第5話 無知的クライム

 さて、ひとしきりアルラウネに癒やされていたのだが、そこで一つ疑問が出てきた。なのでイリスに聞いてみる。


「さて、そこで何気にアルラウネを愛でているるイリスさん。一つ質問があるんだが、よろしいか?」

「…………マスターにいじめられ傷ついた私の心が今、この子によって癒やされているのです。邪魔をしないでください」


 こいつ、こちらを一瞥もしやがらねぇ。どうしてくれよう。……さすがに実力行使はためらわれるし。

 あれだな、ガチャでも引いて時間を潰すか……。さっき10連ガチャ券がどうとか言ってたしな。


 ダンジョン画面を閉じてガチャ画面にすると、『10連ガチャ券×3』と表示された。どうやら好感度を上げるミッション以外にも何か達成してたらしい。

 使い方はガチャ券をタップして仕様かな? ……お、当たりだ。それならポチッとな。


 ピピピピピピピピピン


 ☆     通路B

 ☆     ジャイアントコックローチ

 ☆     通路A

 ☆☆    部屋A

 ☆     小部屋

 ☆☆    ゴースト

 ☆     アルラウネ

 ☆     インサニティラット

 ☆     布の服


 ……う、嘘だろ。あまりにもひどすぎる……。低レアばっかりだしモンスターもかぶってる。

 いや、アルラウネは可愛いからいいとしよう。でも他がダメだ。ジャイアントコックローチってあれだよな? 台所のGだよな。そんなん召喚したくもないわ! インサニティラットも怪しい。絶対良からぬネズミだろ。こっちも没だ

 でもまぁ、まだ俺には最後の希望が残っている。その証拠が、今も画面で元気に回っているこの銀の星だ。


「こいこいこい」


 星がはじけた。


 ☆☆☆☆  薬草園


 ……なんぞこれ。


「全くなんですか? さっきからうるさ……」イリスが驚いた表情でこちらを見た「……チュートリアル中なのに勝手にタブレットを操作するなんて、なんてことを……」


 その深刻そうな声音に、俺もちょっと心配になってしまう。


「え? 何? イリスが相手してくれないからガチャ引いてたんだけど、何かまずかったか?」

「いえ、特には……」


 何も無いのかよ! 心配して損したわ。

 しかもなんだよ、アメリカンみたいに肩をすくめやがって。


「やれやれ、それにしても割とひどいガチャ運ですね。もしや私を引けたことで人生の大半の運を使い果たしたのでは?」

「それはない。むしろ運気が上昇するね」

「……なるほど。私を見て運気が上昇すると。つまり私はマスターにとって幸運の女神のようだと。それはそれは、面と向かって言われると照れますね」

「まったく! これっぽっちも! そんなこと言ってないわ! おまえを引いた不幸と釣り合うために運気が上昇したって言いたいんだよ」

「……ですが、実際ひどいガチャ運じゃありませんか?」

「低レアばっかり引くのは元々だ。むしろ☆4が引けただけ運がいい方だ」

「それって言ってて悲しくなりませんか?」


 うん、悲しくなる。


「ふむ、マスターのガチャ運はともかくとして、先ほど何か質問があるとおっしゃってましたが、もう解決したのですか?」

「……質問?」

「マスターがガチャを引く前、何か言われたような気がしたのですが」


 ああ、イリスがアルラウネを愛でてこっちの相手をしてくれなかったときか。


「あったあった、思い出したよ。好感度ボーナスで何かもらえるって話だったからさ。イリスさんからも何かもらえるのかなと聞こうと思ってたんだった」


 するとイリスは少し考え込んだ後、一つの収納棚を指さした。


「あれにします。いわゆる前渡しという奴ですね。有効にご活用ください」


 そこにあるのは超強力脱臭スプレー。トイレでイリスが俺に吹き付けてきた奴である。


「ちょっと待て! 今、しますっつったろ。決めたの今じゃねぇか。やり直しを要求する」

「ダメでーす。もう決まりましたから。あぁ、マスターの私への待遇がもっと良ければ、このような事態は避けられたというのに。よよよ……」


 結局それってイリスの胸先三寸って事だよな。わざとらしい嘘泣きなんかしやがって、だまされんぞ。


「……ちらっ」

「ちらっじゃねーよ。断固改善を要求する」

「はぁぁぁぁ」わざとらしく長いため息をつくイリス「まったく、傷心の美女に対して慰めの言葉一つかけないなんて、人としてどうかと思いますよ。ねぇナーネちゃん」

「ナー?」


 イリスの問いかけに対し小首をかしげるアルラウネ。うん、可愛い。……じゃない、待て待て待て。


「もしかしなくてもナーネってアルラウネの名前だよな。一体いつの間に名前をつけたんだ? 俺が名前をつけようと思ってたのに……」

「さっきマスターがガチャを引いている間ですよ。ちなみにどんな名前をつけようとしてました?」

「そりゃあアルラウネだから……、アルとか?」

「はっ」


 鼻で笑いおった、こやつ。


「安直! あまりにも安直が過ぎるという物ですよマスター。それに比べて私のつけたナーネという名前。これは種族名と鳴き声をミックスした、安易に見えてその実彼女の性質を端的に捉えた素晴らしい名前なのですよ」


