第12話 忘却的苦杯

 あれから、イリスの誤解を解くために、平謝りをしていた。

 まあこの程度、常陸の土下座マスターと言われた俺にしてみれば、造作もない事だ。

 誤解? とけたと思うよ。きっと……、たぶんね。

 今はとりあえず、より重要な事が起きたから、そっちに話が変わってる。

 モニターにゴブリンが帰ってきたのが映ったのだ。


「お、ゴブリンが帰ってきたみたいだな。さっそくこっちに呼んで、みんなで反省会だ」

「……まあいいでしょう。今回はこれで許して上げます」


 おっと、お許しが出たぞ。それならさっそくみんなを脱衣所マイスペースに呼ぶとしよう。

 イリスの気が変わらないうちに、ハリーハリー!


 程なくしてウーズ以外のみんながそろった。

 ゴブリンにいたってはよほど急いできたらしく、はぁはぁと肩で息をしている。

 急がせてすまんかったな、とりあえずこれでも飲んでと、水をついでやる。よしよし落ち着いて飲め、水道水だけどな……。


「それじゃあまず、ゴブリンがダンジョンを出た後、どんな風になったか話を聞こうか。あ、ご飯食べながらでいい?」

「ごぶごーぶ」


 親指を立てるゴブリン。


「お、ありがと。そんじゃあ食べながら聞くとして……。あ、そうだ。お前も何か食べるか?」

「ごぶーぶ」


 今度は首を横に振るゴブリン。


「え、なになに? 外で、兄貴が、ご飯を、わけてくれた、今はいい。……なるほど、そいつはよかった。てか面倒見良すぎだな、ゴブ兄貴は……」


 ほうと感心する俺に、イリスがつっこんだ。


「そもそもボディランゲージをしながら食事を取る事自体が無理なのでは?」

「あ……」


 思わず声が出た。


「い、いやいや、まぁ待て。これでいいんだよ! さっきのは社交辞令っつーか。何かそんな感じだったんだよ」

「……それ、口に出した時点でアウトですよね。そもそもさっき『あ……』っていいましたし。二重にアウトですね」


 イリスが、あと一つで試合終了です、なんて言いやがった。

 ……まだ大丈夫だよ、だって試合はじまったばかりだからな。野球に例えたら、まだ二回表ぐらいだよ。

 ……だよな?


「ごぶごーぶ、ゴブ!」


 ゴブリンが同意とばかりに、今度も綺麗なサムズアップを見せてくれた。

 やっぱお前はできる男だな。信じていたぞ、ゴブリン。どっかのメイドにでも、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。


 …………。

 おっと、何かすげー視線が飛んでくるが、無視だ無視。見ない事にしよう。


「ご、ごふぅ」


 ゴブリンもなんだか危険を感じたのか、カタカタと震えている。

 何? 早く謝れって? いや、口に出してないんだからセーフだろ?


 ――ガッ。


 途端、ゴブリンと俺の肩がつかまれた。


「ど、どうしたのかな? イリスさんや。そんな怖い顔をして」

「ゴブ!」

「いえ、どうやらマスターはお腹がすいてるようですから、ちょっとした飲み物でも煎じて差し上げようかと思いまして」


 イリスが俺とゴブリンを引きずる。ぐっ、以外と力が強い。


「い、いや、大丈夫だよ。水ならここにあるし」

「ゴブーブ、ゴブーブ」


 ほら見ろ、ゴブリンも嫌がって首を横に振ってる――。

 いや違うな。こいつ両手を挙げて首を振っていやがる。てめぇ、一人で逃げる気だな。逃がさん!


「ゴ、ゴブ!?」


 なに、裏切られた! みたいな顔してるんだ? 俺たち運命共同体だろ?


