第15話 タイガー的ホース

 侵入してきた偉そうなゴブリン。そいつは足腰が悪いのか杖をついている。そして介添えも兼ねているのか、うちのゴブリンも含めて数人の部下を連れてきていた。

 ダンジョンに入ってすぐの部屋で、うちのゴブリンに道を尋ねているようだ。

 むろん、うちゴブは右の通路――薬草園に通じる通路――を案内しようとするのだが……。


「ぎーぎゃ」


 持ってた杖でうちゴブを殴りやがった。


「ナッ」


 ナーネもそれを見て、腰に手を当て怒っている。

 全くもって同感だ。

 まぁだが、薬草園に来ず、マイルーム方面への通路に来るようなら、全滅コースだ。

 うちゴブをいじめた報いを受けてもらう。

 部下はともかく、あの偉そうなゴブリンを生きて返すことはできないな。


「ぎぎっ」

「……ごぶごーぶ」


 ふむ、どうやら左の通路がお好みのようだ。

 うちゴブがやめておけと止めるも、そちらに向かってずんずん進んでいく。

 ……ふうむ。このままあの偉そうなやつが先頭を切って、落とし穴に落ちてくれると話は楽なんだが……。


「ぎぎゃっぎぎゃっ」


 まあ、さすがにそう簡単にはいかないよな。

 もうすぐ落とし穴というところで、偉そうなゴブリンが配下のゴブリンを、持ってた杖でつついて先に行かせようとしている。


「ギーギー」


 仕方なく恐る恐る歩みを進める部下ゴブリン。


 ――ガコンッ


 その足先で落とし穴が開かれるが、部下ゴブリンはすんでの所でそれを避ける。

 さすがに落ちることはないか……。でもまだいくつか手段はあるからな。今回はどんな手で行こうか……。

 そう考えている俺の前で、思いもかけない事が起きた。


 ――トンッ


 落とし穴をのぞき込む部下ゴブリンの背中を、偉そうなゴブリンが杖で押したのだ。


「ギギャ、ギギーア」


 両手を振り回してバランスをとろうとする部下ゴブリンの背中が、再度杖で押される。


「ギィィィアァァ」


 あわれ、部下ゴブリンは健闘むなしく落とし穴へと落ちていった。

 待ってましたとばかりにそれを捕食するウーズ君。

 む、グロ画像だな。切り替え切り替え。


「……でもあいつ。結局なにがしたいんだ?」


 せっかくあらわにした落とし穴に、自分の部下を落とすなんて……。

 いじめかはたまた粛正か。いや、わざわざダンジョンに来てまでやることなのか? それは。


「あ、動きがあるようですよ」


 イリスの声に、モニターに目を向ける。

 そこでは、偉そうなゴブリンが、落ちたのとは別の部下ゴブリンに指示を出している。

 指示を受けた部下ゴブリンは、ダンジョンの外へと急いで駆けていく。

 む。何を指示したんだ?


 事態を知るべく、うちゴブに視線を向けると、待ってましたとばかりにジェスチャーをはじめた。

 画面越しに意思を通じ合うとは、何という以心伝心! うちゴブ、まさにおまえは俺のバディだよ。


 ふむふむ。大きく四角……。それを腰を低くして左右に。

 …………ドジョウすくいか?


 首を大きく横に振るうちゴブ。

 むむ、違うのか。

 えっと今度は両手で大きく振りかぶって……、ナイスボール。

 ……あ、これも違う。


「何で音声も何もつなげてないのに、微妙に通じ合っているんですか……」


 イリスのぼやきが聞こえる。

 そりゃ俺とあいつがベストバディだからだろう。妬いてくれるなよ?

 それよりも、今はあいつのジェスチャーを解読するのに忙しいんだ。


「はぁ……」


 イリスはため息をついた。


「どうでもいいですけど。うしろ、危ないんじゃないですか?」


 むむ!?

 まずい、うちゴブの後ろに忍び寄る影がある。なんとかして伝えないと。

 俺は慌てて、うちゴブの後ろを何度も指さす。

 が、うちゴブは首をかしげるばかりだ。こちらの意図は一向に通じていない。


 それどころか再度ジェスチャーをし始める。

 いや、だからまずいんだって!

 ……え!? なになに? ああ、それはわかるな。こっちに置いといてってサインだろ?