 ……ナー(鳴き声)+(アル)ラウネってか。


「そっちも十分安直だわ!」

「ほほう、言いましたねマスター。それではどちらの名前がいいか、本人に決めてもらいましょう」

「望むところだ」


 イリスがアルラウネに向き直り、猫なで声を出す。……おまえ、そんな声が出せたんだな。


「私のつけた名前の方がいいですよね、ナーネちゃん。マスターの何か選んじゃダメですよー」

「ナ~~?」


 はは、疑問形で首をかしげておる。これは、勝ったな……。


「よし、次は俺の番だな。名前はアルの方がいいよな。ナーネよりもアルの方がかわいらしいもんなー」

「ナー、……ニニッ!」


 首を横に振った、だと……。


「何が気に入らない? 教えてくれ、もっと言い名前を考え――」

「――それはダメですよマスター」


 アルラウネに言いつのろうとしたところをイリスに止められる。


「マスター、もう勝負はついたのです。この子の名前はナーネ。決まりですね」

「そ、そんな……」


 がくりと手をつく俺に、イリスが追い打ちをかける。


「そもそもアルって男の子の名前――アルバートとか――の愛称ですよね。それを女の子の名前につけようだなんて……。はじめから勝負はついていたという物です」

「卑怯な! 知ってたなら教えてくれてもいいなじゃないか。それなら別の名前を考えただろうに」

「ふふっ。卑怯汚いは敗者の戯れ言。ああ、勝利というのはむなしくも甘美な物なのですね、ナーネちゃん」


 即座にマウントをとってきやがった。いや、そんなことより――


「ええい、アルラウネに変なことを吹き込むな」


 イリスの邪悪さが移ったらどうするんだ!


「ノンノン」人差し指を立てて振るイリス「もうお忘れですか? 彼女はナーネちゃん。さぁリピートアフターミー、“ナ、ー、ネ”」


 う、うぜぇ。いや、だがわかった。ここはいったん負けを認めよう。


「……わかったよ、ナーネだな」

「よろしい」イリスは鷹揚に頷いた「そもそも今回の勝負に負けたのは、マスターが物を知らなかったからです。無知は罪なりと言います。マスター自身が強くなれない以上、マスターが生き残るためには知識を蓄え活用し、ダンジョンを強くしなければならないのですよ。もう少し危機感を持って貪欲に知識を蓄えてほしいものですね」

「……それっぽいことを言ってごまかそうとしてるだろ」

「ばれましたか。でもあながち嘘じゃないんですよ?」

「まぁ言いたいことはわからんでもない」

「そうでしょうとも。それではそんな素直なマスターに、モンスターの強化方法をお教えしましょう」

「ほほう」


 イリスがピッと指を立てて謳いあげる。


「それはもちろん、覚醒です!」


 あーー、覚醒かー。イリスが自信満々に言うからどんな物かと期待したけど、まぁそうだよなぁ。あるよなぁ。


「そっか。うん、教えて」

「何ですか? そのふぬけた顔は」

「覚醒ってあれでしょ? たぶん同種のモンスターを消費して既存のモンスターを強化するとか言うのだろ。ソシャゲあるあるなんだよなぁ」

「ぐぬぬ……。確かにその通りですけど。でも、レベルの概念がないマスターのダンジョンでは、これが唯一の手っ取り早い強化方法なんですよ」


 げっ、モンスターにレベルがあったりしないのか。そいつはちょっと誤算だったかも。チャラ神がスキルとか言ってたから、てっきりレベルの概念もある物だと思ってた。いやでも考えてみたら、敵を倒したらいきなり強くなるなんてありえないよなぁ。……いやでもなぁ。

 まぁそこら辺のことはおいおいわかってくるだろう。とりあえずは覚醒の方法を教えてもらわないとな。


「えっと、覚醒って今でも可能なの。可能なら教えてくれ」

「可能ですよ。それではまずモンスター――今回はナーネちゃんですね――を選んでください。そこから覚醒を選択ですね」


 ほいほい。選んで選択っと。


「次に素材となるモンスターを選びます。基本的には同種のモンスターのみ素材にできます。ただし存在が確定したモンスターは選択できませんので注意してください」

「存在が確定?」

「要はこちらに召喚したモンスターは素材にできないと言うことです」


 ふむ……。つまり同種のモンスターがガチャから複数体出たときは、一体を集中的に強化してもいいし、複数体運用してもいいって事か。


「なるほどね」

「あ、今回は無料ですが、こちらも次回からDPが必要となりますので注意してください」

「またDPか……、なんとも世知辛い」


 まぁ、今回ただならいいかと、ナーネの覚醒を実行する。すると、いつの間にかプレートの外に出ていたナーネの身体が光り輝く。


「ナ? ナナナ!」


 驚いて身体をブルブルとさせるナーネ。

 ――って、冷たっ。水が散る!


「ノーー」


 そのことに気づいて、ナーネは申し訳なさそうに頭を下げた。

 うん、気にしてないからいいよ。


「覚醒してみたはいい物の、見た目はそんなに変わんないな」

「まぁ一回目ですしね。でも回数を重ねれば上位の種族に進化することもあるらしいので、ナーネちゃんのためにも是非頑張ってください」


 上位種族かー。是非とも可愛いまま強くなってほしいものだ。僕のピクシーちゃんを返せ、みたいなことにはならないで欲しいなぁ。

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