第14話 10日ぶり的温かな食事
ああ、今日もデイリーガチャの時間がやって来た。
そうだ、今日こそはワンコインガチャを引くんだ……。
ああでも、手が……、手が震えてくる。
「大丈夫。今まで9回連続で大銅貨ガチャが選ばれたんだ。10回連続でハズレ――大銅貨ガチャ――を引く可能性は1024分の1。さすがの俺でも次はワンコインガチャのはずだ」
己に念をこめる。
「何を言っているのやら……」
イリスが肩をすくめた。
「次にワンコインの方が出る確率も、そして大銅貨が出る確率も、どちらも二分の一に決まってるじゃないですか。中学生の確率の授業からやり直しては?」
あーあーあー。きこえませーん。
耳を塞いで首を振る。
「もう嫌なんだよ。俺は現代の! 日本の料理が食べたいの! ジャンクフードが食べたいの! 毎食毎食、パンと豆のスープは飽きたんだよ!」
「この間カップラーメンを食べたでしょうに」
「もう四日もまえじゃないか! しかも水で戻したカップラーメンだぞ!」
「……ああもう、子供か!」
イリスが俺の手を取りタブレットの画面に近づける。
「やめろ! 何をする気だーー」
「はいはい、うだうだ言ってないでさっさとガチャを回しましょうねー」
必死で抵抗するも、徐々に指は近づいていく。
ぐぬぬぬぬ。
「ええい、強情ですね」
「まだ覚悟が決まってないんだ。俺のタイミングでやるから、せめてもう少しだけでも待ってくれ」
必死で頼み込むも、イリスの答えはすげなかった。
「いくら待っても確率は変わりませんよ。はいはい、先っちょ。先っちょだけですからねー」
「そんな事言って、少しでもさわったら終わりじゃないか!」
くっ、イリスの奴。相変わらず見た目と違って力が強い。
だが、俺も男だ。負けられない。ぐっと力をこめる。
「まだ抵抗しますか。……仕方ありません」
諦めたのだろうか。イリスがふっと力を抜いた。
よし、勝った。そう思った瞬間だった――。
――イリスが手に取ったのはタブレットの方だった。
容赦なく俺の手に押しつけられるタブレット。そして当然のように始まるガチャ演出。
画面上で回転するコインは、…………昨日までと同じように大銅貨の面を表にして止まろうとしていた。
「ああああ」
思わず頭を抱えてうずくまってしまう。
まただ、また今日も豆のスープだよ。俺は紅茶を愛する例の国の人間とは違うんだよ! うっすい塩味の豆スープなんてお呼びじゃないんだよ!
そんな俺の肩を、イリスがぽんぽんと叩く。
「いいんだ……、慰めはいらない」
首を横に振る俺に、イリスがはぁとため息を漏らす。
「誰がそんな事をしますか……。ちゃんと最後まで確認してください」
ひどっ。そう思いはした。だけどイリスの言うとおりだ。もしかしたら最後にもう半回転したかもしれない。
そおっと目を開けると、そこには見慣れた五百円玉硬貨が映し出されていた。
「ああああ」
今度、俺の喉から出たのはさっきとは違う、歓喜の叫びだ。
「ナッ」
声に驚いてナーネがビクンってなってる。
ごめんな、ナーネ。でも抑えきれなかったんだ。
「何もそこまで喜ばなくても……」
イリスが呆れたような声を出すが、違うんだ。これは確かにイリスにとっては小さな一歩かもしれない。だけど俺にとっては偉大な一歩なんだ。
ん? 連続で外しただけだろって? 細かい事はいいんだよ。
俺は画面を連続でタップした。
早く! 俺に! 文明度の高い飯を!
演出を見る時間も惜しくスキップを連打する。
ピピピピピピピピピピン
ワイヤーバスケット
大豆ミートのそぼろ丼
麦茶
ビール
シャンプー&ボディソープ
クリップボード
レンガブロック
スーパーなのり弁当
歯磨きセット
かき揚げ丼
一瞬、大豆ミートの文字が出た時点で、タブレットを取り落としそうになったが、何とか持ち直した。
豆はもういいんだよ、豆は!
がっつり食いたいときに、ローカロリーフードのメニューを見せられたときのような怒りを感じる。
だが、今の俺にはその怒りを受け流すだけの余裕がある。
なぜならそう、スーパーなのり弁があるからだ!