 いやいや、置いておくのはおまえのそのジェスチャーの方だよ。

 …………あ、まずい。時間切れだ。


 ボカリ。


 画面のこちら側まで響きそうな勢いで、うちゴブが杖で殴られた。

 無論殴ったのは偉そうにしているゴブリンだ。

 そしてそのまま頭を抱えたうちゴブに「ぎーぎー」言いながら、再度杖で殴っている。

 う~ん。かわいそうだけど自業自得だよな。

 せっかくこっちが伝えてたのに、全く理解していなかった。

 あれだな。俺とうちゴブとの間には、まだまだ理解しきれない深い溝があったって事だ。

 ベストバディだと思ったが、それは勘違いだったか……。


「何をしたり顔で、うんうん頷いてるんですか。危ないと思ったならこちらから通信すればよかったでしょうに……」


 あ……。

 そういえばこちらから連絡はできたんだった。しまったな。


「……その顔。もしかして忘れていましたね?」

「え。あ、いや。あいつとはベストバディだから、そんなのしなくても意思疎通できるだろうと……」


 しどろもどろになりながら弁解をする。


「何がベストバディなものですか。……いえ、なるほど。確かにそうかもしれませんね。つまり、マスターはゴブリンと同程度だと言うことです」


 鼻で笑いながら告げるイリス。


「……ぐぬ」


 言い返したいが言葉に詰まる。すっかり忘れていたのは事実だからな。


「あ、ちなみにこちらの世界では、ゴブリンは悪いことの比喩に使います。例えば『まるでマスターの知性はゴブリンのようだ』というように」


 ここぞとばかりにイリスがたたみかけてくる。

 やめて! 俺のHPはもうゼロなの。


 ……あ、いやまて。普通のゴブリン頭がよくないのはわかる。でもこいつらは違ったじゃないか。

 そうだ、そうだった。

 俺は高らかに告げる。


「確かにおれとうちゴブはベストバディかもしれない。だからといってイコール俺とゴブリンの知性が同程度と言うことはないのではないのか。なぜならば、うちゴブや外の洞窟のゴブリンは、ゴブリンにしては頭がいいと他ならぬイリスさんが言っていたからだ! Q.E.D」

「――あ、そんなことより、向こうに動きがあったようですよ」


 スルーかよ!

 イリスはしれっと話をそらしおった。

 だが、ゴブリンの動きの方が重要なのも事実。モニターの方に視線を向ける。


 どうやら仲間を呼んできたらしい。洞窟の入り口で後ろに合図を送っている。

 そうこうするうちに、数匹のゴブリンが侵入してきた。

 だがそいつらは無手ではない。大きな分厚い板を持ってきていた。

 あんなもの持ってきてどうする……、いやまて、あれは――、


「――まずいっ」

「一体どうしたのですか?」


 イリスがいぶかしげに聞いてくる。……もしかして気づいていないのか? そんなわけは……。

 いや、そうか。イリスにとってゴブリンはその程度のモノなんだ。ちょっとしたことも思いつかない、短絡的で醜悪な生物。

 図らずもさっき、そう言ったばかりじゃないか。

 ここのゴブリンは賢い。そのことを頭では理解していても、その先入観を変えるまでには至ってなかったのか……。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。早く対処しないと。

