第13話 ゴブ的ダンジョン探索
そのホブゴブリンはいらだっていた。
対立する派閥、その若頭のゴブリンが手柄を上げたのだ。
手柄と言っても、ニンゲンを倒したとか獲物を捕ってきたとか、そういうことではない。
ただ薬草を採ってきたと言うだけだ。
ただそれだけなのに、ロードはその若頭を褒めていた。
それを見てうちの派閥のボスが怒り狂った。
怒った後にやる事は一つ、ストレス発散だ。
運悪く捕まったホブゴブリンは、憂さ晴らしに付き合わされ、精神的にも肉体的にもボロボロになっていた。
一方で幾分かすっきりした様子の派閥の領袖は、ホブゴブリンに対して一つの命令を出す。
曰く、お前もその洞窟に行って、薬草以上のお宝を手に入れてこい、と。
そんな簡単にいくわけない、そう思いはしたが逆らう事もできない。
その洞窟に行くか、断って嬲られるか。選ぶとしたら前者だろう。
かくしてそのホブゴブリンは、理不尽な暴力に憤りながらも、手下を連れてその洞窟の入り口近くまで来ていた。
とは言え普通に来られるのはここまで。なぜならロードからの指示で、不用意に立ち入らないよう見張りをつけるという話だったからだ。
何とかして不意を打って見張りを殺すしかない。さて、どうやってやろうか。そう考えていたホブゴブリンに、
「ゲギャッ」
配下のゴブリンが声を掛けてきた。
顔を上げると、配下は先の方に走っていって、洞窟の入り口の側から手を振っている。
あのやろう勝手に動きやがって、そう思ったホブゴブリンはとりあえずは以下に仕置きをするべく入り口へと向かう。
これではもう、見張りに見つかってしまっただろう。
見張りについてるのはどうせ若頭の手下、堅物ばかりだ。うまい事言いくるめられるとも思えないし、やはりやるしかない。
覚悟を決めて近づいたホブゴブリンだったが、何ら騒ぎが起こるような事がなかった。
「グギッ」
「ゲギャーギャ」
配下に問いただすと、どうやら見張りがいないらしい。
それならそうと早く言えよとにらみつけるが、配下ゴブリンは小首をかしげるばかりだ。
「ギギ!」
配下ゴブリンの頭をぽかりとやり、先へ進む事にする。
理由はわからないが、見張りがいないなら好都合だ。
後ろでギャーギャーやってる配下ゴブリン達を呼び、洞窟の中へと入っていった。
◆
ゴブリン達が洞窟に入ってまず目にしたのは小部屋、。その小部屋には二つ扉があった。
まず右の扉。こちらを行けば薬草が採れる場所に行く事ができる。ここまでは若頭がロードにした説明を横から聞いてたので知っている。
こちらを行けば安全に――少なくとも自分は無事に――薬草を採ってこれると、ホブゴブリンは確信していた。
でもそれは選べないと、ホブゴブリンはかぶりを振る。
彼に出された指令は薬草以上のお宝を手に入れる事。ただ薬草を採っていっただけじゃ、またボコられる事が目に見えている。
となると選ぶべきは危険な左の扉なんだが、ホブゴブリンはどうにも嫌な予感を拭えないでいた。
「グギャ」
気を落とすホブゴブリンの肩を、慰めるようにたたく配下ゴブリン。
ゴブリンにしては気の利く奴だ。だがそれが仇となった。
慰めてくれた配下ゴブリンに非情な命令が下される。
「グギッ」
そう言って指をさすホブゴブリン。指差す先は左側の扉。お前が見てこいと言うのだ。
「ゲギャ!?」
俺っすか、みたいな感じで自分を指差すゴブリン。もちろんと頷くホブゴブリン。
助けを求めて周りを見るも、他の配下ゴブリンは目も合わせてくれない。
そればかりか、早く行けとばかりにシッシと手を振ってくる始末。
そう、ゴブリン生とは、かくも厳しい物なのである……。
ちょっと情を見せたばかりに、やっかいごとをまかされた配下ゴブリン。
彼は肩を落とし左の扉に近づき、意を決してその扉を開いた。
ぎいぃぃぃ。
開かれた扉からは通路がのびている。だが、ロード五人分ほど進んだ先から通路は直角に曲がっていて、その先まで見通す事はできない。
「ギーギャ、ギーギャ」
とりあえずの安全を確認した配下ゴブリンは、待機していたメンツを呼ぶ。
理由はもちろん、この先の確認を別のゴブリンに任せるためである。彼だって無駄に命を捨てたくはないのだ。
だが現実は非情である。ホブゴブリンは行けとばかりに通路の奥を指差し、他のゴブリンにも背中をどやしつけられた。
「ゲ、ギッ……」
裏切られたとばかりに下を向いていた配下ゴブリンだったが、意を決め顔を上げると――、
「ゴゴーー!」
もう、どうにでもなーれとばかりに奥に向かって走り出した!
