第16話 祭司的ゴブリン

「ふむ、ここはそれなりにいい場所だな」


 ダンジョンの最奥に備え付けられていた椅子、それに座りながらゴブリンはつぶやいた。

 ゴブリン語であるので、傍目にはゴブゴブ言っているようにしか見えないが、そうつぶやいたのである。

 ちなみに、椅子に座りそう独りごちているのは、ダンジョンマスターである穂良賀道夫がモニター越しに偉そうなゴブリンと言っていた個体だ。


 彼女はここのところ鬱屈していた。

 ゴブリンとしてはかなりの上位にあたる祭司、ゴブリン・ドルイダスになってなお、コミュニティにおいて主導的地位にいられなかったからだ。

 ここいら一帯のコミュニティのトップに立つのはロード種たるゴブリンだ。

 本来脳筋であるべきそのロード種であるが、ここの奴は珍しくも臆病で小狡い性格をしている。少なくともこのゴブリン・ドルイダスはそう思っていた。


 まあ、今はそれもいい思い出か……。

 ドルイダスはそう思いながら椅子に身体を深く沈めた。


 美しく、賢く、優秀な私に皆従うべきだというのに、配下のあほうどもはなぜにロードの奴にこびへつらうのか……。

 だがまあ、それももう終わりだ。

 あいつが隠していた薬草園のある洞窟を占拠した。あやつは危険だなんだと言っていたが、何のことはない。あ奴らの知能が足りてないだけよ。

 落とし穴のスライムには、スライムよけの樹液を塗った板を渡してやればいい。ゴーストもただのゴブリンでは対処できまいが、我が魔法を使えば対処はできる。

 だというのに、何を怖がることがあるのだろうか……。いや、ないな。

 ドルイダスはかぶりを振るう。


 まあ、そのおかげでここを占拠できた。あの臆病者のロードから我に代替わりするのも時間の問題だろう。

 それに、ここはなかなかに住み心地がいい。気温もちょうどよい感じだ。外と違って寒くも熱くもない。

 それに何より糞尿の処理が楽なのがいい。なにせスライムに食わせてしまえばいいのだからな。

 後はこの椅子もいい。

 この椅子を見つけたときは、こんな洞窟の最奥、しかも罠の向こうにどうして椅子がと思ったものだが……。なかなかどうしてよい椅子だった。

 色、光沢、なめらかさ。どれをとっても支配者たる我にふさわしい椅子だ。

 まさに、我が手に入れるためにここにあったと言うべきだろう。他の場所にあれば有象無象どもに壊されかねんからな……。

 ドルイダスはうっとりしながら椅子に指を走らせる。

 ――瞬間、ぞくり。椅子が震えた気がした。


 おや、と首をかしげるドルイダスに声がかかる。


あねさん、今日はどうしやしょう。よければここに姐さんの寝床なんかをつくらせて欲しいんですが……」


 語りかけてきたのは新入りのゴブリンだ。うかがうような目でこちらを見ている。

 ロードの派閥にいいように使われていたのを助けてやったのを恩に感じたのか、ロードに集まる情報をこちらに流してくれる便利な奴だ。

 この洞窟に案内したのもこいつになる。

 それはともかく寝床か……。


「いや、今日も椅子で寝ようと思う。どうしてこれはよい座り心地だしな……」

「そうは言っても姐さん。ずっと椅子に座ってばかりだと疲れもたまりやす。あっしが極上の寝床を用意しますんで、少々お待ちください」


 そう言って飛ぶように部屋を出て行った。


 あのあほうは本当に人の話を聞かんな。ここにはじめてきたときも珍妙な踊りを踊っているし……。おまけに我に気安く話しかけてくる。

 だがまあそうだな……。我を案じて行動するというのはかわいいものだ。

 我のために寝床をつくるというなら、教育もかねて今夜はそこでかわいがってやるとしよう。

 ドルイダスはペロリと唇をなめ、今夜のことを想像しながら目を閉じた。英気を養うために……。

 だが彼女が目覚めることはもう無い。

 彼女は尻に鋭い痛みを感じながら、深い深い眠りへと入っていくのだった。





 時はゴブリン・ドルイダスが落とし穴に橋を架けたところまで巻き戻る。


「それで……、何をするつもりなんですか? マスターが錯乱している間にこちらの出陣準備は万全に整ってはいますが……」


 そう言うイリスの後ろには、ナーネとムリアンたちがずらりと並んでいた。


「ぱふ~」「ナーー」


 ムリアンたちは勇ましい音楽を奏で、ナーネも腕まくりをし、ふんすと意気込んでいる。

 迎撃する気は満々のようだ。だけどなぁ……。


「ごめん、今回は君らの出番はないよ。そもそも迎撃する気は無いし」

「ナナ! ナノー!」「ぷぴーーー」


 俺の言葉に抗議をあらわにするちびっ子たち。

 抗議……、だよな。ナーネも手をぶんぶん回してるし。


「お言葉ですがマスター、先ほども言ったとおりあのゴブリンをなんとかしない限り我々に安全はありません。ですからっ――」


 ちびっ子たちの前に立ち言いつのろうとするイリスを手で止める。口をつぐんだイリスのまなじりは急角度で上昇している。