「大丈夫ですよ、二人とも」


 二人の肩がみしりと鳴った。


「どちらも逃がしませんから――」


 ――ひぃ。

 俺たちは震えて肩を寄せ合った。







 ……。

 …………。


 はて? 何をしていたんだったろうか。

 ……ああ、そうだ。確かご飯を食べながら、ゴブリンの話を聞くんだった。

 いやでも、あんまりお腹がすいてないんだよな。


「どうしたんですか? マスター。ご飯ならもう食べたでしょ?」

「いや、わしゃまだ食べとらん!」


 とっさにイリスに言い返すも、確かにお腹がそこそこ張ってるのは事実。ううむ……。


「タブレットを見てください。魚介の燻製とポセットエールがなくなっているでしょう?」


 確認してみると、確かにその二つがなくなっている。


「そうか。いつの間にか飲み食いしてたのか。ポセットエールってお酒、ちょっと期待してたんだけどなぁ。覚えてないとは……」

「まぁ、二人ともそんなに好みではなかったようですよ。ほら……」


 イリスに促されゴブリンの方を見ると、彼はうつろな目をして、虚空を見つめている。

 ……お前、そんなにも口に合わなかったのか……。


「それよりも、皆さんが帰ってきてからそれなりに時間がたってます。ダンジョンも今は手薄ですし、報告反省会をするなら手早くした方が良いのでは?」


 イリスの言うとおりだ。今ダンジョンには、ウーズと、ムリアンの群れの中から数人に行ってもらってるだけだ。

 手薄と言っちゃあ手薄である。まぁ、相手がゴブリンならここマイルームに攻め込まれる事もないだろうが……。


「そうだな、サクサク進めるか。とりあえずは予定通りゴブリンの報告から始めたいんだが……。大丈夫か?」


「……ごぶごーぶ」


 ゴブリンは、元気なさげではあるが、それでもしっかりと返事をした。


「よしっ、それならいいか。みんな拍手~~」


 少しは盛り上げようかと拍手をしてみる。これでゴブリンが少しでも元気になれば儲けもんだ。

 すると、ナーネがぱちぱちと俺に続いてくれた。ムリアン達に至っては、手に持った楽器を演奏し場を盛り上げてくれている。

 ノリがいいね、君ら……。


 それを聞いて、ゴブリンは感動したのか、涙ぐんでまでいる。


 ……いや、気持ちはわからなくもないが、今は話をしてくれ。


「ゴ、ゴブッ」


 ゴブリンはハッとし、照れたように頭をかきながら、ダンジョンを出てからの事を話し始めた。

 もちろんボディランゲージを駆使して、ではあるが……。



 時折水を飲んで間を作りながらも、説明し続けるゴブリン。

 それはさながら一人舞台のようで……。


「こいつすごいな。……もしかして、この世界のゴブリンって、みんなこんななの?」

「さすがにそんな事はありませんよ。特殊事例です。そもそもゴブリン生において、この才能が役立つ事なんてそうそうは……」


 そんな事をイリスと話ながら、ゴブリンの一人舞台を見る。


 内容としてはこうだ。

 無事ダンジョンを脱出した、うちゴブ含めたゴブ兄貴一行は、ゴブリンの巣のボス――ゴブリンロード――に薬草を届けたようだ。

 そして、話し合いの結果、定期的に薬草の採取に来る事が決定した。

 今回も一匹戻ってこれなかったわけだし、危険ではあるのだが、確実に薬草、しかも質の良い物が手に入るというのは、それ以上のメリットであるらしい。

 これで食料調達で再起不能になる者が減ると喜んでいたようだ。


 ……なんだろう。俺の想像するゴブリンと違う。

 隣を見ると、イリスも額に手を当てて悩んでいる。

 どうやらこの世界標準のゴブリンともかけ離れているようだ。

 そうだよな、ゴブリンてもっとヒャッハー系だよな。


 え!? なになに? 俺たちの想像するようなゴブリンもいるって?

 あ、でもロード達とは別の派閥なんだ。なるほどなー。

 ……いやまてまて。派閥まであるの!? ますますびっくりだわ。

 まぁこの際そこはいいか。これから来るゴブリン達には悪いが、これで定期的なDP収集源ができたわけだ。よしとしよう。


 おっとそう言えば、今回のゴブリン達で襲来でのDP収支はどんな感じだ?

 ふむ……、250くらいか? 端数がわからんがだいたいそんなものだろう。

 ということは、今回の調子でいけば14,5回の襲来で11連ガチャが一回引けるわけだ。

 これが効率がいいのか悪いのか……、微妙なところだろうなぁ。まぁ、比較的安全に稼げるならそれに越した事はないのかねぇ。


「よし、外の状況に関してはこんな物かな。ありがとう」


 ある意味一仕事を終え、満足げに額を拭うゴブリンに礼を言い、それから俺はパンと手を叩く。


「それじゃあ次は、さっきの襲撃の反省会だ」


 俺は、マイルームにそろった面々を見回す。


「まずはゴブリン。めまぐるしく変わる状況の中、よく当初の目標――一匹討伐、他は脱出――を成し遂げてくれた。改めてありがとう。おかげで今後の目処が立った」

「ゴブブッ」


 ゴブリンは嬉しそうに頷いた。

 さて、次はゴースト達なんだが……。


「ごぉおぉぉ」「がぁあぁぁ」


 二人ともわかっているのか、心なしかしょんぼりしている。


「いや、フラッシュ? 閃光みたいなので足止めしてくれたのはよかったのよ。でも何で君らまでダメージを受けてるのさ。閃光って所謂ダメージ魔法じゃないんでしょ? 光属性が弱点なら別だろうけど、君らの弱点は光じゃなくて聖だよね」


