第4話 手始め的ダンジョン作成

「もしゃもしゃ」


 トイレ騒動にも一段落ついたので、今は脱衣所に場所を変えて食事中だ。脱衣所の収納棚にタブレットを放り込んで、座って爆弾おにぎり(鮭)をもしゃっている。

 爆弾おにぎりっていいよな、普通のおにぎりと違って食べた感がすごい。一つだけでお腹いっぱいになる。惜しむらくは具が鮭なことか……。せっかくの爆弾おにぎり、中の具は鮭ではなく卵焼きやチキン南蛮の方が良かった。だってその方が爆弾おにぎり食べてる感するじゃん?

 ……と、故郷のコンビニの爆弾おにぎりに思いをはせてるうちに食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでした」

「いえ、おそまさまです」


 手を合わせる俺に対し、軽く頭を下げて答えるイリス。……いや、用意したのキミじゃないよね。

 俺が違うだろと思いをこめて見詰めると、イリスは思案するかのように瞳を閉じ頷いた。


「確かにチュートリアルを進める前に食事か、と思いはしましたが、腹が減っては戦はできぬという言葉もあります。思えばかの徳川家康も三方――」

「――ちょっとまって、イリスさん! 何でさらっと話をシモの方に向かわせようとしてんの」

「……突然何をおっしゃっておられるのですか?」


 俺の言葉に、はてと小首をかしげるイリス。くそっ、あざとかわいいな……。


「あきらかに不自然な形で徳川家康に話をつなげたじゃねーか。どうせシカミ像の話につなげようとしたんでしょ。知ってるよ」

「……ちっ」


 ねぇ、今舌打ちしなかった? せっかくの綺麗な顔が台無しだよ?


「いえ、マスターの博学さに驚いてしまっただけです。あとはそうですね……、てっきり男子小学生のようにシモのはなしが大好きかと思っておりました。申し訳ありません」


 形ばかりに頭を下げるイリス。もしかしてまだ召還時のことを根に持ってるのか? ……いやもつか。

 ここは深く突っ込むと俺に分が悪いとみた。なので話を変える。


「そ、それじゃあ腹もくちくなったことだし、チュートリアルを再開してもらえないかな。あ、ついでにこのゴミ――爆弾おにぎりの包装――の捨て方もヨロシク頼む」

「仕方ないですね」


 そう言ってイリスは収納棚のタブレットを取り出し、俺の前に――2Lペットボトルを背にして――立てかけ、……俺の隣に座った。


「……なにか?」


 突然のことにビクリとする俺を、イリスがねめつける。


「イエ、ナンデモアリマセン」

「そうですか……。ダンジョンの作成はタブレットを通して行うので、効率的に行うためやむなく隣に座ったのです。そこに他意はありませんし、あと拒否権もありません」


 拒否権無いのかよ! そこは嫌なら云々とか言う所じゃないの? ……いやまあ拒否するわけないし、むしろウェルカムだけどさ。

 見た目だけなら好みにドストライクの子が隣に座るとか、心躍るシチュエーションじゃない? しかもメイドロボとかいうマイフェイバリット属性まで完備してるとか、控えめに言って最高じゃないですかね。


「あ、言い忘れ待てましたが、私の色香に惑わされて操作を誤らないようお願いします。あとどうでもいいことですが、隣に座ったことで好感度がさらに下がったことを報告しておきます」


 ……あーーうん。やっぱねーな。





「さて、まずはゴミ掃除ですね」


 ん? 何でそこで俺を見る。


「失礼……、生き物は無理ですがマイルーム内の物ならばタブレットの画面に触れることで削除が可能となります。ひとまずおにぎりの包装で試してみてください」


 何でそこで生き物って限定したよ、とか言いたいことはあるが、とりあえず言われたとおり包装をタブレットにくっつける。すると、スイッといった感じで包装が吸い込まれれ、タブレットに『削除しますか』と文字が浮かび上がった。