「ゲギャッ」
さすがにそれはまずいと、とどめようとしたホブゴブリンだったが、その手が間に合うはずもなく、あっという間に配下ゴブリンは通路の奥へと姿を消した……。
「グギャーーーー」
数瞬の後、通路の奥から上がる叫び声。
「………………」
そして続く沈黙。
ゴブリン達は顔を見合わせると、恐る恐るといった感じで通路の奥に足を向けるのだった。
◆
「あ……、落とし穴に落ちたな」
侵入してきたゴブリン達、途中までは慎重――俺の思い描くゴブリン像と比べては――に探索してたんだがなぁ。
何か突然走りだしたんだよな。一体何が彼をそうさせたんだろう……。
「やけくそになっただけでは?」
「……俺もそう思うけど言ってやるなよ、イリスさんや。なんだか可哀想になってくるだろ?」
何せ落とし穴の中にはウーズが待機してたわけで……。現在彼は絶賛捕食され中なのだ。
ウーズ君は口を塞いで声を出せないようにしてから、体内にじわじわ取り込んでいく念の入れよう。
……いやまぁ、落とし穴に落ちた時点で叫び声上げてたから、あんまり意味ないんだけどね。
「うへ、だんだんグロくなってきたな。視点変えよう」
「何時までも見ているから、マスターの趣味かと思ったんですが……。違ったのですね?」
「当たり前だろうがよ」
イリスのボケも、いつもと違って心なしか覇気がない。
とっとと視点を切り替えて、後続のゴブリンを映す事にした。
さて、恐る恐る通路を奥に進むゴブリン達だったが、通路を曲がってすぐに立ち止まった。
そりゃそうだ。落とし穴、開いたまま隠れてないんだから……。
「この落とし穴って隠蔽掛けてたんだけど、一回罠が発動したら隠蔽解けるの?」
「もちろんそうですよ。レア度が高ければ違うかもしれませんが……」
「お、おう。マジかー。ちなみに再度隠蔽掛けるのに、新しく罠を設置しなければならないって事はないよね?」
「マスターじゃあるまいし、さすがにそこまで鬼畜じゃありませんよ。DPを支払うか一定時間がたてば再度隠蔽がかかります」
「俺ほど慈悲深い人間はいないというのに……。何言ってるんだ?」
「…………はぁ?」
うあ、視線で人が殺せそうだな。やっぱりむしろイリスの方が……。
……いやいや、なぜかこれ以上考えてると、ひどい目に遭いそうな気がしてかぶりを振るう。なんだろう、この悪寒……。
「ま、まぁ。今回は復帰時間の確認がてら様子見だな。今更隠蔽し直してもしょうがないし」
ゴブリン達は落とし穴をのぞき込んでる状態だ、ホント意味ない。
ちなみに捕食されてるゴブリンはというと、助けを求めるように、のぞき込んだゴブリン達に手を伸ばしている。
が、ホブゴブリンはそれを見ても助けようとはしない。手を合わせて拝むだけである。
……無情だなぁ。
さて、それはともかくとして通路いっぱいの落とし穴だ。奥の扉ギリギリまで穴になってるからな。そう簡単に奥には進めないぞ。
かといってウーズ君を倒すって言うのも現実的じゃない。なんたって物理耐性がある上に、酸の身体持ちだ。
さすがにゴブリンには荷が勝ちすぎるだろう。
はてさて、どうするかな?