 今、ダンジョン内にいるのは――。

 よし。ゴーストの二人が薬草園で待機中だったな。


「急いで入り口のゴブリンの殲滅してくれ」

「ごぉ?」「がぁ?」

「いや、追い払うんじゃない。殲滅だ。急いで!」


 俺の指示に二人は文字通り飛んでいった。


「そんなにあわてて、どうしたのですか?」


 この期に及んで、イリスはまだそんなことを言っている。

 ……もしかしてまだピンときてないのか。


「板だよ板。あれを落とし穴まで持ってこられるとマズい」

「板って……。あっ――」


 イリスが口に手を当てる。

 どうやら気づいたらしい。


「いやでも、まさかゴブリンが……」

「ここのゴブリンは他とは違うんでしょ。それくらい思いつくかもしれない」


 とはいえ、もうすぐゴーストの二人が、板を担いだゴブリンに追いつく。

 物理無効持ちの二人だ。ゴブリン相手に遅れはとるまい。


「ごぉおぉぉ」「がぁあぁぁ」


 ああ、追いついたようだ。

 モニターにはジョンが魔法を使い、板を運ぶゴブリンを足止めする姿が見えた。

 即座にジェーン、遅れてジョンがゴブリン立ちに取り憑き、マナドレインをはじめた。


 よし、こいつらはこれで大丈夫だろう。

 後はあの、偉そうなゴブリンの始末もしないと……。


「――なに!?」


 視線を落とし穴付近に移すも、そこにあの偉そうなゴブリンはいない。

 ただ必死でこちらにジェスチャーを送るうちゴブがいるだけだ。


「おいおい、まさか」


 即座に画面を切り替える。

 するとそこには、通路の影で杖を掲げるゴブリンがいた。

 おいおい、もしかしてあいつ魔法使いだったのか!? さすがに一撃で死にはしないだろうが、それはマズいぞ。


「ジョン、ジェーン」


 俺が叫ぶ暇もあらばこそ、杖の先から光の矢が飛び出す。

 俺の言葉で気づいたのか、ゴースト二人が振り返るも、よけることはできなかった。

 光の矢はジョンに突き刺さる


「ご、お、ぉおぉ……」


 そして、そんな言葉を残してジョンは消えていった。


「お、おい。嘘だろ」


 まさかと思いタブレットを確認するも、そこには非情な現実があった。

 ジョンの名前がグレーアウトしている。

 ……何でだよ。魔法が効くって言っても、さすがに一撃で消えるなんて事は……。


 だが、その答えはイリスのつぶやきでもたらされた。


「……まさか、聖魔法? ゴブリンに神官がいるって言うの?」


 ――なっ!