「そこで『はい』を選択すると削除されます。あらためて言いますが、一度削除すると二度と元に戻りませんので注意してください」


 ふむ、今回は完全なゴミだから問題ない。『はい』を選びおにぎりの包装を削除する。するとまたタブレットに文字が浮かび上がった。


『手に入れられたDPはありませんでした。何がとは言わないけどゴミだから仕方ないね』


「これは?」


 タブレットの文字について聞いてみる。なお後半部分は気にしない。


「DPはダンジョンポイントの略称です。ガチャやダンジョンの操作に必要なポイントですね。削除した物によっては手に入ることがあります。あとこのタブレットはマスターの扱い方をなかなかに心得てますね、個人的に好感度が高いです」

「後半必要ある!?」

「必要ですよ? こういう好感度の積み重ねが大事であるという一例ですね」


 真面目な顔でそう言い切られると納得……。う、う~ん納得?


「さて納得いただけたようなので次、本命のダンジョン作成にはいりましょう」


 イリスがそう言うとタブレットの画面が切り替わった。

 一番上に映し出されたのは『洞窟風ダンジョン:100×100×6メートル』の文字、その下はグリッド線で等分割されている。


「それが現在のダンジョンになります。まだ何も配置されていませんので、まずは横の【☆☆部屋A】を選択してください」


 言われたとおりに選択すると、2×3のマスで構成された部屋がポップアップした。


「では選んだ部屋を画面のダンジョン内にドラッグしてみてください。それでダンジョンへの配置が完了します」


 配置する。とりあえず隅っこでいいか。


「性格が表れますね」

「別にいいだろ。なんかこういうの、隅っこからきっちりと詰めていきたくなるんだ」

「……ダンジョン作るのに隅っこから律儀に詰めていくのはどうなんだ? という気もしますが、まぁいいでしょう。これが基本的なダンジョンの作り方です。さすがのマスターでも覚えられますよね?」


 さらりとディスられた気がする。だけどそんな言葉には動じない! たった数時間なのに、そんな心を手に入れてしまった俺がいる。

 こっちを見て悔しそうな顔をするイリスにどや顔でもって答える。

 ……あ、痛いやめて! 暴力反対! 実力行使は反則だと思います!

 イリスはひとしきり俺の脇をつつくと満足したのか、居住まいを正して説明を再開した。


「さて、チュートリアルを進めますね」

「え!? そこで何事もなかったかのように進めるの?」

「……何事もなかったですから」

「あ、はい」


 イリスにねめつけられると、つい反射で頷いてしまう。なんでだろう、おかしいな?


「まず先ほど配置した部屋ですが、あとで場所を変更することも可能です。ですがその際はDPを消費しますので気をつけてください。またこちらもタブレット内に戻すことはできません。削除となりますので注意してください」