「ごぉごごぉ」「がぁががぁ」


 ジョンとジェーンの二人は説明をしてくれているるのだが……。うん、わからん。まぁ、こんな時のゴブリン通訳だ。


 なになに。ジェーンが適性あるのは聖魔法だと。足止めで聖属性のフラッシュを使ったけど、実は使うのがゴースト生で初めてで、自分たちにダメージが及ぶのは想像してなかった、と。


 なるほど。それなら仕方ないっちゃ仕方ないか。


 あと、ジョンの方は邪属性の魔法が使えるから。そっちを使って足止めすれば良かった、か。

 そう言って、二人は頭を下げた


「いやまぁ、そこは俺がジェーンに足止めをお願いしちゃったしな。こっちの指示が悪い」

「加えてそもそも、マスターが使える魔法の確認を怠っていた事が、そもそもの原因ですしね」


 ぐふっ。相変わらず容赦ない突っ込みですね、イリスさん。


「ま、まぁそういうわけだから。あんまり気にしなくていいよ。次から足止めはジョンがメインで、ジェーンはそのサポートの方に回ってくれ」

「ごぅおぅ」「がぅあぅ」


 俺の言葉に二人して頷いた。納得してくれたようだ。

 とは言え少し困った。元々はゴースト2人で交互に薬草園を見てもらおうと考えていたからな。

 2人セットの運用となると、ゴースト達が出ずっぱりになる。そんなブラックなのは嫌だしな、さてどうした物か。

 思い悩んでいる俺に、ナーネが声を掛けてきた。


「なー! なー!」


 自分がやるとばかりに、大きく手を振ってアピールしてくる。


「気持ちはわかるがナーネは駄目だよ」

「ニ!? ニー―!」


 ぷりぷりと腰に手を当てて怒っている。かわいい……・

 いや違う、そうじゃない。ちゃんと理由があるから説明しないと……。


「ナーネの心意気はありがたいんだけど、キミの叫び声は、相手を無差別に気絶させちゃうでしょ。適度に間引きして倒すにはちょっと不適当かな。せっかくだけどごめんね」

「の~~」


 しょんぼりと肩を落とすナーネだったが、思い出したかのように、またぱたぱたし始めた。


「なーー!!」


 ナーネの指差す方を見ると、誇らしげに胸を張るムリアン達がいた。


 リーダーが指揮棒を振る。それに合わせて音楽を奏で始める楽隊達。

 すると、ムリアンの側にある薬草の種から蔓が伸びてきて――、

 ――あっという間にゴブリンに巻き付いた。


「ゴブ! ゴブブ!」


 慌てて逃げ出そうとするゴブリンだが、思いのほかその蔓は頑丈らしく、逃れられないでいる。

 なるほど、これがムリアン達の使う精霊魔法か……。確かにこれなら捕獲できるな。


「なな~♪」


 満足げに腕を組むナーネ。

 いや、ナーネの手柄ではないんだが。……ムリアン達も満足そうだし、まあいっか。

 でもなぁ、これだけじゃ安心して外に出せないんだよなぁ。

 俺が思い悩んでいると、わかっているとばかりにリーダーが指揮棒を振る。

 すると次に奏でられたのは、まるで葉擦れのようなかすかな音楽。

 その音色に耳をそばだてていると、いつの間にかムリアン達の姿は見えなくなっていた。


 ……いや待て。よく見るといるな。かすかだが空間が陽炎のように揺らめいてる場所がある。どうやらそこにいるらしい。

 よくよく見ると、こっちに手を振ってアピールしてきた。そうしてくれると、なんとなくだがわかる。


 ふむふむ、確かにこれなら大丈夫か。

 元々の身体の小ささも相まって、ゴブリン達に見つかる事もないだろう。


 ちなみに何でムリアン達のいる場所がわかったかって?

 それはな、ゴブリンの捕獲に使った薬草の種に、泣きすがっているムリアンがいたからさ。

 ……おまえのへそくりだったのね。確かに同情はするが、そんな事してるとまたリーダーが……。


「!」


 ほら怒られた。

 でもまぁこれなら、ゴブリンから隠れて、かつ個別に捕獲できる。ゴースト2人が休んでいる間はムリアン達に薬草園を任せる事ができそうだ。

 まぁ、一抹の不安は残るが……。


 そんな感じでわちゃわちゃとやってるムリアンやナーネ達を見て和んでいると、不意にイリスがモニターを指差した。


「侵入者です」


 指差す画面を見ると、ゴブリンが数匹ダンジョンに入り込んでいるのが確認できた。

 う~ん、さっきのゴブリンの話だと、すぐには侵入してこないように思えたんだがなぁ。

 まあどちらにしても、この状況で侵入者とは間が悪い。もっと空気を読んでいただきたい物だ。

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