 だとしたらマズい。


「ジェーン! 逃げろっ」


 果敢にも神官ゴブリンに立ち向かおうとしていたジェーンは、俺の言葉に身を翻す。

 が、それは遅きに失した。


 ――瞬間。画面が白い光で塗りつぶされる。

 数瞬の後、モニターは回復した。

 だがそこに映し出されたのは、身体が灼かれのたうつジェーンに、とどめをささんとする神官ゴブリンだった。


「――! ――!」


 神官ゴブリンの唱えた呪文。それが終わると杖の先に白い光がともり、矢となり放たれる。


「が、あ、ぁあぁ……」


 その矢が当たると、ジェーンはジョンと同じように消えていった。


 くそっ、ミスった。

 杖持ちのゴブリンていうので、用心しなきゃならなかった。

 思えば魔法を使うゴブリンなんて、定番だろうに。

 イリスのことを笑えやしない。俺もゴブリンのことを侮っていた、油断していた。調子に乗っていたんだ。

 焦って俺が殲滅を命じなければ、二人してゴブリンに取り憑いたりしなかった。どちらか一方はあたりを警戒していただろう。

 いや、それだけじゃない。最後、ジェーンが神官ゴブリンに立ち向かって行ってたのだってそうだ。殲滅を命じてなければもっと別の立ち回り方があっただろう。

 ……全部、全部俺のせいだ。

 そんな思いが、ぐるぐるぐるぐると頭の中を駆け巡る。


「――スター、マスター! しっかりしてください」


 イリスが俺の肩を揺すっていた。


「――あ、ああ」

「何を呆けてるんですか、早く指示を」


 イリスがモニターを指さす。

 そこでは肩で息をつく神官ゴブリンが指示を出し、今にも落とし穴に橋を架けようとしていた。

 うちゴブも、ちらちらとこちらを気にしつつもそれを手伝っている。


 そうか、今ならうちゴブに指示を出せば、橋を架けるのを止められる。


「そ、そうだな」


 うちゴブに指示を出そうとしたときだった。

 ジョンとジェーンの死に様がフラッシュバックする。

 そ、そうだ。今ここで橋を架けるのを邪魔しようものなら、うちゴブがこちらの勢力だということがばれてしまう。

 そうしたらあいつは……。


 ここ数日何匹ものゴブリンを殺してきた。その姿一つ一つがうちゴブの顔にすり替わる。


「……いやだ」

「……え!?」

「い、いやだ。そんなことをしたらあいつも殺される。そしたら俺も」

「な!!」


 イリスは絶句した。

 その目は驚きに染まっている。そして、その瞳はさらに色を変えて――。


 俺は思わず目を閉じた。

 やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ。

 俺をさげすむな。見下すな。比べるな。

 俺はおまえの――。


 ――肩を揺すられた。


 やめてくれ。もう殴らないでくれ。

 俺が悪かったよ。だからごめん。ごめんよ。


 俺は小さく身を縮める。


 そうしてのち――、


 ――ゴチンッ


 鈍い音とともに目の奥に火花が散った。

 その衝撃に思わず目を開けると、目の前ではイリスが額を抑え、うずくまっている。


「マスターが何におびえてるのかは知りませんが、私たちがマスターに意味もなく危害を加えることはありません」


 顔を上げ、俺の肩を抱くイリスの目尻には涙がたまっていた。その額は赤くなっている。


「なー」


 下を見るとナーネが頷いている。周りにいるムリアン達も同様だ。

 ……そうか、ここはダンジョンだった。あの家じゃなかった。

 すっと頭の中の霧が晴れていく気がした。


「大体マスターはどうかしています。ダンジョンマスターがダンジョンモンスターの命を惜しんでどうするんですか。使い潰すくらいの気持ちでいてください」

「いやでも、俺の失敗で二人は無駄死に――」

「――何が無駄死になものですか。二人を馬鹿にしないでください。少なくとも二人のおかげで、あの神官ゴブリンは今満足に動けません」


 イリスがモニターを指さす。

 確かに神官ゴブリンは気力を使い果たしたのか、ぐったりとしている。


「それに、失敗したのは、……的確に助言をできなかったのは私です。勝手に自分だけのせいにしないでください」

「でも……」

「でももへったくれもありません! 私の犯した失敗も成功も、全部私のものです。勝手に全部奪わないでください」


 鋭い視線にたじろぐ。イリスがこんなにも自分を主張してくるのは初めてだ。


「それにそもそも、前提が間違っています」


 イリスがタブレットを突き出してきた。

 そこにはグレーアウトしたジョンとジェーンの名前がある。

 だがまてよ。よくよく見ると端にカウンターがのってるじゃないか。しかもそこには復活可能までとある。


「そうか、復活できるのか」

「はい、DPを消費して復活ができます。思い出しましたか?」

「ああ、そうだった」


 イリスがはじめに説明してくれてたじゃないか。

 ああ、でもこれでまたあの二人に会える。謝れるんだ。


「まぁ、二人が復活できるかどうかは、マスター次第ですが」

「え!?」

「我々ダンジョンモンスターは、マスターがいて、そしてこのダンジョンが在るから存在できてるんです。どちらかが消えれば当然存在できません」


 さも当たり前のことのように言うイリスに、俺は呆然とする。


「そんなのはじめて聞いたぞ……」

「ええまあ、今はじめて言いましたからね。……ですから早くあのゴブリンを追い払って私を安心させてくださいね」


 最後におどけて言うイリスだが、その声音には俺への気遣いが見て取れる。


「そう、だな」


 イリスからタブレットを受け取る。

 これでうちゴブに指示を出せというのだろう。

 あいつもこちらを気にしながら作業を行っている。地味に失敗しながら時間を稼いでいるようだ。


 そんあうちゴブに連絡を取ろうとした、その手が止まる。

 本当にこれでいいのかという思いがわいてきたのだ。

 確かにうちゴブを犠牲にすればこの場はなんとかなるかもしれない。だがそれだけだ。

 今いるゴブリンを全滅させることは不可能だし、そうであるならば橋を架けることが有効だと知れ渡るだろう。

 それじゃあじり貧だ。

 加えてうちゴブの犠牲前提なのも気にくわない。

 イリスにはああ言われたけど、誰かを犠牲にして、踏み台にしてのうのうと生きるなんて、そんなあいつみたいなことはしたくない。


 でもどうする?

 このまま橋を作って最後の部屋を家捜しされたら、マイルームへの扉が見つかるかもしれない。

 そうなったら終わりだ。

 …………そうか! なら!

 俺は、うちゴブに向かって通信した。


「とりあえずこっちは気にするな。おまえは疑われないようにしっかり手伝え」

「な!? マスター!」


 イリスが驚きの声を上げる。想像した通信と違ったからだろう。


「大丈夫、ちょっと思いついたことがあるんだ」

「でも……」


 なおも言いつのろうとするイリス。

 だがその言葉を意識して遮る。


「イリスさんの頭突きで目が覚めたからね。意識もはっきりしてる。さっきまでとは違うから大丈夫だよ」

「いえ、そんなことを聞いてるのではなく――」


 努めてイリスの言葉を無視しながらタブレットを操作する。

 そう、今頃社畜ってる俺の大本とは違って、俺は一人じゃない。

 それにこいつらは、あいつと違って利用するだけ利用して捨てるような奴でもない。

 だって、一蓮托生なんだし……。でもこんなに心強い一蓮托生って、人生でそうないよな。


 だったら少しは俺も知恵を振り絞るべきだろう。

 少なくともこいつらは命をかけてくれてるんだから。


 俺はダンジョンを少し、ほんの少しだけだけど改造した。

 後はあいつの演技力次第だ……。

 失敗したら多分命はない。

 でもあいつに、自分の命をかけるってのは、そう悪くない気がした。

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