「なるほど」

「では次はモンスターの配置ですね。先ほどと同じように横のウィンドウから、……そうですね、アルラウネを選んで先ほどの部屋に配置してください」


 言われたとおりアルラウネをドラッグすると、人形のようなドットキャラが配置された。


「うまく配置できましたね。では様子をのぞいてみましょう。部屋をピンチアウトしてください」

「……ぴんちあうと?」


 なんじゃそりゃと戸惑っていると、イリスがこれですとばかりに指を広げる動作をする。


「……ああ、なるほど。ズームするやつね。それならそうと、わかりやすく言ってくれないと――」

「――失礼しました。これはマスターの理解度を推し量れなかった私の落ち度ですね、申し訳ありません」


 イリスが形ばかりの謝罪を……、ってこれ、俺がディスられてるよね? イリスを見るとこちらを小馬鹿に下目で見詰めている。間違いないな。……今に見てろよ。

 とりあえずイリスのことは置いておいてタブレットの操作――ピンチアウト、覚えた――を再開する。

 すると画面は切り替わり、ゴツゴツとした土壁で構成された部屋が映し出された。


「なるほど、こんな感じで部屋の様子を確認できるわけね」

「はい、マスター。加えてドラッグすることで視点を切り替えることもできます」


 なるほど、割と感覚的に使えるな。そんなことを考えながら画面をぐりぐり動かしていると変な物を発見した。

 洞窟の隅で人型の小さな物体がきょろきょろと辺りを見回している。


「何? あれ」


「もちろん先ほどマスターが呼び出したアルラウネですよ。今更何を言っているのですか?」

「いや、そんなんわからんがな」


 でもなるほど、アルラウネってのは頭にお花(物理)が咲いたモンスターなのか。察するに植物系かな? 肌は褐色だし、根っこが胴体ってところだろうか。


「それでは次にアルラウネをこちらに転送してみましょう。アルラウネを選択しマイルームへ移動を選んでください」


 言われたとおり操作すると、目の前に小さな魔方陣が現れた。そこから現れたのは頭に花の咲いた30㎝くらいの小人。女性型なのだろうか、胸と腰を申し訳程度の葉っぱで隠している。

 彼女はこちらを見て驚いたのか「ナッ」と叫び、きょろきょろ辺りを見回したあと収納棚まで走って行き、隠れてしまった。

 しまったのだが、こちらが気になるのか収納棚の影からチラチラと顔をのぞかせている。しかも頭に花が咲いているものだから、隠れているようで全く隠れていない。


「何、あの可愛い生物……」

「……だからアルラウネです。ああみえても敵対した相手を気絶させる悲鳴を発する危険な生物ですよ。……そのはずです」

「イリスさんだって言いよどんでるじゃん」

「……こほん。そんなことはありませんよ。それにどのようなモンスターであれ次にやることは変わりません。さあ、彼女のご機嫌を取って好感度を上げてください」

「…………はぁ?」


 思わずとぼけた声が出てしまった。それなんてソシャゲ? いや、今までのも大概ゲームっぽかったけどさ。


「まぁ、マスターのいいたいこともわかります。私もこんな設定にした神を小一時間問い詰めたいですし……。とはいえ、このチュートリアルミッション“好感度を上げよう”の初回ボーナスは10連ガチャ券になってるんです。やらないという選択肢はないでしょう」


 あ、ミッションの名前ってそんなんなんだ。

 つってもモンスターのご機嫌取り方なんてわからんしなぁ。モンスターな嫁のご機嫌の取り方ならわかるんだが……。あーでもアルラウネって植物っぽいよな。それなら……。


 メタルプレートをリアライズさせ、そこに“おいしい水”を注ぐ。それをそっとアルラウネに差し出した。


「まさかそんな安直な方法で……」


 イリスはかぶりを振るが、ところがどっこいアルラウネは身を乗り出し、プレートに注がれた水をチョイチョイと突っついている。

 やがて安心したのか、プレートの上に横たわり肩まで水につかった。実に気持ちよさそうだ、そして可愛い。


「な!? ミッションが達成されました……」


 驚くイリスに対しどや顔でもって答える。さっきの仕返しだ。ふふ、悔しそうな顔おしておるわ。


「ちなみにイリスさんや、好感度が上がると何かいいことあるの? ソシャゲだと何かアイテムもらえたりするんだけど」

「くっ、そうですね、もらえます」


 ほほー。なんとも俺的にわかりやすい仕様になってるな。これもチャラ神の思惑通りなのかしらん。

 いや、チャラ神の思惑とかはこの際どうでもいいか。そんなことよりもさっきまですました顔をしていたイリスの悔しそうな顔を見られたことの方が重大、まさに愉悦。


 これ見よがしにアルラウネに指をさしだし握手をしてみる。

 おっ? おずおずと指をつかんできたぞ。そして俺の指を両手で抱くようにしてぶんぶん振る。


「ナ~」

「は~可愛いわ~。癒やされるわ~」


 ちらりとイリスを見る。


「ぐぬぬ」


 今にも歯ぎしりをしそうだ。つーかぐぬぬとかリアルで初めて聞いたわ。

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