ただののり弁だと、ご飯の上にのっているのは白身魚のフライとちくわ天。
だがスーパーなのり弁は違う! その二つに加えて唐揚げとメンチカツまでついているのだ。
こんなに贅沢な事があるだろうか、いやない(反語)
さっそく取り出す。
木の台――大銅貨ガチャから出た――の上に置いたスーパーなのり弁には、割り箸とタルタルソースまでついている。
至れり尽くせりだ。
よしよし、まずはタルタルソースをつけずにそのまま……。
白身魚のフライを箸でつまみ、口に運ぶ。ざくりとした食感とともに、熱々のフライが口の中でほどける。
「ふぉぉぉおお」
俺の切望していた物がここにある! いや、それ以上のおいしさだ。
いままで海苔の下にあるおかかをこれほどうまいと思った事があったであろうか。付け合わせのきんぴらゴボウがこんなにおいしいと思った事があったであろうか。
ああ、今俺は至福の時を過ごしている……。
カツン
箸が音を立てる。
…………気づくと容器は空になっていた。
そう、食べきってしまったのだ。今はただお腹の中に満足感が残るのみである。
「ごちそうさまでした」
「満足しましたか?」
「ああ」
万感の思いをこめて頷く。
そうして、おいしいものを食べて満足すると、少し前までの自分が恥ずかしくなってきた。完全に錯乱していたわ……。
と同時に、不思議に感じる事がある。なんでこのスーパーなのり弁はアツアツだったんだろう、と。
少なくとも今まで食べたおにぎりと幕の内弁当は温かくなかったんだよなぁ。何か違いでもあったんだろうか。
「これは……。アッツアッツ亭ですか。マスターの世界にはこのようなお弁当もあるのですね」
なるほど、アッツアッツ亭だけにお弁当もアッツアッツってか。ダジャレかよ!
……いや、まてよ。
「そうか!」
「何ですか? 急に大きな声を出して」
「アッツアッツ亭だからアッツアッツなんだよ。さすがだイリスさん」
イリスの手を取って、ぶんぶん振るう。
「ちょっ、何なんですかマスター。落ち着いてください……」
なるほどな。でもこうなると別の疑問が……。
「だからやめてください……」
大銅貨で出た物が何で……。
「……やめろって言ってるでしょうがっ――」
――ズビシゥ
「いつっ」
脳天にチョップを食らった。
見ると、声を荒げ興奮したのか、頬を少し赤くしたイリスが居住まいを正している。
お、おう。正直すまんかった。さっきまでの影響がまだ残ってるのかもしれない。また錯乱してしまった。
冷静さを取り戻せ、俺。
「それで、一体何でそんなに興奮していたんですか?」
気を取り直すかのようにイリスが言った。
「さっき食べたスーパーなのり弁がアツアツだったのは、それがアッツアッツ亭――商品すべてをアツアツにするのがコンセプトの店――の商品だったからなんじゃないかと思ったわけさ。逆におにぎりとかは普段常温でおいてある物だから、常温のままだったんじゃないか、ともね」
「ふむ、それで?」
イリスが先を促す。
「うん、でもそうなると疑問が残るんだ。それじゃあ何で大銅貨ガチャから排出された物で、温かいものはなかったんだろうって」
串焼きみたいな物もあったが、それも常温だった。普通ああいうのって、焼きたてを提供するもんだよなぁ。
「その辺を深く考えても仕方がないのでは? マスターの言うチャラ神が設定したのでしょう?」
「いやまあ、確かにそうなんだが……」
なんかモヤる。
「そんな事よりマスター、侵入者ですよ」
イリスの声にモニターを見ると、うちのゴブリンが侵入者を案内してきてるのが見えた。
「ふむ? 今日は薬草採集の日じゃなかった気がするが……。こいつは全滅コース行きかなぁ」
最初の侵入からだいたい10日程たった。その間、外のゴブリン達は、基本的に2日に一度の割合で薬草の採集にきている。
必要以上に取らないためとか、安全のためとかで向こうのボス――ゴブリンロード――が指示しているらしい。
なんともゴブリンらしからぬ指示である。まぁ、正直もう慣れたけどな。
で、何で基本的にかって言うと、ボスに内緒でこっそり来る奴がいるから何だよね。
しかも、こっそり来る奴らに限って、薬草園の方に行かずマイルームに通じるルートに来たがるんだよな。
こっちに近づく奴は容赦しない事にしてるのに、懲りずに来る。しつこい。
ちなみに、不用意にこのダンジョンに立ち入らないように、ゴブリンロードは見張りを置いてるらしいのだが、その見張りが不真面目な奴でなぁ。賄賂をもらったらすぐダンジョンに通しちゃうらしいんだわ。
ま、その見張りってうちのゴブリンなんですけどね。
「ちょっと待ってください、マスター。今回はどうやら毛色が違うようですよ」
「……なるほど、確かにそうだな」
モニターに映るのは、なんとも偉そうな風体のゴブリンが、うちのゴブリンを小突きながらダンジョンに入ってくるところ。
あんにゃろう。
「うちのゴブリンをいじっていいのは俺だけだっつーの」
「……その発言はどうかと」
「じゃあ、
「それならいいです」
いいのかよ!
ゴブリン……、哀れな奴よ……。
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