 おお……、おこだわ。激おこプンプン丸だわ。

 ゴブリンなんとかして今の自体を切り抜けたとして、俺って明日の朝日を拝めるんだろうか……。などとくだらない妄想が頭をよぎる。

 ああ……。でもそんな考えが頭に浮かぶあたり、さっきよりは余裕ができてるのかもしれないな。

 いや、そんなことより急がないと。


「あのゴブリンはなんとかする。すぐの迎撃はしないってだけだ。時間もないし説明は後だ。とりあえず外へ出すのはお前だけだ」


 俺は隅にぽつんとある椅子を指さした。


「………………」


 椅子は動かない……。

 いや、反応しろや!


「……ガタ?」

「そうだ。モンスターチェア、お前だ。なに私はただの椅子ですみたいな顔でたたずんでるんだよ。お前もダンジョンモンスターの一員なら、ダンジョンマスターを助けるために声を上げろよ! ちびっ子たちを見習え!」

「なーー」


 ぺしぺしと椅子の脚をたたくナーネに、モンスターチェアは不承不承ガタリと動いて反応を返した。


「とりあえずお前の役目はなにもしないって事だ。何をされてもじっとして、ただの椅子に擬態してろ。いいな」


 そう言ってモンスターチェアを運ぼうと手をかけるが、いやいやをするように椅子は俺の手を逃れる。

 この野郎、いっちょ前に嫌がってるんじゃねえよ。一蓮托生なんだろ!


「ちゃんと椅子に擬態してりゃ、せいぜい座られるだけなんだからおとなしくしてろって。ゴブリンの汚いケツに座られるくらいは我慢しろ」


 そう声をかけるが、モンスターチェアは一層激しく抵抗する。そうこうしていると――、


 ――ズビシッ!


 イリスがモンスターチェアの背に向けて、華麗なチョップを見舞った。


「いいからマスターの命令に従いなさい、壊しますよ」


 イリスが底冷えするような声でモンスターチェアに語りかける。

 ……怖っ。何とは言わないが俺の大事なところがひゅんってなったぞ。怖っ。


「あ、れ? イリスさんって戦闘力無かったんじゃ……」


 思わずそんなことを聞いてしまった。


「はい、無いですよ。私が物理的にできることはそうですね……、肉壁くらいですか」

「いや、でも……。明らかにへこんでるよね。チョップを受けた場所」

「そんなことはありませんよ……。あ、いえ。こんなのかすり傷です。すぐに治ります」


 俺の指さした先を見つめ、驚いたように言い直すイリス。

 モンスターチェアは無言を保っている。当然治るはずもない。


「…………なおりますよ、ね?」

「ガタタッ」


 モンスターチェアに冷たくイリスが語りかけると、すんっと凹みが消えて無くなった。


「ほら、モンスターチェアには擬態の能力があるんですから、この程度造作もありません」

「擬態って言った、今擬態って言ったよね。それって治ってないでしょ」


 俺の言葉にイリスはやれやれと肩をすくめた。


「病は気からといいます。モンスターチェアが大丈夫というなら、もう大丈夫なんですよ。ですよね?」

「がたん」


 モンスターチェアはそうですと言わんばかりに揺れる。いや、明らかに言わされてる感増し増しなんだが……。


「そんなことより時間が無いのでは無いですか? これは私が運びますからマスターは扉を開けてください」

「あ、ああ。そうだな」


 確かに時間が無い。モンスターチェアがこうなったのも自業自得だし、さっさと外に運んでもらうか。


 扉を開けてマスタールームの外に出る。

 実はこれが俺にとっての初外出になるが、そんな感慨に浸る暇はない。さっさとモンスターチェアを設置しないと……。

 モンスターチェアをマイルームに通じる隠し扉に重なるように設置する。後はこいつにしっかり言い聞かせないとな。


「ゴブリンに何をされても擬態したままだぞ、いいな」

「…………がた」


 大丈夫だろうか。なんだか不安を感じる。


「マスターの命令にはしっかりと従うように。いいですね、さもないと……」

「ガタンッ」


 俺が聞いたときとは違い、イリスの言葉にはしっかりと反応するモンスターチェア。

 これで一安心ではあるが、なんか釈然としないなぁ。


「ごぶっごぶっ」


 そうこうしているうちに部屋の扉、俺たちの反対側の扉からうちゴブの声が聞こえてきた。

 同時にコツコツと扉を探る音も聞こえる。

 扉の罠を探る(ふり)をしているのだろう。

 よし、撤収だ。モンスターチェアを一人残し、俺たちは声を潜めてマイルームへと帰っていった。


 モンスターチェア、それにうちゴブ。頼むぞ。俺たちの今後はお前たちにかかってるんだからな。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


第6回カクヨムWeb小説コンテストに応募してみました。

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