「ふむ、どうやら落とし穴の端ギリギリを伝っていく事にしたようですね」
「なるほどな~。でもそれって結構危なくないか? 足踏み外したら終わりだし、ウーズ君が手? でも出してきたら終わりな気がする……。そううまくいくもんかねぇ」
「いえ、なかなかどうしてゴブリンも考えてますよ。身の軽そうなのを選んでますし、申し訳程度に縄もつけてます。何よりウーズが食事中で手を出してこないというのが大きいですね」
「あんにゃろう……」
まぁ、今日は仕事――捕食活動――をしてくれたからな。文句は言うまい。それに扉まで行き着けても、ゴブリンじゃ無駄だろうし。
程なくして、何とか扉までたどり着いたゴブリンは扉を押す。……だが開かない。
だがまあ別に鍵がかかってるわけじゃない。本当は鍵をつけたかったけど、扉につける鍵って罠扱いなんだよな。
できるだけ☆2の罠を隠蔽と落とし穴に使いたかったから、残ったのは☆1の罠。
☆1だと、鍵はかんぬきにしかならなかったからやめた。さすがにかんぬきのために罠一個使い潰すのはなぁ……。
さすがに鍵穴あるタイプにして欲しいわ、チャラ神さんよう。
まぁそうしたらそうしたで、鍵をどっかに配置しなきゃならなくなるから、痛し痒しなんだけどな。
それじゃあ何でこの扉が開かないかって?
「あ……、さすがに後方のホブゴブリンは気づいたようですね。指示を出しています」
「そりゃそうか。すぐばれるわな」
押しても開かなきゃ引いてみなってな。ま、単純な話だわ。
ただなぁ、真後ろ落とし穴でギリギリの足場にいる状況で、手前に扉を開けるのって相当に難しいと思うぞ。少なくとも俺は嫌だ。
あ、でも命令には従うんだな。あきらかに嫌がってるけど、何とか身体をずらして場所を作ろうとしてる。
……まぁ、そんなのむざむざ見てるだけなわけはないんだよなぁ。
ぎいぃぃぃ。
扉が開く。後の結果は見ての通りだ。
熟れた林檎は木から落ちるのと同様に、扉が開けばゴブリンは落とし穴に落ちるのである。
「ギギャァァアア」
大丈夫。落ちたときの怪我は気にしなくていい。ウーズ君がソフトタッチで受け止めてくれるからな。
後は扉を閉じてっと……。
ああ、ちなみに扉の開閉は自動じゃない。人力、もといムリアン力だ。事前に待機していたムリアン達に扉を開けてもらっただけである。
「さて、残った奴らはどうするのかな」
「どうやら帰る……。あ、いえ。薬草園の方に行きましたね。どうやら薬草を採って帰るようです。まったくGなみに意地汚い、もといマスターのように転んでもただでは起きないホブゴブリンですね」
「うんうん……。ってそれ前半部分いらないよね!」
「ダンジョンが通常状態なら愚の極みなのですが……」
「しかもさらりと流すし!」
でもまあ通常なら危険な行動だっただろうけど、今回の場合、正解だ。
今薬草園には誰も配置してない。ゴースト達もマイルームに待機中だしね。
侵入者がいる階層には、直接モンスターを配置できない。一応DP消費すればできるけど、そんな余剰はないからな。
後はこっちから歩いて行くしかないんだが、まぁそこまでする必要もないだろう。
向こうも急いで薬草を採ってるから、間に合うかどうかもわからないし。
それに、薬草園以外のルートの怖さを喧伝してくれたら、それはそれでいいんだ。できればこっちの方にきて欲しくないしな。
ああでもあのゴブリン達、何でこっちのルートに一直線にきたんだろう。うちのゴブリンに頼んで危険だからこないように行ってたはずなのに。
向こうのボスも納得してこないように命じたって話だったよな?
どういうことか聞こうと思って、ゴブリンを見ると……。
「ご、ごぶ……」
そこには、蔓に絡め取られた状態で転がっているゴブリンがいた。
…………あ、忘れてた。
「緊縛かつ放置プレイですか……。鬼畜ですね」
「誤解だ! ゴブリンを緊縛する趣味なんてねーよ!」
「ほほう、ではゴブリンでなければ良いと……」
「それは……。って違う、そうじゃない!」
俺は慌てて植物の蔓をほどき始めた。
十分後、悪戦苦闘の末にゴブリンを助け出した俺は、ムリアン達に頼めば良かった事に気づいた。
ちなみにイリスも気づいてたらしい。なら教えてくれよ!
「そんなっ。私ごときがマスターの考えをおもんばかろうなどと……」
「絶対面白がってただろう」
「ふふ」
このやろう。いつかぎゃふんと言わせてやる。
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