どんなにうるさくしてもこっちの音が向こうに漏れることはありませんけどね」
イリスがやれやれと肩をすくめる。
なにそれ? 聞いてないんだけど。
「ならさっきのジェスチャーはなんだったのさ! あと音漏れしないとか、そういうこと先に教えておいてくれませんかね」
「……まあ、聞かれなかったですし、騒がしいのは嫌いですから。それに……」
「好き嫌いの問題かよっ」
思わず、途中で声を上げた俺に、イリスは再度「しーー」と人差し指を立てた。
いや、もうだまされんぞと思う俺だが、イリスの指さす先を見て考えを変える。
そこではナーネがおなかにタオルを巻いてすやすやと寝ていた。
「まったく、少しは場の空気を読んでほしいものですね。もう子供は寝てる時間ですよ」
「ぐぬ」
確かにタブレットの時間は0時を大きく回って丑三つ時といったていだ。
ナーネもがんばってスクリーンの監視をしていたのだが、もう大分前に船をこぎ始めて、今ではすっかり眠っている。
ああ、いかん。よだれを垂らしてるじゃないか。全くどんな夢を見ているのやら。
そんなよだれをタオルで拭うイリスを見つつ疑問に思う。
「なんであの偉そうなゴブリンは寝ないんだ? 昼はそれなりに動いたから眠いだろうに……」
「そうですね、まだあの椅子に座って何やら考え事をしてますね。まるでマスターと同じ社畜のようです」
「いや、あれは社畜じゃないよ。トップが働いてるだけだ。いや、トップが働き過ぎるのって一番たち悪いんだけどな。下っ端休むに休めんし、トップは自分ができるから部下もできると思ってる。ホントたちが悪い」
いや、前の社長はいい人だったんだよ。何せ俺たち以上に働いてるし。でも、それに振り回される俺たちのみにも……。う、頭が……。
「はぁ、マスターの社畜論はわかりましたが、あのゴブリンが椅子で寝ないのは当然ではないですか?」
「え!?」
「『え!?』!?」
イリスが、まるで不可思議なものでも見るような顔でこちらを見てくる。
なんでさ!? 社畜が椅子で寝るのは当然のことだろ?
「マスターがどう考えてるかはわかりませんが、まず言っておきます。人は普通椅子で寝ません」
「またまた~。冗談はよしこさんだよ、イリスさん。社畜は椅子で寝ます。ソースは俺」
「誰がよしこさんですか。それにマスターのことはどうでもいいです。マスターはその……アレですから」
「アレってなんなんだよ。どうせろくな意味じゃないだろうけど……」
「そうですね、ろくな意味じゃないです。それはともかくマスターに一つ問います。向こうの世界でマスター以外の人たちははどんな風に寝てました?」
本当にろくな意味じゃないのかよ。せめて否定して欲しかった……。
さておき俺以外の人間か……。同僚はどうだったかな?
「おお、あいつら寝袋で寝てたわ」
俺はぽんと手をたたく。それをイリスは呆れた目で見つめてきた。
「なんでベッドじゃなくていきなり寝袋なんて手段が出てきたかはともかくとして、その通りです。普通寝るときは横になります。それはゴブリンだって一緒です」
「いやまあ、会社で寝るときみんな寝袋だからなぁ」
「……会社で寝るのが基本ではないでしょうに」
イリスはこめかみを押さえている。
あ、ちなみに俺は小遣い実質ゼロ円だったから、寝袋も買えず仕方なく椅子で休んでたけどな。
まあ、アレも慣れてしまえば楽なもんだ。
思えば俺の本体? はどうしてるんだろうか。
今は社長も代替わりして、スーパーブラックな会社からそこそこブラックな会社に生まれ変わったから、家で休んでるとは思うけど。
向こうの世界では、家に帰ってテレビ見たりネット小説を読んだりしながら晩酌するのが楽しみだった。
今はテレビも、ましてや晩酌なんてできない。それどころか命の危険まである。
でも、楽しいんだよなぁ……。
「どうしたんですか? にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべて……」
「気持ち悪いとはひどいな。……いや、なんだか楽しいなぁと思ってさ」
「ゴブリンにダンジョンの最奥まで攻め込まれて撃退できない。そんな命の危機にあるというのに楽しい、ですか。やはりマスターはドMですね」
「違うよっ! そういうこと言ってるんじゃないよ。後俺はドMじゃない。むしろSだし」
「はいはい、そうですねー」
くそっ。全くの棒読み口調だ。かけらも信じてやがらないな。
「まあでも、マスターが楽しいのであればそれに勝ることはありませんよ」
「お、おう」
一転、優しげな表情を浮かべたイリスに、俺はきょどってしまう。
まあ、その後続く言葉に現実に戻らされるわけだが……。
「それはともかくとして、この後マスターはどうするつもりなんでしょうか……。まさかあのゴブリンが椅子に座って寝る事しか予想してなかったとか。そんな頭お花畑で楽しい思考しかしてなかったわけはないですよね」
「ぐっ、ぬっ。い、いや……。もちろんそんなわけはない。そんなわけはないが、今のところばれる様子はないから、もうちょっとだけ様子を見ようと思う」
「はいはい、そうですねー」
くっそ棒読みである。まるっきり信じてないどころか、俺の答えすら聞いてなかった感がありありと見えるわ。
まあ、その通りなんだけどな。
……うん、どうしようか。
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